表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/152

第83話 信用してはいけない男が、あっさり口を割りました

「魔王妃様。おはようございます」


呼び出しを受けたマハトラが、

私の前に姿を現した。


いつも通り、きっちりした黒のスーツ。


金髪は整えて撫でつけられ、

丸眼鏡がその印象を穏やかなものにしている。


映画でよく見るような、

いかにも執事らしい姿。


善良そうに見える顔。


だけど――


その腹の内で何を考えているのかは、

まだ分からない。


私は手にした扇の陰で、

ぎゅっと拳を握った。


今こそ、あの狼の仮面を剥がさなければならない。


きっとこの男は、

平然と嘘をつくのだろう。


まるで――


白々しい顔で、何もかも誤魔化してしまうみたいに。


「私に何かお話がございましたでしょうか?」


マハトラが胡散臭い笑みを浮かべながら尋ねてくる。


どうしよう。


私はほんの少し迷った。


狼の仮面を剥がす。


思っていたより、ずっと難しい。


何から切り出せばいいのか。


その時――


意外にも先に口を開いたのはマハトラの方だった。


「お加減はいかがですか。話は聞いておりますが、実に大したものですね」


私は朝でも活動できる理由を、

魔王城の者たちには“魔法”だとぼかして伝えていた。


大半の者は、それで納得した。


だが、マハトラは違う。


こいつはヴァンパイア一族の性質を、

誰よりよく知っている。


そんな魔法があるものか。


顔にははっきり、そう書いてあった。


「お茶でも飲みながら話しましょう」


私はテーブルを挟み、

マハトラと向かい合って茶を飲み始めた。


表向きの名目は、

魔王城の管理についての相談。


女主人である私と、

執事である彼が

きちんと意思疎通を図るための場――

そういうことになっている。


「魔王城の侍女教育は、順調に進んでおります」


マハトラは現在の進捗を簡潔に報告した。


そして――


ふいに、こちらへ問いを向けてくる。


「近頃、何かお悩みでもおありですか?」


私はそのまま本題へ入った。


「あなたたちの一族。魔王を相手に何か企んでいるの?」


遠回しにしても仕方がない。

そう思って、私は直球で尋ねた。


魔王というキャラクターは、

すでに“削除予定”の状態に入っている。


今の状況で、

本当に彼を消しに来る勢力があるとしたら――


私には、こいつら以外に思えなかった。


きっと何か、巨大な計画が動いている。


一種の――


クーデターのようなものが。


(もちろん、素直に答えるわけないわよね)


(だったら、どう追い詰める……)


その瞬間だった。


マハトラが、こくりと頷いて言った。


「ええ」


「……そう。だから――」


私は言葉を継ごうとして、

途中で止まった。


……え?


今、ええって言った?


聞き間違い?


私はマハトラをじっと見つめた。


この狼野郎、

何か変な物でも食べたのかしら。


勝手に仮面を脱いでくるなんて。


やっぱり私の説得力が最強――


……とでも言えばいいの?


「魔王様に対して、何かが動いているのは確かだと思われます」


「ですが、魔王妃様が私の質問に答えてくださるなら、

私が知っていることはすべてお話ししましょう」


マハトラの目が光った。


冗談でも、はぐらかしでもない。


本気だった。


(取引を持ちかけてきたのね)


カチリ。


マハトラが指を鳴らす。


ぶうん。


(結界?)


周囲の音がすっと途切れた。


私たちの会話が、

外へ漏れないようにしたのだ。


「結界というより、エアカーテン方式でございます」


「元は私が使っていたものではありませんが、

知る機会がありまして……

なかなか良い方式だと思い、取り入れてみました」


「そう」


誰から覚えたのかは知らないけれど、

見た感じ、悪くはない。


音の性質を、

きちんと理解して使っている。


「で、あなたの質問は?」


私は身構えながら待った。


私の秘密に関すること?


それとも、魔王に関すること?


