第80話 魔王一家がサンタになった日、魔王城は笑顔で満ちた
ジングルベルの音が――
城中に響き渡った。
ツリーを眺めていた者たちが、
次々と感嘆の声を漏らし始める。
「すごくいい音だな」
「でも、これはどんな祭りなんだ?」
「年の終わり頃、
空に浮かぶ三つの星が交差するらしい。
その日を祝うために生まれた祭りなんだってさ」
「ヴァンパイア一族の祭りなのか」
「他の一族の祭りでも、
こっちが楽しく遊べればそれでいいだろ」
「魔王妃様って本当に不思議な方だな。
どうやってこんな祭りを思いついたんだろう」
「そうそう。
最近は魔王城の行政も、
あの方がほとんど変えたらしいぞ」
「魔族式カレーに、
海苔で巻いて食べる飯まで、あの方が作ったらしい」
「信じられないな。
ヴァンパイアがそんな料理をするなんて」
この場に集まった者たちの話題の中心は――
魔王妃エステルだった。
少し前まで――
ただ魔王の伴侶という程度にしか見られていなかった女性だった。
だが、今は違う。
人々はもう、
彼女を飾りとは見ていない。
新しい文化を持ち込み、
制度を変え、
暮らしを変える存在。
魔王城のあちこちで起きている
あらゆる変化の中心には――
いつも、
エステルという名があった。
◆◆◆
「見てください。みんな満足しているみたいですよ」
私は魔王の執務室の窓辺にもたれ、
彼の腕にそっと自分の腕を絡めたまま、下を見下ろしていた。
魔王城前の広場。
巨大なツリー。
その周囲には、
魔族と人間が入り混じっている。
きらめく飾りの下で
笑い合い、語り合い、
初めて耳にする音楽へ耳を傾けながら――
城全体が浮き立っていた。
「城が賑やかなのはいいことだな」
魔王が低く呟く。
その視線の先には、
蓄音機があった。
レコード盤がゆっくりと回りながら
キャロルを奏でていて、
その音は、
魔王城のあちこちに繋がれたスピーカーから広がっていた。
最初は、
ツリーを一つ立てるだけで十分だと思っていた。
けれど、いざ始めてみると――
祭りというのは、
雰囲気を作るものだった。
飾りと音楽。
食べ物。
人の流れ。
そして休める場所まで。
それらすべてが揃ってこそ――
ようやく、
人々の心は浮き立つのだ。
その時――
扉の方から気配がした。
振り向くと、
エリンが双子を連れて入ってきた。
「似合っているな」
赤いサンタ服に帽子。
それに、芝居道具みたいな白いひげ。
エリンはまるで、
学芸会の衣装を着せられた子どものようだった。
普段は静かで落ち着いた子だからこそ――
そんな子がああして着飾って立っていると、
余計に可愛く見える。
「カガガガ」
「キャアアア」
双子も同じように
赤いサンタ服を着ていた。
ただ――
この子たちはあまりにも飛び回るせいで、
白いひげは付けてもすぐ落ちてしまう。
結局、ひげはエリンだけ。
双子は赤い服と帽子だけで落ち着いた。
「あなたもサンタの格好をしてください。
私も着替えてきます」
私はそのまま更衣室へ入った。
用意しておいたサンタ服に着替え――
鏡の前に立つ。
思わず、
ため息まじりの感嘆が漏れた。
(本当に、モデルいらずね)
体にぴたりと合う衣装。
鮮やかな色合い。
綺麗に出た腰のライン。
このまま写真でも撮れそうなくらいだった。
エステルというキャラクターをデザインしてくれた
原作イラストレーターに、
改めて感謝したくなる。
(スカートも穿きたかったけど……短すぎるわ)
残念でも仕方がない。
結局、パンツタイプにした。
服を整えて外へ出ると――
先に着替えていた魔王が、
こちらへ視線を向けた。
「少し違和感があるな」
「いいえ。本当によく似合っていますよ」
私は心から感心していた。
「やっぱりサンタは体格が大きい方がいいですから。
プレゼント袋を軽々持ち上げないといけませんし」
「さあ、魔王城のみんなにプレゼントを配りに行きましょう」
これもまた、クリスマスイベントの一つだった。
私たち家族が直接サンタになって、
魔王城を回りながら
プレゼントを配ることにしたのだ。
エリンはプレゼントを手渡す役。
私はベビーカーを押しながら、
双子の面倒を見る役。
そして――
あのとんでもなく重そうなプレゼント袋を持つのは、
魔王の役目だった。
かなりの重さがありそうだったのに、
彼は苦にした様子もなく、
片手でも軽々と持ち上げていた。
「そうだ。その前に、テストを一つやりましょう」
その言葉に、
エリンの目がきらりと輝いた。
「見せてください。気になっていました。
本当に父上以外には誰も分からないんですか?」
「いくらエリンでも簡単じゃないと思うわよ?」
「やってみます!」
私はエリンと双子の前で、
顔認識阻害を発動した。
「どう?」
エリンはしばらく私をじっと見つめ――
小さく感嘆した。
「不思議な魔法です」
双子も不思議そうに
私の周りをくるくる回る。
母上みたいなのに――
でも、母上じゃない気もする。
そんな顔だった。
「本当に不思議です。
見抜けません」
「でしょう?」
私は笑いながら視線を巡らせ、
魔王を見た。
彼は実験のために、わざと
別の方を向いていた。
「今度は見てください」
魔王がゆっくりとこちらへ視線を向ける。
