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第87話 ヴァンパイアの長になるため、私は故郷へ戻る

エル・ギオルを認める返答が届いた。


これで――


出発の時だ。


魔王と私が魔王城を空ける以上、

その間、城を任されるのはマハトラになる。


「マハトラが裏切ることはないだろうな?」


「ご心配なく」


私は落ち着いて答えた。


「協力を引き出す一番の方法は、

お互いの利益を一致させることです」


「マハトラはすでに自発的な協力者です。

問題はありません」


「利益の共有、か……」


「悪くないな」


魔王が私の頭を撫でた。


マハトラをうまく扱っていると、

そう褒めてくれているのだ。


思わず、目が三日月のように細くなる。


雪山の銀狐にでもなったような気分だった。


こうして――


彼と過ごす時間が、とても愛おしい。


だからこそ――これからも。


ずっと一緒にいなければならない。


「とはいえ、承諾とは別に、

向こうがどんな妨害をしてくるか分からぬ」


「決して無茶はするな」


「大丈夫です」


その時――


「母上!」


エリンが駆け寄って、私に飛びついてきた。


ぽすん。


本当に――


可愛い子だ。


黒く澄んだ瞳が、

じっと私を見上げている。


「母上の故郷に行くなんて、楽しみです」


「うん、私もよ」


私は笑って、エリンの頭を撫でた。


「向こうでは、エリンが

下の二人の面倒を見てあげてね。いい?」


「はい」


任せてください、と言わんばかりの返事に、

少しだけ安心する。


まだウムカウテの段階とはいえ、

直接戦えるわけではないけれど――


下の二人の面倒を見ることなら、

十分にできる。


それに――


魔王がギルガオンをはじめとする精鋭騎士を、

子どもたちの護衛につけると言っていた。


それなら、

多少は安心できる。


「危ないところには行かないこと」


「ここは魔王城じゃないんだから。いい?」


「はい、分かりました」


ああもう、この子ったら。


本当にいい子だ。


その時、ふと思い出した。


(あ、そうだ)


ヴァンパイア一族の住む場所は高山地帯。


ここよりもずっと――


はるかに寒い場所だ。


私や魔王は問題ない。


けれど――


子どもたちは風邪を引かないよう、気をつけないといけない。


エリンと双子に着せる服を、

頭の中で思い浮かべる。


真っ白な、うさぎの毛皮のコートはどうだろう。


本物のうさぎではないけれど、

加工された毛で見た目はほとんど同じだ。


子ども用。


私の分。


そして――


魔王の分も。


さらに子どもたちには、

うさぎ耳の耳当てと手袋もつければ――


雪山のうさぎ一家、完成だ。


◆◆◆


「それでは、出発する」


私は魔王の護衛騎士たちと共に、

ヴァンパイア一族の村へと向かった。


(まるで王の行列ね)


王であることに間違いはない。


魔族の王。


時代劇で見たような光景が思い浮かぶ。


大勢の人間が旗を掲げて進む、あの場面。


まさに今がそれだった。


先頭には旗を掲げた騎手たち。


左右には――


我々を護衛する兵士たち。


そして――


私と魔王、子どもたちは

中央の大きな馬車に乗っていた。


移動速度は思ったより速い。


まるで馬車とは思えない速さだった。


おそらく、何らかの魔法で

速度を上げているのだろう。


「わあ」

「きゃはは」

「ぎゃは」


エリンと双子が、

窓に張り付いて外を眺めている。


子どもたちにとっては、

すべてが新鮮なのだろう。


普段は落ち着いているエリンでさえ、

双子と同じくらいはしゃいでいる。


連れてきてよかった。


私たちの目的地は――


アイリス山。


ヴァンパイア領の南東部。


伝承では、

最初のヴァンパイアが生まれた場所とも言われている。


私は今、

その地で長となるための試練を受けに向かっている。


子どもたちが外に夢中になっている間に、

私は魔王に問いかけた。


「あなたのご家族の話も聞かせてください」


「今は私の家族でもありますから」


魔王の家族。


父。


母。


姉。


妹。


父――つまり先代魔王は、

すでにこの世にいない。


十年前、

人間との戦争の最中に戦死したのだ。


そのため、その日には毎年、

彼を偲ぶ行事が行われているという。


そして――


母と姉、妹。


この三人は魔王城を離れ、

東部領に滞在していた。


私と魔王の結婚を認めず、

城を出ていったのだ。


今も連絡は取れていない。


「和解する方法はありませんか?」


このまま放置するわけにはいかない。


「それは……うむ……」


魔王が困ったような顔をした。


人間との戦争よりも難しい、

そんな表情だった。


「その件は……また今度にしよう」


「分かりました。ではそうしましょう」


今は答えが出ない。


彼女たちは、

私に対して完全に心を閉ざしている。


時間をかけて、

少しずつ距離を縮めるしかない。


季節の折に、

贈り物でも送ってみようか。


そのためには、

まず何が好みかを知らなければならない。


今の私には、

情報通のマハトラがいる。


あれこれ情報を集めているはずだから、

魔王の家族についても知っているだろう。


その情報を、うまく使えばいい。


すっと。


その時、魔王が

何かを差し出した。


「あなた。血を飲まずとも平気か?」


「ありがとうございます」


氷の保冷器の中に、

私が飲むための血が入っていた。


ヴァンパイアである私は、

血を摂らなければ体力が落ちる。


これまでは、

体に負担がかからない程度に少しずつ飲んできた。


だが今回は――


しっかり補給しておく必要がある。


(大切な献血に、感謝を……)


