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第85話 反乱を知った私、すべてをひっくり返す一手を打ちます

「ふう」


マハトラは長く息を吐いた。


考えに考え抜いた末に、

結局彼は魔王妃の側につくことを選んだのだった。


(さて、どうなることやら)


巨大な勢力を持つ二つの一族が手を組み、

魔王を排除しようとしている。


いくら魔王妃エステルであっても、

これはさすがに簡単な戦いではない。


それでも――


あの方なら、

何だかんだでやってのけるのではないか。


そんな気もしていた。


(それに……先に口止めしていただけて正解でしたね)


マハトラが、こくりと腰を折った。


「エリン様。おはようございます」


エリンが、

双子の乗ったベビーカーに手をかけたまま立っていた。


母上とマハトラの話が気になって、

こっそり隠れていたのだ。


ぴょこ、ぴょこ。


双子がベビーカーから

顔を突き出す。


そして――


そのまま外へ飛び出そうとした。


「君たち、じっとしてて」


「キャアア!」

「キャア」


エリンが頭をぐっと押さえると、

双子が体を揺らした。


ここまで我慢したのだから、

もう飛びたい、と言わんばかりだった。


「はあ……」


エリンは仕方ないという顔で

ベルトを外してやった。


その代わり、条件をつける。


「僕のそばにいること」


「そうじゃなかったら、もう二度と外してあげないよ」


ひゅわっ!


ひゅんっ。


解放された途端、

双子は嬉しそうに宙を飛び回った。


両手を左右に振り、

お尻をふりふりしながら

体を揺らす。


喜びのダンスだった。


そんな下の二人を見ていたエリンが、

もう一度マハトラへ視線を向ける。


「僕に何か言いたいことでもある?」


にこにこと笑うマハトラの顔を見た瞬間、

エリンの表情が引き締まった。


「運がよかったね」


「母上が、お前の口を塞いでしまったから」


「僕もこれ以上は聞かないよ」


秘密保持の誓約。


マハトラは、

部屋の中で交わした話を

外では口にできないよう“命じられている”状態だった。


「キャアアア!」

「キャハハハ」


双子も手を振りながら声を上げた。


母上と何を話していたのか気になるけど、

言えないなら聞かないよ。


ちょうど、そんな感じだった。


「ありがとうございます」


マハトラが微笑みながら言った。


「行こう」


「キャアア!」

「キャア」


だが双子は、

エリンの言葉など聞こえなかったかのように

廊下をくるくる飛び回る。


「ついてこないなら、ベビーカーに入れて連れていくよ!」


ひゅん。


一瞬で、

エリンのそばへぴたりとくっついた。


エリンお兄ちゃん、冗談だって。


まるで、そう言っているようだった。


「それじゃ、魔王城を一周しようか」


エリンと双子の魔王城ツアーだ。


以前はエステルがしていたことだった。


今はエリンが、

母に代わってその役目を果たしている。


「あとで弟か妹が生まれたら、

その時は君たちがやるんだよ」


「キャアア!」

「キャア」


双子がぶんぶん体を揺らした。


私たちならできるよ。


そんなふうに見えた。


「うーん……」


エリンは少し考え込んだ。


この子たちに任せて大丈夫かな。


いっそ母上に言って、

やっぱり僕がやるってことにした方がいいんじゃないかな。


「ぴええっ! ぴえっ!」


すると双子が、

両手を高く上げて抗議した。


僕たちを何だと思ってるの!


僕たちだってちゃんとできる!


