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第73話 魔王から逃げようとしたら、そのまま求婚されました

「さあ、それじゃ帰りましょう」


これで全部解決。

めでたしめでたし――


……のはずだった。


「父上も母上を探しているみたいです。もうすぐここに来ますよ」


エリンがにこっと笑って言った。


「え?」


私はその場で固まった。


まだ終わっていなかった。


魔王も、私を探している?


(この前、魔王城の地下にこっそり入った時は怒られなかったけど……)


(今回また無断で外に出てたのがバレたら……)


うぅ……。


頭の中がぐるぐるする。


どんなに優しい魔王でも、今回は怒るかもしれない。


あの人は公務には厳しい。

魔王妃として、こんな勝手な行動はまずい。


もしここで鉢合わせしたら――


子どもたちの手を握って謝る?


……いや。


それはだめだ。


子どもを盾にするみたいじゃない。


その時だった。


ぴかっ。


頭の中に、いい考えが浮かんだ。


――こっそり帰還作戦!


こっそり魔王城に戻って、最初から城にいたことにするのよ!


今の私は魔力が漏れていない。

位置探知もされない。


つまり私は――


レーダーにも映らないステルス機みたいなものね。


我ながら、いい作戦だと思った。


くるりと子どもたちを見る。


「新しいゲームをしない?」


「新しいゲームですか?」


「父上に見つからないで、こっそり魔王城に戻るゲームよ」


双子が全身をくねらせて喜んだ。


「コオオ!」

「コオ!」


どうやら「それ楽しそう!」という意味らしい。


「面白そうですね。でも父上も母上に会えたら、僕たちと同じくらい喜ぶと思いますよ」


「えっと……」


私は少し言いよどんだ。


「父上は忙しい人だから……」


「私が時間を取らせたって思ったら、怒らなくても内心では怒ってるかもしれないわ」


優しい人ではある。


でも、とても忙しい人だ。


それに、公務にはとても厳しい。


魔王として当然のことだ。

それは分かっている。


「そんなことないと思いますけど。あ、でも――」


エリンが下を見た。


「父上、あそこにいるみたいですよ」


「えっ!?」


どこ!?


隠れなきゃ――


……あれ?


誰もいない。


エリンにからかわれた?


その瞬間。


エリンが私の背中にそっと手を置いた。


「母上は父上に会ってください」


「僕たちは父上に見つからないで魔王城に戻るゲームを始めます」


「え?」


次の瞬間。


ぶわっ。


体が宙に浮いた。


(えええええ!?)


浮いてる?


いや違う。


――飛ばされた。


風が耳を切る。


その瞬間だった。


赤い髪の男が、空中で私を受け止めた。


お姫様抱っこ。


しっかりと両腕で抱えられる。


太陽の光の中で見えたのは――


魔王の顔だった。


どくん、と心臓が鳴った。


こんな顔を見るのは初めてだった。


昼の光の中で、彼の顔を見ることなんてなかったから。


魔王は私を抱えたまま、浮遊魔法でゆっくり地面へ降りていく。


(ひぃぃ……バレた?)


いや、まだだ。


今の私はフードを深くかぶっている。

顔の半分を隠した、典型的な見習い侍女の姿だ。


でもフードを上げられたら終わり。


目の色が変わっていても、魔力が消えていても――


さすがに気づくだろう。


(炎の魔人。私を隠す方法ない?)


――デバッグモードによりシールド変形が可能です。

――シールド関連機能のため使用できます。


(シールド変形?)


――顔認識阻害モードを起動します。

――NPCの認識を低下させます。


おお。


すごい。


漫画でよくある、メガネ一つで別人になるあのパターンみたいだ。


――システムへ直接干渉するため、すべてのNPCに影響します。


やっぱりデバッグ機能だ。


(実行)


地面に着地する。


魔王が私をゆっくり降ろした。


「おい、お前!」


ギルガオンが叫んだ。


「誰だ! そのフードを外せ!」


私はフードを下ろした。


どきどき。


さて――?


「見習い侍女か? なぜあそこから落ちてきた?」


成功。


顔認識阻害、発動。


(すごい……)


これはもう能力というより、管理者権限で直接いじっている感じね。


これなら、普通は見破られないはず。


「見習い侍女の高所移動訓練中に、足を滑らせてしまいました。魔王様のおかげで怪我はありません」


見習い侍女のふりをして答えた。


「今後は気をつけろ」


ギルガオンが手を振った。


(よし。これでこっそり魔王城へ――)


その時だった。


魔王が向こうを指差した。


「エリンと双子があそこにいるな」


「危なくないか?」


「え!?」


私は慌てて振り向いた。


……誰もいない。


その瞬間。


耳元で声がした。


「やっと見つけた」


「どれだけ隠しても、あなたはあなたのままだ」


(なぜ……?)