そして――
あまりにも迷いのない声で言った。
「我が妻を見間違えるはずがない」
パキン。
その瞬間、
顔認識阻害が砕けた。
私はほんの一瞬、
息を止めた。
やはり――
あの時のことは偶然ではなかった。
魔王は、
私の顔認識阻害を解除できる
唯一の存在だった。
「また母上だって分かるようになりました」
エリンが驚いた顔で言う。
「私が顔認識阻害をまた使う時は、
この指輪から魔力を流すわ」
私は指にはめた指輪を見せた。
その中には、
魔王の魔力が込められている。
たとえ私の顔を認識できなくても――
この指輪を通じてなら、
私を見つけられる。
「家族だけが共有している、小さな秘密よ」
「それじゃ、行きましょう」
◆◆◆
私たちは魔王城のあちこちを回りながら、
プレゼントを配り始めた。
「一年間お疲れ様。
メリークリスマス」
最初は誰もが驚いた顔をしていた。
魔王と魔王妃、
それに子どもたちまでが直接訪ねてきて、
プレゼントを渡してくれるとは思っていなかったのだ。
けれど――
その驚きはすぐに、
明るい喜びへと変わった。
調理室。
料理長が私たちを見るなり
深く腰を折った。
その後ろで、
他の者たちも一斉に頭を下げる。
「さあ、エリン。プレゼントを渡してあげて」
エリンは両手で
プレゼントを一つずつ取り出して手渡した。
受け取る者たちは、
恭しく両手で受け取る。
「ありがとうございます」
「メリークリスマスです」
「ギャギャギャ」
「キャア」
双子も、
自分たちでプレゼントを配りたいのか、
ベビーカーの中でばたばた暴れ始めた。
ベビーカーが揺れるほどだった。
その姿を見ながら――
私はふと気づく。
エリンが普段、
下の二人を連れて歩く時、
どれだけ苦労しているのかを。
「あなたたちは、
ウムカウテになるまでもう少し待ちなさい」
私はしゃがみ込んで、
双子に言い聞かせた。
子どもたちは残念そうに体を揺らしたが――
それでも最後には、
ちゃんと我慢してくれた。
そうして私たちは、
城の主要な部署を一つずつ回りながら
プレゼントを配っていった。
二時間近く続いた仕事。
そして――
ふと、一人の顔が浮かぶ。
ソフィア。
見習い侍女だった頃に出会った
金髪の少女。
私の瞳が綺麗だと
褒めてくれた子だった。
だが――
城の中を歩き回っている間、
彼女の姿は一度も見なかった。
(休みなのかしら……?)
(すれ違っただけ……?)
(夜勤……?)
少しだけ残念だったけれど――
また次の機会を待とうと、
私は気持ちを切り替えた。
「クリスマスツリーのところへ行きましょう」
今回のイベントの最後。
絵。
そして――
ソリ。
「こんな格好……みんな変に思わないだろうか」
「大丈夫ですよ」
「祭り用の衣装だって、前もって伝えてありますし」
「それに、あなたは何を着ても似合います」
ツリーの近くへ着くと――
歓声が上がった。
「魔王様! 万歳!」
「万歳!」
押し寄せる魔族たち。
「距離を取れ!」
「下がれ!」
ギルガオンと警備隊が、
必死に群衆を押し止める。
(すごい人気ね……)
魔王は、ただ無表情のまま立っていた。
だから――
私は彼の脇腹をつついた。
「こういう時は手を振るんですよ」
「サンタなんですから」
魔王が手を上げた。
「わあああ!」
歓声が弾ける。
「さあ、早く絵を描いてもらいましょう」
「あまり長くいても迷惑ですし」
ツリーの前。
画家ハンス。
すでに待機していた。
「これがソリですか?」
双子が紐を掴む。
引っ張ろうとする。
このままでは――
飛んでいく。
「あなたたちはルドルフじゃないわ。今日はサンタよ」
私は二人を引き戻した。
立ち位置を整える。
エリン。
双子。
魔王。
そして私。
完璧なサンタ家族だ。
「では、始めます」
筆が動く。
「じっとしていてちょうだい」
短い緊張。
そして――
完成。
「本当に上手ね」
クリスマスツリー。
ソリ。
サンタ家族。
記念すべき一枚だった。
「絵の具が乾くまでは、ここに置いておきましょう」
そして――
私は一人を指さした。
「あなたに決めたわ」
ギルガオン。
理由は一つ。
以前――
幽霊の話で私を怖がらせた罰だ。
だから――
一人残って、
絵の見張りをすること。
その時――
ハンスに絵を頼む者たちが押し寄せてきた。
祭りは五日間続く。
これからも――
頼み事は増えていくだろう。
その様子を見ながら――
私はふと思う。
(そろそろ……帝国も動くかしら)
若い皇帝。
捕虜の待遇。
使者。
会談。
その時――
魔王の手が、
私の頬を掠めた。
「どうした。そんな怖い顔をして」
「何でもありません」
私は笑った。
「つらいことがあるなら、いつでも言え」
「僕もです!」
エリン。
双子も体を揺らしている。
本当に、ありがたい家族だ。
◆◆◆
すべての日程が終わった。
私たちは家族の居住区へ戻った。
ツリー。
プレゼント。
歓声。
笑顔。
夢中で動いているうちに、
一日があっという間に過ぎていた。
体は少し疲れている。
けれど――
心は不思議なほど高揚していた。
まだ――
終わらせたくなかった。
なぜなら――
まだ残っているからだ。
夫と子どもたちのために用意した、
私の切り札が。