どこまで話せばいいのだろう。


けれど――


マハトラが口にした問いは、

私の予想とまるで違っていた。


「どうせ子どもといっても、他人は他人」


「我ら魔族にとって何より大事なのは、

自分自身ではありませんか?」


いきなり――


子どもの話だった。


私はマハトラをじっと見つめる。


続けろ、という意味で。


「それが、私の知る常識でございます」


「ですが魔王妃様は、

その常識を否定しておられるように見える」


「そう見える?」


「ええ。ですが、その常識を拒む行動の方が、

結果としてより良い結末を生んでいるようにも見えます」


「なぜなのでしょうか」


「魔王妃様は、その答えをご存じなのではないかと」


マハトラは、

子どもそのものに興味があるのではない。


正確には――


子どもをどう扱うのか。


そこを知りたいのだ。


私が聞きたいことを聞くためには、

こちらも答えを返さなければならない。


「あなたの常識は正しいわ」


「正しい、と?」


茶器を持っていたマハトラの手が、

ぴたりと止まった。


そして私をじっと見る。


言葉の意味を測っている顔だった。


だから私は、言葉を続けた。


「あなたの言う通り、

たとえ子どもでも“私自身”ではない」


「他人よ」


「だから、子どもを育てるのは本来簡単なことじゃないの」


「自分の体一つだって、

思うように動かすのは難しいでしょう?」


「夜食の誘惑とか、ダイエット一つ取ったって、

人はあれだけ苦労するのよ」


「まして子どもなんて、なおさらよ」


私の口から出た“ダイエット”という言葉は、

マハトラには少し妙に聞こえたらしい。


でも私は気にせず続けた。


まあ、ヴァンパイアがダイエットを語るのも、

たしかに変といえば変だけれど。


「むしろ、あなたの言うように

子どもを“他人ではない”と思い込んだ方が危険なの」


「子どもを自分の所有物みたいに考えたり、

自分の思い通りに動かせると思い始めたら――」


「それはもう愛情じゃなくて虐待よ」


「一つの人格を持った存在だってことを、

否定することになるんだから」


魔族相手に“人格”なんて言葉を使うのは、

少し浮いている気もした。


でも、この世界なら適当に意味は通るだろう。


その程度は気にしないことにした。


「ほう……」


「だから、あなたの言う通り、

子どもも結局は“他人”なの」


「あなたの常識そのものが間違っているわけじゃないわ」


私はさらに続けた。


子どもを“自分のもの”だと思い込むことが、

どれほど危険なのかを。


子どもを他人ではなく、

自分自身の延長だと思ってしまう人間は、

結局、子どもに対する評価や扱いを

自分に対する評価のように受け取るようになる。


だから我慢できない。


もちろん――


子どもが理不尽な扱いを受けたら、

怒るのは当然だ。


でも、そういう話とは違う。


周りから見れば、

それが行き過ぎるほど過剰になる。


自分の子の落ち度は隠し、

他人の落ち度はどこまでも責め立てる。


そして、もっと厄介なのは――


その感情が最初は子どもの周囲に向けられていたとしても、

やがては子ども自身へ向かうことがある、という点だ。


社会的に立派だと言われる人間ほど、

自分の基準に届かない子どもへ

怒りをぶつけることがある。


ニュースで見るような、

名家の悲劇だ。


ああいう話はいくらでもあった。


「ですが、魔王妃様は……」


マハトラは、

私がそこから外れていると言いたいらしかった。


だから私は、

自分がそうしている理由を説明した。


「だから私は、努力してるの」


「子どもを理解しようとして、

その子に合ったやり方で接しようとしてる」


「そこが大事なのよ」


私が子どもたちのために、

今も勉強し続けているのも同じ理由だった。


理解しようとする努力。


歩み寄ろうとする努力。


それがなければ、

盲目的な愛情なんてすぐに執着へ変わる。


「理解しようとする努力……歩み寄る努力……」


「それが、強い魔族に育てる秘訣なのですか?」


「はあ……」


私は短く息を吐いた。


「マハトラ、あなた本当に、

頭の中そればっかりなのね」


とはいえ、認めるべきところは認めなければならない。


“強い魔族”。


その一点への執着だけは、

こいつは本物だった。


「まず、あなたの考える

“強い魔族”が何かを整理しないといけないわね」


「知りたいです」


「強い魔族って、何かしら」


「単純に力が強いってだけじゃないわ」


「その力をきちんと使うための考え方を持っていて、

しかもその力を土台に互いに協力できること」


「それが本当に強い魔族よ」


「自分一人が優れていればそれでいい、なんて思うのは

大きな勘違いね」


「以前も似たようなお話をなさっていましたね」


「ええ」


「魔族一人ひとりは強いかもしれない」


「でも今は、砂粒みたいにばらばらなのよ」


「これでは絶対に人間には勝てないわ」


「つまり、そんな魔族は

全体として見れば弱いのよ」


魔族は争う。


互いに協力しない。


いつでも背中を刺す準備をしているような連中ばかりだ。


「人を上手く騙した方が有能で、

騙された方が悪いなんて言葉が

当たり前みたいに出てくる社会」


「そんなもの、

まともな社会なわけがないでしょう」


私はマハトラを真っ直ぐ見つめて言った。


「騙された方が悪い?」


「それはただの責任転嫁よ」


「悪いのは最初から

人を騙そうとした側に決まってるわ」


ふと、昔どこかで聞いた言葉を思い出した。


騙された側に落ち度を探し始めたら、

人は安心して他人を信じられなくなる。


そうなれば、

誰も協力しなくなる。


社会が弱くなるのは当然だ。


人を騙した方が有能で、

騙された方が悪い。


そんな考え方が広がれば、

互いに疑って、足を引っ張り合うばかりになる。


強い社会になるはずがない。


「ふむ……そういうものなのですか」


マハトラは、

私の言葉をゆっくり噛みしめるように呟いた。


「今はまだ、理解しにくいと思うわ」


「でも、約束はできる」


「私を信じてついて来てくれるなら、

いつかあなたも、私の言葉を理解できるようになる」


こんな言葉で、

本当にこの男を動かせるのだろうか。


けれど、今の私が返せる答えはこれだけだった。


私はマハトラの返事を待った。


そして――


彼が口を開く。


「ライカン・スロープとヴァンパイアが手を組みました」


(え?)


(……何、それ)


(聞き間違いじゃないわよね?)


水と油みたいな連中が、

手を組んだ?


想像もしていなかった秘密が、

マハトラの口から

静かに流れ込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