第69話 拒んだ一族の前で、魔王が本気を見せました
エステルが倉庫見学で慌てている、その頃。
魔王は、決断していた。
今すぐエステルを探しに行く。
仕事などどうでもいい。
きっと、どこかにいるはずだ。
前のように、魔王城の地下を歩き回っているのかもしれない。
今頃、地下で迷って震えている可能性だってある。
魔王は椅子から立ち上がった。
だが――
その時だった。
コンコン。
「魔王様。ギルガオンです」
紫の髪をした魔族が部屋へ入ってくる。
その顔には、はっきりと苛立ちが浮かんでいた。
「また面倒なことになりました」
ギルガオンは分厚い書類束を机に置いた。
「水路管理の件です」
以前、魔王が仲裁した二つの一族。
だが――まだ揉めている。
「緊急対応が必要です」
魔王は書類に目を落とした。
ギルガオンは小さくため息をつく。
(魔王様……変わられたな)
戦場での魔王は、まさに狂戦士だった。
だが停戦後。
膨大な行政仕事に追われる日々。
そのせいか、あの鋭さは少し薄れていた。
今の魔王も悪くはない。
だが――
どこか物足りない。
そう思っていた、その瞬間だった。
「……私の仲裁案を拒否したのか?」
ギルガオンが顔を上げる。
(あれ?)
魔王の目。
そこに――
かつての光が宿っていた。
ぎらり。
冷たい殺気が部屋に満ちる。
「すぐ魔法球を繋げ」
魔王の声は低かった。
「両一族の責任者を今すぐ呼べ」
「承知しました」
ギルガオンの胸が高鳴る。
そして数分後。
魔法球の向こうに、二つの顔が映った。
「水路は我々のものだ!」
「ふざけるな、こちらの土地だ!」
言い争いは続いていた。
その時――
魔王の姿が魔法球に映った。
「……!」
二人の顔が凍りつく。
魔王の目は、冷たく燃えていた。
「私の仲裁案を受け入れると言ったはずだ」
「そ、それは……」
「もう少し、時間を――」
バンッ!!
魔王が机を叩いた。
次の瞬間。
机は粉々に砕け散った。
部屋が静まり返る。
「答えは一つだ」
魔王の声が落ちる。
「受け入れるか」
「それとも――」
「私を敵に回すか」
沈黙。
そして。
「受け入れます!」
「我々も従います!」
即答だった。
魔王はゆっくりと立ち上がる。
「話は終わりだ」
魔法球が消える。
ギルガオンは震えていた。
(これだ……!)
これこそ。
戦場で見た魔王。
鉄血の王。
すべてをねじ伏せる、絶対の支配者。
魔王が言う。
「問題は片付いた」
「はい!」
ギルガオンは力強くうなずく。
「では、城を見て回る」
「ちょうどよい機会です」
ギルガオンは嬉しそうに言った。
「最近、城の空気が少し緩んでおります」
魔王の威圧を見せれば。
皆、震え上がるだろう。
「私が案内いたします」
「……騒ぐな」
「承知しました」
二人が去ったあと。
廊下の角から――
ひょこっ。
三つの頭が出た。
エリン。
そして双子。
「父上も動いたね」
エリンが小さく呟く。
父はきっと、城を探す。
母が行きそうな場所を順番に。
「地下から探すつもりかな」
ならば。
こちらは逆だ。
上から探す。
エリンは双子をベビーカーに乗せた。
「次は調理室」
ベビーカーを押して進む。
◆◆◆
調理室は騒がしかった。
油の音。
包丁の音。
香辛料の匂い。
「きゃは!」
「きゃは!」
双子は大はしゃぎだった。
授乳室しか知らない彼らには、すべてが新鮮だ。
「エリン様?」
料理長が近づいてきた。
「何か御用でしょうか」
「母上、ここに来た?」
料理長は少し考えた。
「本日はお見えになっておりません」
副料理長にも確認する。
結果は同じだった。
「そう」
エリンはうなずく。
「ここじゃないみたいだ」
「エリン様、おやつを」
差し出されたのは――
トッポッキ。
エリンの大好物。
エステルが作った新メニューだ。
双子の目が皿に吸い寄せられる。
右へ。
左へ。
皿が動くたび、視線も動く。
だが。
エリンは首を振った。
「今日はいい」
「え?」
「双子がいるから」
母の言葉を思い出す。
――まだ双子は食べられないでしょ。
だから。
目の前で食べるのは我慢。
「また今度」
エリンは調理室を出た。
双子が見上げる。
「きゃは?」
「きゃ?」
次はどこ?
エリンは窓の外を見た。
遠く。
城の外れ。
「……あそこ」
馬小屋だった。
ほんの一瞬。
あの場所で母の気配を感じた気がした。
「行こう」
双子が歓声を上げる。
だが問題がある。
「そのまま出るのは無理だ」
城の外に出るには許可がいる。
双子が首をかしげる。
「きゃ?」
どうするの?
エリンは指を一本立てた。
「ママ探しの遊びのルールだ」
双子の目が輝く。
「外では、誰にも見つからないこと」
エリンが続ける。
「洗濯用の荷車がある」
そこに隠れる。
「それで馬小屋まで行こう」
双子は大喜びした。
「きゃはは!」
「きゃは!」
父より先に母を見つける。
エリンは小さく笑った。
「父上より先に」
「母上を見つける」
双子が歓声を上げる。
エリンは再びベビーカーを押して歩き出した。
――ママ探しの遊びは、まだ終わっていない。