今はまだ赤ん坊でも、

ウムカウテを迎えたら十分やれる。


どうやら、そう言いたいらしかった。


「分かったよ」


「期待してる」


「ココココ!」

「クフフフ!」


早く自分たちもウムカウテを迎えたい。


双子はそう叫んでいるようだった。


「ふふふ」


だんだん遠ざかっていく

エリンと双子たちの後ろ姿を見ながら、

マハトラは笑った。


ただ強くするだけでは、

マハトラの目的は達成されない。


何より大事なのは――


力の制御。


強い力に溺れ、

その力をまともに使えない魔族は多い。


だが魔王妃エステルは、

子どもたちが自分の力を自分で制御できるように育てていた。


マハトラからすれば、

本当に不思議でならなかった。


強い魔族を作ることよりも、

はるかに難しいのが

力の制御だというのに。


だからこそ彼は、

エステルを先覚者と呼んだのだ。


魔族の光となる存在。


新しい道へ導く者。


それが――


先覚者だった。


◆◆◆


こんこん。


誰かが扉を叩いた。


書類に目を通していた魔王が、

顔を上げる。


また決裁待ちの書類か?


午前中に処理する分は、

もうすべて上がってきているはずだった。


妻のおかげで、

行政手続きはずいぶん簡素化された。


書式は統一され、

午前と午後に処理する書類も

あらかじめまとめて受け取るようになっている。


そのおかげで――


長い列ができることもなくなった。


「入れ」


扉が少しだけ開く。


「あなた?」


妻だった。


波打つような青いドレスが、

ひどくよく似合っていた。


これまでは

どちらかといえば暗い雰囲気の服を着ることが多かったが、


日の下で過ごせるようになってからは、

装いもずいぶん明るくなった。


「少し、時間をもらえますよね?」


エステルが、

魔王の向かいに腰を下ろす。


「ちょうどお前にも話しておきたいことがある。

何かというと……」


魔王が書類を持ち上げながら言った。


「マハトラを解任する件か?」


「ライカン・スロープ一族が強硬に求めてきているのだ」


ルウェンを副執事に任命したが、

彼らにとってはそれでは足りなかったらしい。


「また要請が来た」


「ちょうどお前とマハトラは折り合いも悪い。

この機に入れ替えるのも悪くない気がするが」


「マハトラは留任させた方がいいです」


エステルが即座に言った。


「ライカン・スロープたちが今になって急に

執事を交代させろと言い出したのは、

何か思惑があるからです」


「自分たちの思い通りに

マハトラが動かないから、こうしているんでしょう」


「だが、あの者たちが何か企んだところで、

そう大したことはできまい」


魔王城に大きな影響を及ぼすことはできない。

そういう意味だった。


「他の一族と手を組まれたら、話は別です」


「しかも、かなり強い一族と」


「他の一族?」


いつもとは違う妻の様子に、

魔王は小さな違和感を覚えた。


「周囲に遮断魔法を張ってください」


「今からする話が外に漏れないように」


エステルの求めに、

魔王はすぐさまボタンを押した。


ここは魔王の執務室。


自動的に遮断装置が作動する。


「何を話そうというのだ?」


「ヴァンパイア一族」


「彼らがライカン・スロープと手を組んで、

反乱を企てています」


反乱。


その言葉に、

魔王の目が見開かれた。


他の魔族が言ったのなら、

簡単には信じられなかったはずの話だ。


だが――


今、それを告げているのは

ヴァンパイア一族出身のエステルだった。


「彼らだけで動いたのなら、

以前の使節団の件で恨みを抱いたのかもしれない、

とも考えられます」


「でも、宿敵であるライカン・スロープとまで

手を組んだということは――」


「かなり前から、

計画していたということです」


「一体なぜだ?」


「自分たちにこそ、

このアトランティスを治める正統性があると思っているんでしょう」


「だからあなたを追い落として、

正統性のある魔族を

魔王の座に据えるつもりなんです」


「誰をだ?」


エステルが、

じっと魔王を見た。


「まさか、お前をか?」


「彼らは今でも私を、

自分たちの思い通りに動かせる人形だと思っているんです」


「とんでもない思い違いですよね」


「では、ライカン・スロープの利は?」


魔王の問いに、

エステルは指先で