私はそっと目を閉じ、

心の中で呟いた。


魔王と子どもたちのためにも、

今回の任務は必ず成功させなければならない。


そのためにも――


万全の体調を整えておく。


試練の内容はこうだ。


聖なる山の山頂付近にある洞窟へ入る。


その中で、

ヴァンパイアの「魂」を受け取れば成功。


それが何を意味するのかは分からない。


とにかく、洞窟を進めばいいらしい。


一見すると単純だ。


だが――


最後の成功者は、実に千年前。


しかも、それが本当に成功だったのかどうかも、

議論が分かれている。


成功の証とされる

「伝説の奇跡」が再現されなかったからだ。


その奇跡とは――


アイリス山の頂を包み込む、

虹色に輝く光。


本当に成功したのであれば、

その光が再び現れるはずだった。


(ここまでが、私の持っている情報)


すべてマハトラから得たものだ。


(十二座会議体が、

あっさり承諾した理由も分かる)


(どうせ成功しないと踏んでいるのね)


この千年、

成功者はいない。


だから今回も失敗する――

そう思っているのだ。


私は、この試練の正体を推測した。


(迷宮のようなものかしら?)


マハトラの記録によれば、

失敗者は気を失った状態で

洞窟の入口付近で目を覚ますという。


そして――


何が起きたのかを覚えていない。


だから、どんな試練なのかは

今も分かっていないのだ。


(情報が少なすぎる……)


だがマハトラでも、

ここまでが限界だった。


それ以外に渡された資料は、

ヴァンパイアの村の大まかな現状だけ。


村では、羊に似た動物を飼い、

その血を飲んでいる。


宗教的な理由で、

人間の血を拒むヴァンパイアも多い。


彼らは今も、

古い慣習を守っている者たちだ。


蹄があり、四足で歩く動物の血しか

口にしてはならない。


人間は蹄もなく、

二足歩行――


「穢れた獣」。


私の元いた世界で言えば、

豚肉を食べない文化に近いだろうか。


あるいは、

牛を食べない宗教圏もあった。


そういえば――


鶏肉は、だいたいどこでも食べるわね。


あ。


急にチキンが食べたくなってきた。


ともかく――


マハトラの報告によると、

割合はおよそ二対八。


戒律に縛られない二割は、

族長を含む上層部。


一方、残りの八割は、

戒律の影響を強く受けている一般層だ。


言うなれば、

土着信仰のようなものか。


彼らは今も、

古い生き方を続けている。


その結果――


見えない軋轢も、かなり溜まっていた。


思っていた以上に、

ヴァンパイアの村も複雑だ。


ライカン・スロープも、

その状況を見ながら利用しようとしているらしい。


その時――


魔王が小さく囁いた。


「そなたが昼に動けるおかげで、

移動はずいぶん楽だな」


「よかったです」


「だが村に着いたら、

しばらく昼夜を戻すぞ」


試練は日没後に始まる。


だから、

体内のリズムも戻しておく必要があった。


(今のうちに準備しておかないと)


今日から数時間ずつずらしていけば、

アイリス山に着く頃には

夜型に戻せるはずだ。


やがて――


馬車がゆっくりと減速し始めた。


日が暮れかけており、

ここで一度休憩を取るらしい。


「やっと止まった!」


「きゃはは」

「きゃは」


エリンと双子が歓声を上げた。


景色を見るのも、

そろそろ飽きてきた頃だ。


ようやく外で遊べる。


「ちょっと待って」


私は子どもたちを呼び止めた。


そのまま外に出すわけにはいかない。


「ほら、これ」


うさぎの毛皮のコート。


ついに出番だ。


内側は柔らかなピンク色。


外側は、

本物のうさぎのように真っ白。


「ママは?」


「うぎゃぎゃ」

「ぎゃぎゃ」


子どもたちが私を見つめる。


ママは寒くないの?


そんな目だった。


心配してくれてるのね。


本当に可愛い。


実際のところ、ヴァンパイアは

寒さに強い種族だ。


だからこそ、寒冷な高地でも

生きてこられた。


それでも――


子どもたちには寒そうに見えるかもしれないから、

私もコートを羽織る。


……それに。


正直、私も着たかった。


すごく可愛いから。


(わあ……)


(この体型で、こんなコートが似合うなんて)


まるでモデルみたい。


「はい、エリン。帽子」


「双子も」


耳が冷えないように、

毛皮の帽子もかぶせる。


「うぎゃぎゃ」

「ぎゃぎゃ」


「ほら、落ちるよ」


双子は帽子をかぶったままでも

じっとしていない。


私は顎紐をしっかり締めて、

外れないよう固定した。


(よし)


完全防備。


これで安心だ。


「あなたもコートを着てください」


魔王は不要だと手を振ったが、

何度か頼むと、しぶしぶ着てくれた。


赤いうさぎ。

銀のうさぎ。

黒い子うさぎが一匹。

銀の子うさぎが二匹。


家族みんな、うさぎになった。


「わあ! 雪だ!」


外に出たエリンが声を上げた。


魔王城ではなかなか見られない、

一面の雪景色。


まるで氷の王国のようだ。


「きゃあああ!」

「きゃはは!」


双子も大はしゃぎで、

くるくると空を飛び回る。


あの時の――


喜びのダンスだ。


お尻をふりふり。


けれど――


エリンは知らん顔をして、

少し離れた場所に立っていた。


(……どうしたのかしら)


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