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第78話 マハトラが仕掛けた罠

マハトラはルウェンと並び、魔王城の廊下を歩いていた。


「紹介状は確認しました。青年団を首席で修了したそうですね」


ライカン・スロープ青年団。


かつては、実戦で使える戦士を育てるための場所だった。


才能ある者を集め、

外界から隔離された環境で二年間競わせる。


弱肉強食。

脱落者は生き残れない。


マハトラも、そこの出身だった。


だが今の青年団は違う。


二年をかけて、

行政や統治を学ばせる養成機関へと変わっていた。


ルウェンは、その現行制度の中で

首席として修了した人材だった。


マハトラから見れば、

それはもはや昔の青年団とは別物だ。


言ってしまえば、まだ半人前。


だがマハトラは、

わざわざそんなことを口にするつもりはなかった。


「その気になれば、科学局のようなもっと良い部署にも行けたでしょう。なぜ魔王城へ?」


若いエリートが魔王城に来るのは珍しい。


「上の命令です。私はそれに従うだけです」


ルウェンは淡々と答えた。


「それに、この城へ配属されたことを誇りに思っています」


「誇り?」


ルウェンが微笑む。


「あなたの後継者――いえ、代替者になれたことです」


マハトラは小さく笑った。


「長老殿の名声はよく聞いています。科学局の責任者として多くの功績を残されたとか」


ルウェンは続ける。


「ですが、そろそろお休みになってもよろしい頃では?」


マハトラの笑みが、わずかに深くなる。


「だからこそ、私が代替者として認められたのでしょう」


つまり――引退しろ、ということだ。


ずいぶん露骨な挑発だ。


だがマハトラは動じない。


「引退は、私も望んでいるのですよ」


穏やかな声だった。


「ですが、まだやるべきことが多くてね。もう少しここにいることになりそうです」


短い沈黙。


やがてマハトラが言った。


「魔王城へようこそ。ここで新しい未来を築けるといいですね」


魔王城の案内が始まる。


「エステル様の指導のもと、この城はずいぶん変わりました。あなたも驚くでしょう」


だがルウェンは、その言葉を聞き流す。


マハトラ。

既得権。

現状維持に安住する男。


あの男を押しのけなければ、新しい世代は上に立てない。


だから長老会が自分を送り込んだ。


今回の任務は試験。


マハトラの弱点を見つける。

そして――引きずり下ろす。


そうなれば、次の執事は自分だ。


ルウェンはマハトラを見る。


(あなたがどれほど無能か、暴いてみせる)


