表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/148

第55話 家族の肖像と、双子の大脱走

絵が完成すると、胸を高鳴らせながらそれを確かめた。


やはりハンスの腕は見事だった。

今にも動き出しそうなほど、絵には生命感が満ちている。


赤髪の魔王は、いつもと違って微笑もうとしていた。

そんな表情まできちんと描き取られているのが不思議だった。

むしろ、そこまで映し取られているからこそ、この絵はより自然に見える。


(私も一応、笑おうとはしたんだけど……やっぱり難しいのかしら)


私の口元にも、かすかな笑みは浮かんでいた。

けれど、まだ冷たさが完全には消えていない。


それでも逆に、そのせいでモナ・リザのような、どこか神秘的な微笑みにも見えた。


双子はまだ小さい。

絵の中では、包みにくるまれた中から頭と翼が少し覗いている程度だ。

描き終わるまで大人しくしてくれて、本当に助かった。


そして最後に、中央に立つエリン。


魔王には申し訳ないけれど、

この絵でいちばん目を引くのは、間違いなくエリンだった。


黒い髪、黒い瞳。

そして、それに合わせた黒い衣装。


まるで高貴な若君のような風格が漂っている。


(エリンにも笑ってって言っておけばよかったかも……)


普段、私の前ではにこにことよく笑うのに。

絵の中のエリンは無表情で、少し怖いくらいだ。


でも、どんな顔をしていても、

私にとってはたまらなく可愛い息子だった。


「みんな、お疲れさま」


私は両腕を高く上げて言った。

ついに、私たち家族の記念の絵ができたのだ。


「では、これで褒美は満足か?」


「ありがとうございます。お忙しいのに、こうして時間を作ってくださって。

子どもたちもきっと楽しかったと思います」


双子にとっても、父と母とこんなに長く一緒にいるのは初めてだった。

エリンにとっても、ここ最近では珍しいことだった。


「そなたが仕事を減らしてくれたおかげだ」


「大したことじゃありませんよ」


「いや。本当に助かった」


そう言って、魔王は私を抱き寄せた。


「だから……もう少し褒美をやりたいのだが」


魔王と私のスイートルーム。

そこには、別の“褒美”が待っていた。


◆◆◆


その頃、エステルは魔王とスイートルームで過ごしていた。


マハトラは、一人の男と話していた。


「マハトラ長老」


赤い制服を着た男。

新たにライカン・スロープの村から派遣された者たちの制服だった。


「ここでは執事と呼べと言ったはずだが」


「そうでしたね、執事殿」


「呼ばれたから来てはみましたが……いったい何を考えているんです?」


「なぜだ? 向こうから呼んでくれたんだ。むしろ好都合だろう」


依頼を受け、自然な形で魔王城へ潜り込めた。


「ですが、ここまでやる必要がありますか?」


魔王城の行政補助要員の要請に対し、

ライカン・スロープの村では当初、人数だけ合わせて適当に送るつもりだった。


だがマハトラが口を出し、自ら人選して連れてきたのだ。


「私の名を出して送り込むのなら、使える者でなければ意味がない。そうだろう?