魔王の頬をつついた。


「あなたです」


「私?」


「彼らはあなたを研究したいんですよ」


「強い魔族を作るための、

実験材料として」


「奴らを今すぐ――!」


魔王の声が一気に荒くなる。


だが――


妻がなおも落ち着いているのを見て、

すぐに我を取り戻した。


「ですが、今はまだ

証拠を押さえられません」


「何の証拠もなしに

あの一族を討つことはできませんよね」


「下手に手を出せば、

あなたが今まで築いてきた

島の融和が崩れてしまいますから」


魔王は頷いた。


妻の言うことは正しい。


今は――


軽々しく動けない。


「マハトラが白状したのか?」


魔王の目が鋭くなる。


こういう情報を持ってこられる者は、

マハトラ以外にいない。


「ええ」


「マハトラは、これから私たちの情報源になります」


「今後も使えるというわけだな」


「はい」


「悪くない考えだ」


「ライカン・スロープを抑えるには、

同じ一族のあいつを使うのが一番だろうしな」


「ひとまず今は、切り分けて叩くべきです」


「私はまずヴァンパイア一族から叩くつもりです」


「それはそうだが……」


「ヴァンパイア一族を叩くというのもな……」


まだ証拠がない。


彼らを討つ大義名分もない。


「方法は一つしかありません」


「ヴァンパイア一族の今の中枢を、

叩き壊すしかないんです」


すべての元凶は、そこにあった。


形式上の長は別にいる。

だが実権を握っているのは十二人。


各区域を治める領主であり、土豪たち。


十二座会議体。


本来なら一族全体のために動くべき者たちが、

今では自分の利益しか見ていない。


「どうやってだ?」


「私は族長の娘です」


「もちろん純血のヴァンパイアだから

その娘にされたにすぎなくて、

実権なんてありませんけど――」


「それでも、たった一つだけ特権はあります」


「特権……まさか」


魔王がエステルを見た。


「エル・ギオルを要求します」


エル・ギオル。


試練を乗り越えて、

一族の新たな長となるための儀式。


聖なる山にある洞窟を踏破する通過儀礼だった。


ここ二百年、

一度たりとも行われていない。


だから詳しい情報もほとんど残っていない。


ただ――


かなり難しい、という話だけが伝わっている。


「そして、それを乗り越えて

ヴァンパイア一族の正式な族長になります」


エステルが堂々と言い放った。


だが――


魔王は首を横に振った。


「たとえお前が族長になったとしても、

十二座会議体はお前の言うことなど聞くまい」


エステルは小さくうなずいた。


その点については、

エステルも同意していた。


そして――


そこが、エステルの狙いでもあった。


「あなたの言う通りです」


「十二座会議体は、きっと私の言葉を無視するでしょう」


「でも、そうなれば

あいつらを叩き潰す条件ができます」


「私は、自分の言うことを聞かない

十二座会議体の解散を要求します」


「そして、それを拒んだら――」


「その時は、あなたが鎮圧すればいいんです」


「どうです? いい計画でしょう?」


だが魔王は、

首を縦には振らなかった。


「マハトラが提案したのか?」


その表情は固い。


もしエステルがそうだと答えれば、

今すぐマハトラを殺しに行きかねない顔だった。


エステルを危険な場所へ押し出した。

そう思っているのだ。


エル・ギオルだけでも危ういのに、

その先で十二座会議体を鎮圧する過程では

エステルが死ぬか、大怪我を負うかもしれない。


「ヒントをくれたのはマハトラです」


「でも、決めたのは全部私です」


エステルははっきりと言った。


これは――


エステルが選んだことだ。


「いずれにせよ、

お前を危険に晒すわけにはいかん」


魔王はきっぱりと言った。


絶対に行かせない。


その意思がありありと伝わってくる。


「それに、子どもたちには

何と説明するつもりだ?」


エリンも双子も、

母を行かせたがらないだろう。


そういう意味だった。


その言葉で――


最大の難関が、目の前にはっきり姿を現した。


エステルが魔王城を空けている間、

子どもたちはどうするのか。


困り果てた、その時――


魔王が

一つの提案を口にした。

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