マハトラが笑う。


「いい目をしていますね。やはり若者の気概は見ていて気持ちがいい」


まるで全てを見透かしているかのような態度だった。


「ですが、気概だけでは仕事はできません」


「それと――自分が特別だという考えは捨てたほうがいい」


ルウェンの眉がわずかに動く。


「もしかすると、村はあなたより優秀な者を、すでに先に送り込んでいるかもしれませんから」


だがルウェンは気づかない。


「謙虚でいろ、という意味だと受け取っておきます」


ルウェンは内心で笑った。


自分は青年団を首席で修了した。

その誇りは揺るがない。


その時だった。


前方の廊下から、ベビーカーが現れた。


エリンだった。


「誰?」


エリンの視線がルウェンに向く。


マハトラが軽く頭を下げた。


「エリン様。下のお子様たちと散歩ですか?」


「うん」


ベビーカーの中で双子が手を振る。


「うぎゃ!」

「きゃあ!」


ルウェンが頭を下げた。


「ルウェンと申します。魔王城の副執事に任命されました」


「そう。よろしく」


エリンはそれだけ言い、通り過ぎていった。


ルウェンは呆然とその背中を見る。


魔王の長男。


それなのにベビーカーを押している。


どうにも理解が追いつかなかった。


「……あれが魔王の長男?」


小さく呟く。


「弱そうね」


マハトラは聞いていたが、何も言わない。


◆◆◆


やがて二人は執事室に到着した。


魔王城中層。


広く整えられた空間だった。


執事は魔王城の内部管理と日程調整を担う。


実質、この城の運営を取り仕切る立場だ。


「私の執務室の隣に部屋を用意しました」


「副執事室です。今整理中なので、明日には使えるでしょう」


ルウェンが手を挙げた。


マハトラが指を動かす。


――ウィン。


遮断膜が張られた。


ここから先は執事と副執事ではない。


ライカン・スロープの諜報員同士だ。


「どうしました?」


ルウェンはまっすぐ言った。


「あなたの業務について、長老会で懸念が出ています」


魔王の魔力。


研究に必要な試料だった。


だがマハトラは、それを確保できていない。


「結局、確保できなかったのでは?」


「失敗を認めて退いてください」


「故郷へ帰るのが賢明でしょう」


マハトラは頷いた。


「ああ、その件ですか」


落ち着いた声だった。


「あなたが来る前に処理しました」


ルウェンの目が見開かれる。


「確保して、すでに送ってあります」


「心配はいりません」


ルウェンの表情が固まった。


自分が用意していた最後の切り札。


それが崩れた。


マハトラが言う。


「さて」


「業務説明を始めましょう」


書類を取り出した。


「これが魔王城の行政様式です」


ルウェンは書類をめくった。


「綺麗ですね」


「我々の一族が作ったのですか?」


マハトラは笑った。


「いいえ」


「魔王妃様が作りました」


ルウェンの目が細くなる。


「ヴァンパイア一族の女が?」


マハトラは肩をすくめた。


「驚きましたか?」


「では次です」


◆◆◆


次に案内されたのは調理室だった。


香りが漂ってくる。


「この匂いは……」


「魔族式カレーです」


「魔王妃様の料理ですよ」


「せっかくです。味見していきましょう」


料理長が頭を下げた。


「執事様」


マハトラが軽く頷く。


「こちらは副執事のルウェンです」


「よろしくお願いします」


ルウェンは周囲を見回す。


人間の侍女たちが働いている。


「人間が多いですね」


「問題はありませんか?」


料理長が笑う。


「最初は皆、心配していました」


「でも今はうまくやっています」


「全部、魔王妃様のおかげですよ」


ルウェンの表情がわずかに変わる。


やがてカレーが運ばれてきた。


「これは人間の料理では?」


「魔王妃様が魔族風に変えました」


マハトラは美味しそうに食べ始めた。


「やはり」


「実に美味しいですね」


その時、ルウェンが驚く。


「それは何です?」


マハトラは黒い紙のようなものを食べていた。


「これですか?」


「海苔です」


「カレーとよく合いますよ」


ルウェンも恐る恐る口にする。


そして目を見開いた。


(美味しい……)


マハトラが笑う。


「どうです?」


「魔王城の生活」


「悪くないでしょう?」


(まさか、こんなもので懐柔されたのか?)


だが構わない。


弱点は必ずある。


マハトラは必ず引きずり下ろす。


◆◆◆


食事を終え、再び執事室。


遮断膜が張られた。


ルウェンが口を開く。


「一つ質問があります」


「なぜ魔王の息子がベビーカーを押しているのです?」


「乳母の仕事では?」


マハトラは答えた。


「最初は奇妙に見えるでしょう」


「ですが、すぐ慣れます」


ルウェンが冷笑する。


「甘やかしすぎです」


「まずは乳母から処分すべきですね」


その瞬間。


マハトラの表情が初めて固まった。


「やめなさい」


声が低くなる。


「城の使用人管理は魔王妃様の権限です」


「軽々しく触れないことです」


ルウェンが目を細める。


「魔王妃の横暴を放置するのですか?」


マハトラは静かに言った。


「最初はそう見えるでしょう」


「ですが――」


「しばらくすれば考えが変わります」


「ライカン・スロープの方式こそ正しいと、私は思っています」


マハトラは言う。


「私に何を言うのは構いません」


「ですが、魔王の子供たちの前では気をつけなさい」


「今は――」


「魔王妃様のやり方のほうが優れているようですね」


「何ですって?」


その瞬間。


スッ。


マハトラの姿が消えた。


ルウェンの目が見開かれる。


――いつの間にか。


マハトラが目の前に立っていた。


もし戦場なら。


この瞬間。


ルウェンの首は地面を転がっていただろう。


「若いあなたが……」


マハトラは言った。


「私より頭が固いようですね」


彼は再び距離を取った。


「しばらくは研修期間です」


書類を差し出す。


「これがあなたの仕事です」


教育機関計画。


施設。

カリキュラム。


「教育担当侍女の選抜もあなたがやりなさい」


ルウェンの目が動く。


人事権。

大きな権限だ。


「なぜ私がやらないのか?」


マハトラは言った。


「公平性のためです」


「それに私はクリスマス準備で忙しい」


「侍女教育は全部あなたに任せます」


ルウェンは書類をめくる。


ほとんど準備されている。


残るのは選抜。


そして成果。


(悪くない)


ルウェンは頷く。


「わかりました」


マハトラが最後の書類を渡す。


「これが侍女名簿です」


そこには。


ソフィアの名前もあった。


ルウェンの基準なら必ず選ばれる位置。


だが同時に。


別の行動が取れない席でもある。


ルウェンは

自分が判断していると思っていた。


だが。


すべてはマハトラの設計だった。


(ふふ)


マハトラは内心で笑う。


ソフィアはどう動くか。


怒ってルウェンを殺そうとするだろうか。


それも一興だ。


そうなれば。


まとめて処理できる。


「ふふふ」


その時だった。


「おい」


マハトラが顔を上げる。


ベビーカーを押したエリンが立っていた。


「なんでそんなに笑ってる?」


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