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第57話 翼の本能と、母の子守歌

「うぅ……ん」


暗闇の中で、私はごろりと寝返りを打った。


日差しの届かないこの場所は、ひどく居心地がいい。


パチッ。


その時、私の鋭い感覚が反応した。


私は薄く目を開ける。


(あれ……? まだ日が沈んでない)


本能的に分かった。

まだ午後だ。


(うぅ……体が動かない)


ヴァンパイアの本能が、私の動きを押さえつけていた。


けれど私は、無理やり体を起こす。


誰かがスイートルームに近づいてきている。


エリン?


いったいどうしたのだろう。

私が眠っている時間に訪ねてくるなんて。


私は衣装棚から服を取り出して身に着け、鏡で髪を整えた。


その直後、扉を叩く音がした。


「エリン?」


私は扉を少し開ける。


「はああ!」

「にゃはぁ!」


そこには、ベビーカーの中から手を振る双子がいた。


私の姿を見て、大喜びしている。


ガタガタ。


ベルトが揺れる。


私の方へ飛んでこようとしているが、ベルトに固定されているせいで動けないようだ。


「ほら、じっとして。暴れたら危ないわよ」


私は手を振った。


きっと私が眠っている間、この子たちは相当飛び回ろうとしていたのだろう。

だからベルトを付けられたに違いない。


放っておいたら大変なことになる。


私は双子の頭を撫でた。


銀髪の双子は、それでようやく少し大人しくなった。


「エリンがここまで連れてきたの? 乳母たちは?」


まさか、エリンに任せたのだろうか。


いくらエリンでも、授乳室から勝手に連れ出すことはできないはずだ。

私の許可なしで双子を外に出すことはできない。


「双子が授乳室を飛び出してしまったので、僕が見つけてここまで連れてきました」


「ええっ?」


そんな。


彼女たちに任せていたのに。


これは後で注意しなければ。


「でも、このまま双子を放っておくのは良くないと思います」


「どういうこと?」


エリンは一冊の本を取り出した。


「魔族の生理と構造?」


私は、エリンが折り目をつけたページを読んだ。


(なるほど……)


翼を持つ魔族は非常に稀だ。

だからアウラも詳しく知らなかったのだろう。


しかも、彼女たちが深く関わるのは出産までだ。

その後の育児については、この世界ではほとんど知られていない。


(でも、この本には書いてある)


翼魔族の特性が記されていた。


やがて成長段階――ウムカウテに至ると、翼は退化する。


完全に消えるわけではない。

小さく縮むのだ。


その代わり、飛行魔法を習得するようになる。


だが、そのためには――


幼い頃にたくさん飛び回り、空気の流れを覚える必要がある。


(だから飛び回ろうとするのね……本能なのか)


普通の魔族は子どもをある程度自由にさせる。

だから自然と飛び回る機会がある。


だが私は管理を徹底していた。


結果、双子は飛ぶ機会をほとんど得られなかった。


それは――


双子にとってストレスになっていたのだ。


「ごめんね。そんなことも知らなくて」


私は双子を見つめた。


「にゃあ」

「ぎゃは」


双子は手を振っている。


まるで

ママと外に行きたい!

と言っているようだった。


(でも……)


日差しはまだ残っている。


パラソルで日陰を作っても、急な対応は難しい。


「僕が双子を見ています」


「お願いできる?」


エリンが一緒なら安心だった。


私はすぐ乳母たちを呼び、

一日二回、魔王城の庭で双子を遊ばせるよう伝えた。


そこなら障害物も少ない。


「目を離しちゃだめよ」


「分かりました」


私は日焼け止めを塗り、巨大な日傘を用意した。


パラソルテーブルと椅子まで持ち出した。

図書館の本も大量に抱えてきた。


外に出ると肌がヒリヒリしたが、何とか耐えられる。


「きゃああ!」

「きゃは!」


双子はまるで水を得た魚のように空を飛び回った。


まるで小さなジェット機だ。


危なっかしいが、そのたびエリンが


「速度を落として」


と声をかけ、調整させていた。


忙しいはずのエリンが、双子のために時間を作ってくれたのだ。


しかも楽しそうだ。


(エリン、ちゃんとお兄ちゃんしてるわね)


私は少し誇らしくなった。


(……あ、私も勉強しないと)


今度は役割交代だ。


パラソルの下で読書を始めた。


図書館から、翼魔族の本を片っ端から持ってきた。

育児に関係ありそうな本も全部だ。


今まで本なんて読まなかった。


でも――


育児の情報が足りなさすぎる。


もしエリンが気づかなかったら。


双子は過保護によるストレスで、

将来の飛行魔法に支障が出ていたかもしれない。


(危なかった)


無知は、愛という名の暴力になる。


愛情だけでは子どもは育てられない。


知識と準備が必要だ。


どんな育て方がこの子たちにとって正しいのか。

それを考え続け、学び続けなければならない。


その時だった。


「母上」


気がつけば夕方だった。


双子はベビーカーでぐっすり眠っている。


表情はとても明るい。


たっぷり飛び回って、ストレスを発散できたのだろう。


◆◆◆


「ふぅ……」


地下の大浴場で湯から上がった。


数時間も湯に浸かっていたため少しふらつく。


「大丈夫でございますか?」


新しく配置された侍女が心配そうに聞いた。


「大丈夫」


私はそのまま授乳室へ向かった。


「双子は?」


「先ほどミルクを飲んで眠りました」


私は双子を見た。


翼を重ね、手を握って眠っている。


「ごめんね。今まで気づかなかった」


翼で互いを包むのは――


まるで雌鳥が卵を温めるように、

体温を保つためだった。


魔族の育児には、母親に抱かれて眠る習慣がほとんどない。


だからこれは、翼魔族の本能だったのだ。


私はベルトを外し、双子をそっと抱き上げた。


ついさっきまで熱い湯に浸かっていたおかげで、

私の体はまだぽかぽかと温かい。


「にゃは……」

「にゃぁ……」


眠っていたはずの双子が、

本能的に母の体温を感じ取ったのだろう。


小さな手を伸ばし、私の服をぎゅっと掴んだ。


まるで

「ここにいるよね?」

と確かめるみたいに。


「ふふ……大丈夫よ」


私は二人を胸に抱き寄せる。


そのまま、そっと揺らした。


「ねんねんころりよ おころりよ

 坊やはよい子だ ねんねしな」


小さな背中を撫でながら、静かに子守歌を歌う。


双子は私の胸に顔を押し付けたまま、

安心したようにまた眠りに落ちていった。


翼がふわりと広がり、

互いを包み込む。


そしてその翼が、

今度は私まで一緒に包み込んだ。


(……ああ)


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


この子たちは、まだ何も知らない。


世界の運命も。

物語の結末も。


ただ――


母の温もりだけを信じて、眠っている。


だから私は、二人をそっと抱きしめた。


「大丈夫よ」


小さく囁く。


「あなたたちは、絶対に守るから」


どうせ私は夜眠らない。


だから――


体温が冷めるその時まで。


今夜は、ずっと。


この子たちを温めてあげようと思った。


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