第64話 賢者の石おかわりと、初めての太陽
賢者の石。
金を積んでも手に入らない、特S級アイテム。
炎の魔人は、少し迷っているようだった。
だから私は、もう一度だけお願いした。
「たくさんはいりません。
あと四つだけで十分です」
そして、少しだけ笑った。
「子どもたちへのプレゼントなんです」
彼らがウムカウテに到達する日。
そのお祝いとして渡してあげたかった。
エリンには、もう渡してある。
双子も、きっともうすぐだ。
それに――
まだ会えていない、あとの子たちの分も、先に用意しておきたかった。
その日が来たら、渡してあげよう。
それにしても――
双子はウムカウテになったら、どう変わるんだろう。
最初に話す言葉は何だろう。
想像するだけで、胸が少し温かくなる。
「……もらえますよね?」
私は念を押すように言った。
子どもたちのためだ。
「用意は可能です。ただし、再構成が必要になります。少し時間をいただきます」
その言葉を聞いた瞬間。
ぱっと笑顔になった。
「ありがとうございます。急がなくても大丈夫ですから」
やった、やった!
怖い思いをしてここまで来た甲斐があった。
幽霊がどれだけ怖くても、
子どもたちのためなら来るしかない。
「私はエステル様の使い魔です。必要なことがあれば、いつでもお申し付けください」
「じゃあ……この中に入ることはできますか?」
私は指輪を差し出した。
宝石が、淡く光る。
「可能です」
さらり。
炎の魔人の身体が、宝石へと溶け込んだ。
ダイヤのように輝いていた石が、深い赤色へと変わる。
――オートデバッグは引き続き可能です。
痕跡を消したい場合は、私にお任せください。
(消しゴム機能?)
それはありがたい。
(それ以外には、何ができるの?)
――エステル様の知識にアクセス可能です。
それを基に、必要な物を具現化することもできます。
「おお!」
思わず声が出た。
今まで聞いた中で、
一番嬉しい能力かもしれない。
まるで3Dプリンターみたいに物が作れる。
こんな存在に、もっと早く会えていたら――
どれだけ楽だっただろう。
――さらに、私は非物質攻撃に特化しています。
霊体のような存在との戦闘にも有効です。
霊体。
その言葉を聞いた瞬間、背筋がぞくっとした。
ギルガオンの言っていた幽霊の話を思い出す。
「……この辺にもいるんですか?」
思わず小さく身を縮めながら、周囲を見る。
――周辺を確認しましたが、霊体の痕跡はありません。
「ギルガオンのやつ……!」
拳をぎゅっと握る。
霊体はいない。
つまり――
あいつは、私を怖がらせるために嘘をついたのだ。
あとで文句を言ってやる。
ぷんすか怒りながら、私はもう一つ質問した。
「この場所、完全に封鎖できますか?」
――可能です。痕跡を消し、二度と扉が開かないようにします。
システム的に『無』の空間を作る形になります。
この世界の誰にも侵入できません。
「いいですね。それでお願いします」
これで、この場所に魔族が巻き込まれる心配はなくなる。
ついでに――
勇者一行がここでアイテムを手に入れる可能性も消える。
ゴゴゴ……
バチッ。
扉が封印された。
指輪から溢れた光が、まるで溶接するように扉を閉じていく。
――見た目は変わりませんが、もう誰もこの下には降りられません。
「ありがとう」
私は急いで部屋へ戻った。
「ふあ……もう朝かな」
少し眠くなってきた。
早く寝ないと、昼に起きていられる時間が短くなる。
(……あ)
その時、ふと思い出した。
「炎の魔人」
――はい、エステル様。
「昼に眠くなるのを、少しでも軽くする方法を探したいんです」
自分で自分の体をいじることはできない。
でも、オートデバッグ能力があるなら――
調査して、調整できるかもしれない。
もし昼に起きていられる時間が増えたら。
子どもたちと一緒に過ごせる時間も、増える。
夜と昼が逆の母親であることが――
ずっと申し訳なかった。
――調査とスキャン、および体内時間の再調整には、約一時間ほどかかります。
今回の再調整では、圧縮休息が自動で適用されます。
体感としては、八時間ほど眠ったのと同じ状態になります。
ただし、この処理が有効なのは初回のみです。
ちょうどいい。
少しだけ、目を閉じよう。
「お願いします」
――承知しました、エステル様。
私は安心して目を閉じた。
そして、魔王城のクリスマスパーティーについて考え始めた。
(クリスマスツリーが必要ね)
星を飾った大きな木。
クリスマスには欠かせないもの。
(サンタクロースも必要だけど……)
赤い服。
赤い……
(あ、魔王がいるじゃない)
サンタ役は決まった。
頼もしい魔王なら、ぴったりだ。
(問題は――)
本人がやる気になるかどうかだ。
そこまで考えたところで、私は眠りに落ちた。
まだ夜明け前だった。
◆◆◆
チュンチュン。
(……鳥の声?)
耳がぴくっと動く。
目を開けると、部屋の中には朝の光が差し込んでいた。
――調査と再構成が完了しました。
現在、日光による負荷は大幅に軽減されています。
指輪の奥から、炎の魔人の声が響く。
「……本当に?」
私は半身を起こし、そっと窓の外を見る。
山の向こうから、朝日がちょうど顔を出したところだった。
恐る恐る顔を出す。
痛くない。
皮膚が焼けるような感覚もない。
私は窓へ歩いた。
そっと開ける。
やわらかな風。
暖かい光。
太陽に照らされた魔王城の景色が広がっていた。
「わあ……」
こんな景色があったなんて。
この世界に来て――
初めて、怯えずに太陽を見られた。
子どもたちと、
同じ光の下にいられる。
胸の奥が、じんわり温かくなった。
◆◆◆
その頃。
喜びに浸るエステルとは対照的に、
マハトラは難しい顔をしていた。
「長老会から、魔王の魔力を早急に確保するよう要請が来ています」
マハトラは首を振った。
「無理だ。今の状況で持ち出す方法はない」
「それでも“確保せよ”との命令です」
つまり――
方法はどうでもいい。
持って来い。
ということだ。
「時間が必要だと伝えろ」
「承知しました。ただ――」
部下は続けた。
「長老会では、あなたの代わりに別の者を送るという話も出ています」
それは――
事前通告だった。
「誰の判断だ。ここを任されているのは私だ」
マハトラの声が荒くなる。
「それは私ではなく長老会に言ってください。
それに……これは単に魔王の魔力の問題ではありません」
「何だと?」
「あなたが何もしていない、という評価が広まっています」
マハトラの表情が歪む。
「この状況を知らない者の言葉だ」
「では、失礼します」
影のように、男は消えた。
マハトラは舌打ちした。
「……面倒なことになった」
ライカン・スロープの長老会は――
魔王城を甘く見ている。
いや。
魔王妃エステルという存在を。
(厄介だな)
自分が間に入っている間はまだよかった。
だが別の者が来れば――
魔王妃エステルと、
大きな衝突が起きるかもしれない。