確かに阻害は発動していた。

なのに、魔王だけは迷わなかった。


振り向く間もなく。


魔王が外套を脱いで私にかけた。


片手で腰を抱き。

もう片方で手を握る。


「大丈夫です。今は日差しの影響を受けません」


その時。


頭の中に声が響いた。


――正体が発覚しました

――顔認識阻害を解除します


さらり。


「ま、魔王妃様!?」


ギルガオンが驚きの声を上げた。


髪色も瞳の色も変わっている。

それでも彼はすぐに私だと気付いた。


「どういうことだ……

なぜ魔力が感じられないのですか?」


私はそっと魔王の顔を見た。


(怒られるかしら……)


だって私は――


また、無断で魔王城を抜け出したのだから。


一度ならまだしも、二度目だ。


「その……」


私は指先をもじもじさせながら言った。


「黙って外に出てしまって、ごめんなさい」


その瞬間だった。


魔王が私を強く抱きしめた。


ぎゅっと。


力強く。


「本当に良かった」


低い声で魔王が言う。


「あなたが消えたのかと思った」


……ああ。


そういうことだったのか。


私は少し笑った。


エリンもそうだった。


父も息子も、やることが似ている。


それだけ心配させてしまったのだ。


私は本当に、申し訳ない気持ちになった。


ほんの少し外を見て、すぐ戻ればいいと思っていた。


結果的に――


大騒ぎの家出事件になってしまったのだから。


私は魔王の手をそっと握った。


「私がいる場所はここです」


「心配しないでください」


「私はいつも、あなたと一緒にいます」


私の言葉は小さかった。


それでも――


きっと、伝わったと思う。


見知らぬ世界に落ちた私を、

ここまで大切にしてくれる人がいる。


そんな人に出会えたことは――


奇跡みたいなことだった。


その時。


魔王が静かに言った。


「これまで、あなたに寂しい思いをさせた」


「……すまなかった」


私は慌てて首を振った。


「違います」


「あなたは魔王ですもの」


「仕方のないことです」


「むしろ私は、あなたのおかげで時間をもらえました」


魔王は私の手を握り返した。


「だが」


「その時間を、私はまた政務に使ってしまった」


「だから――」


魔王は真っ直ぐ私を見た。


「これからの時間は」


「あなたのために使おう」


私は思わず聞き返した。


「本当に?」


魔王は静かに頷いた。


「私が直接処理する必要のない政務は多い」


「それを任せられる者もいる」


そう言って、魔王は後ろを振り向いた。


ギルガオンを見る。


「彼は優秀な男だ」


「魔王城の門を守るには十分すぎる」


……つまり。


実質、門番役ということね。


私は思わず心の中で呟いた。


(ギルガオン、出世したのか降格なのか微妙……)


「ギルガオン」


「はっ!」


「お前は魔王城へ戻れ」


「執務室で待機していろ」


「承知しました!」


ギルガオンは敬礼すると、すぐに去っていった。


今日の彼はやけに気合が入っていた。


……もしかして。


私が消えたこと。


それほど魔王を驚かせたのだろうか。


胸が少し温かくなった。


同時に、胸の奥に別の感情も生まれた。


(でも……)


魔王が愛しているのはエステル。


だけど。


彼が知っているエステルと、今の私は違う。


私は少し迷った。


それでも――


やっぱり、正直でいたかった。


「あなたに話したいことがあります」


私は魔王を見た。


「私は」


「あなたの知っているエステルとは、少し違います」


風が吹いた。


髪が揺れる。


私は髪を押さえながら言った。


「ある日突然、私はあなたを知ることになりました」


「ヴァンパイアの村の記憶はあります」


「でも、不完全なんです」


魔王は黙って聞いていた。


私はゆっくり歩いて近づいた。


「もし」


「私が、あなたの知っていたエステルではなくても」


そこまで言って。


私は言葉を止めた。


……つまり。


それでも愛してくれるのか。


そう聞きたかった。


その時。


魔王が言った。


「過去のあなたも」


「今のあなたも」


「未来のあなたも」


「すべて愛している」


その瞬間。


魔王の手に光が集まった。


創造魔術。


光が形を作る。


やがて――


それは一つの指輪になった。


ダイヤモンドの指輪。


太陽の光を受けて輝いている。


「エステル」


魔王が言った。


「私が最も愛する、今のあなたに」


「改めて求婚する」


「私の妻になってくれ」


心臓が大きく跳ねた。


胸が熱くなる。


こんな風に。


誰かに求められるなんて。


「ありがとう」


「あなたと一緒にいられて幸せです」


私はそう言った。


そして――


その指輪を受け取った。


でも。


私にはもう、

何より大切な宝物がある。


――五人の子どもたち。


それが私にとって、

一番輝く宝物だった。


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