第60話 軍団長、トッポッキ一口で敗北する
魔王、エリン、そしてギルガオン。
三人はフォークを手に持ち、
トッポッキを前にして待っていた。
私は用意してきた皿を三つ取り出し、
それぞれの前に置いた。
最初に口をつけたのは魔王だった。
「ふむ……この味は?」
「初めてだな。こんな味は」
驚きを隠せない様子だった。
唐辛子とコチュジャンの味。
魔王にとっても初めての味だろう。
その横でギルガオンが言った。
「魔王様が召し上がったのなら、私も」
「待って! 多い! 少しずつ食べて!」
私は慌てて止めた。
だがギルガオンは自信満々だった。
「問題ありません。私は魔王軍の軍団長。
食べられない料理などありません!」
「この程度の量の料理など――」
「一口で!」
そう言って、皿の上の赤いトッポッキを
口に放り込んだ。
そして――
予想通りの結果になった。
「うわあああっ!!」
私の警告を無視した
ギルガオンの末路だった。
「くっ……口が……燃えます……!」
彼はその場で足をばたばたさせた。
水をがぶがぶ飲む。
だがそれでも耐えきれず、
床を転げ回り始めた。
「……大丈夫なのか?」
魔王が聞いた。
私は首を振った。
「大丈夫じゃない」
「おい、それ持ってきて」
私はあらかじめ用意していた物を指さした。
「牛乳を飲みなさい」
ギルガオンはそれを一気に飲んだ。
「ぐっ……死ぬかと思いました……」
「王妃様、なぜこんな危険な食べ物を……」
「だから、ゆっくり食べろって言ったでしょ」
私はちゃんと警告した。
聞かなかったのは
ギルガオンだ。
「こんな危険な料理を魔王様に出すわけには――」
その時。
魔王とエリンが同時に言った。
「美味しいぞ?」
「おいしいです」
「なっ……!?」
ギルガオンが固まった。
「いえ魔王様! これは絶対に禁止すべき――うっ」
突然、ギルガオンが腹を押さえた。
「早く行きなさい」
私は手を振った。
ギルガオンはよろよろと
トイレへ向かった。
……今日は大変そうね。
「辛いから、ゆっくり食べてください」
「そこだけ注意してくださいね」
「分かった」
魔王は頷いた。
エリンも
もぐもぐとトッポッキを食べていた。
二人とも満足そうだった。
私はその様子を見ながら言った。
「エリンと一緒に作ったんですよ」
「そうなのか?」
魔王がエリンを見る。
視線が合うと
エリンはにっこり笑った。
「本当に美味しい」
「でしょう?」
私は嬉しかった。
二人が美味しそうに食べてくれる。
私は食べられないけれど、
それでも幸せな気分だった。
その時。
ふと思い出した。
「あ」
「どうしました?」
「調理室に、もっと強く注意しておくべきだった」
「もし彼らが勝手に食べたら……」
私は立ち上がった。
「少し待っていてください」
私は外へ急いだ。
その時。
「うっ……エステル様……これは……」
トイレから出てきたギルガオンが
また腹を押さえた。
そして――
再びトイレへ戻った。
「だからゆっくり食べろって言ったのに!」
私はそう言いながら
調理室へ走った。
「ぐえっ!」
「うぐっ!」
中から悲鳴が聞こえてくる。
(……あっ)
(遅かった)
扉を開けると。
水を探して走り回る者。
口から火が出そうな顔をしている者。
調理室は完全にパニックだった。
「落ち着いて!」
私は吐きそうになっている者たちを
必死に落ち着かせる。
「ほら、自分たちで食べて分かったでしょ?」
「今の辛さを基準に調整して」
こうして――
魔族でも食べられる
辛さの調整ができるようになった。
料理長が青い顔で頭を下げた。
「これは……辛さを間違えると危険です」
「そうね」
「でも、水で薄めて調整するの、見ていたでしょう?」
「え?」
料理長が首をかしげた。
「……あれ?」
「皿は三つありましたが」
「辛さを調整していたのは、二皿だけでは?」
「……そうだった?」
私は視線を逸らした。
そう。
ギルガオンが食べたのは――
調整前の本気の激辛トッポッキだった。
本来は余った分を
後で薄めて出す予定だった。
そこへちょうどギルガオンがいた。
だから、
ついそのまま渡してしまった。
……ごめんギルガオン。
そこまで辛がるとは思わなかった。
◆◆◆
数日後。
私は日傘を差しながら
双子を見に外へ出た。
すると。
「うぎゃぎゃぎゃ!」
「ぎゃかぁ!」
「ちょっと、落ち着きなさい」
双子の様子が
いつもと違った。
私の周りを
ぐるぐる飛び回っている。
どうしたの?
具合でも悪い?
私は双子の様子を確認した。
銀髪。
薄い青い瞳。
まだ赤ん坊だから
見分けは翼の色だけだった。
(……具合は悪くなさそう)
むしろ――
何かを求めているみたいだ。
「うぎゃ!」
「きゃあ!」
双子が左右から
私を引っ張った。
「ん?」
その時。
懐かしい匂いがした。
「母上、海苔巻きと一緒に食べると美味しいです」
エリンがパラソルの下で
卵入りトッポッキと海苔巻きを食べていた。
その瞬間。
双子が突然踊り出した。
ぶんぶんぶん!
まるで蜂の8の字ダンスだった。
(……なるほど)
「食べたいの?」
「うぎゃうぎゃ!」
「ぎゃああ!」
全身で主張している。
だが。
「まだダメ」
双子はしょんぼりした。
翼がしゅんと下がる。
可愛い。
でもダメなものはダメ。
その時。
エリンがわざと
偉そうな顔でトッポッキを食べた。
弟妹への威厳らしい。
「エリン」
私は低い声で言った。
「はい母上」
「あの子たちの前では控えなさい」
「可哀想でしょ」
「分かりました」
エリンは残りを急いで食べた。
育児は大変だ。
兄が食べると
下の子たちも食べたがる。
それを管理するのも親の仕事。
やがて侍女が皿を回収した。
「歯磨き」
この世界では
歯磨き用の液体がある。
だがそれだけでは足りない。
だから私は
歯ブラシを作った。
「覚えてる?」
「はい」
エリンはしっかり歯を磨いた。
歯は大事だから。
歯磨きが終わると
私は読書を始めた。
その時だった。
城が騒がしくなった。
ざわざわ。
騒ぎはどんどん大きくなり、
人の流れは地下へ向かっていた。
(何?)
通りかかった侍女に聞いた。
すると――
驚く答えが返ってきた。
「地下の封印区域が破られた?」
「魔王様が出動した?」
誰よそんなことしたの。
忙しい魔王を呼び出して……
その時。
ふと。
エリンの首元が見えた。
そこには。
賢者の石のネックレス。
(……私?)
犯人は――
私だった。
――この時、私はまだ気づいていなかった。
この夜の行動が、
子供たちの運命をさらに大きく動かしていくことになるなんて。