これは魔王側に貸しを作る機会だ。こういう好機はそう多くない」


その言葉に、男はマハトラを睨みつけた。


「あなたが連れてきた者たちは、いずれ我が村を担う若手ばかりです。

なぜそんな人材を、わざわざここへ?」


「ほう。自分たちを村の未来だと言うか。大した自負だな」


「茶化さないでください。本当の狙いを教えてください」


マハトラの言う通り、今この魔王城にいるライカン・スロープの若者たちは、

村が選びに選んだ精鋭だった。


マハトラのごり押しがなければ、ここへ来ることはなかっただろう。


「村に閉じこもっているだけでは、新しい世界は見えない」


「ライカン・スロープこそ魔族の未来であり、他の魔族はやがて過去の世代になる――

そう言っていたのはあなたでは?」


「ここへ来て、考えが変わった」


「変わった?」


「状況は常に変わる。だからこそ、未来を担う子どもたちをあえてここへ連れてきたのだ。

お前たちはまだ頭が柔らかいからな」


「あなたの考えは本当に分からない。どうせここは……」


その瞬間、マハトラの目が鋭く細められた。


声をかけた男は、そこで口をつぐむ。


魔王城と魔王に対して企てていることは、軽々しく漏らせる話ではない。


「もう行け」


「分かりました。でも私はそうは思いませんが……

他の者たちには、あなたが魔王妃のために動く者に見えるかもしれませんよ。お気をつけて」


低い警告だった。


マハトラは、魔王妃の犬。

裏切り者ではないかと疑われ始めていた。


◆◆◆


目を開ける。


魔王と私のスイートルーム。


久しぶりに、伝統的なやり方で彼と夜を過ごした。


普段なら私より早く起きて仕事へ向かうはずなのに、

今日はまだ隣で横になっている。


視線を向けると、広い背中が見えた。


私のおかげで仕事がかなり減ったぶん、

以前よりは確かに余裕ができたようだった。


私はそっと手を伸ばし、その背中に触れる。


私の指先が触れると、彼がわずかに反応した。


その感触が面白くて、

ふといたずら心が芽生えた。


鼻先で肩をくすぐる。

そのまま、私の唇が彼の肩に触れた。


――その瞬間。


牙が、するりと伸び始めた。


ほとんど条件反射だった。


気づけば私は、彼の耳元で囁いていた。


「これだけじゃ、まだ足りません。追加のご褒美をください」


「どんな褒美だ?」


「あなたを噛みたいんです」


それは、ヴァンパイアの愛情表現だった。


恋人にそっと牙の跡を残す。

そんな風習がある。


もちろん、魔王はヴァンパイアではない。

以前も、私に噛まれるのは勘弁してほしいと言っていた。


けれど今この瞬間は、

ヴァンパイアの本能が強く顔を出していた。


(嫌がるかしら……)


一瞬、不安になる。


「そなたになら、いつでも」


その返事に、私は舌先で彼の首筋をそっとなぞった。


彼の匂いは独特だった。

そして同時に、私の鋭い牙は最大まで伸びる。


ぐさり。


彼の肩へ食い込む感覚。


牙から麻酔のような液が分泌され、痛みを和らげる。


――私の男だという印。


私はその証を、魔王の肩に刻みつけた。

ヴァンパイアにしかできない方法で。


「じゃあ、運んでください」


私はいつものように、布団をくるくると巻いて中に潜り込んだ。


……見た目、ちょっと間抜けかしら。


丸まった布団の外から、銀色の髪だけがぴょこんと出ている。


「よいしょ」


魔王はそんな私を軽々と持ち上げた。


そして暗い洞窟のように整えられた暗室へ連れて行く。


薄闇に包まれたそこは、

私がいちばん安らげる場所だった。


「双子に何かあったら、すぐ教えてくださいね」


エリンを育てていた頃とは、また違う意味で心配が絶えない。


あの子たちは、どこへ跳ねるか分からないゴム毬みたいなものなのだ。


「絵の間はずいぶん大人しかったではないか」


その言葉に、私はふっと笑った。


天使と悪魔は紙一重。


魔王はまだ、育児というものを知らない。


――いっそ、一度だけ授乳室を任せてみようか。


本気でそんな考えが頭をよぎる。


……いや。


もしあの子たちが外へ飛び出したら、それこそ大惨事だ。


私は手を振って魔王を見送った。


そして、深い眠りへ落ちていった。


最近は昼に起きている時間が長すぎた。


そのせいか、久しぶりにぐっすり眠れた。


◆◆◆


「にゃにゃにゃにゃ!」

「きゃあああっ!」


授乳室が騒がしくなった。


双子が突然叫び始めたのだ。


翼をばたつかせながら、

互いに手を伸ばして、ひっかこうとしている。


「どうしましょう……」

「と、とりあえず離したほうが……」


乳母たちは困りきった顔をしていた。


ついさっきまで大人しく眠っていたのに、

急に起きたと思ったら喧嘩を始めたのだ。


「だめ、怪我します!」

「落ち着いてください!」


乳母たちは双子を宥めようとして、

腰のベルトを外し、抱き上げようとした。


ガチャリ。


その時、扉が開いて別の乳母たちが入ってきた。


ちょうど交代の時間だったのだ。


「あっ!」

「大変!」


ひゅんっ!


その瞬間、双子は互いに視線を交わし、

開いた扉の隙間から一気に飛び出した。


「きゃっ!」


廊下にいたガーディアンたちも目を丸くする。


授乳室から悲鳴が聞こえたと思ったら、

次の瞬間には双子が飛び出してきたのだ。


「お待ちください!」

「待って!」


だが彼らが手を伸ばした時には、

双子はすでに廊下の角を曲がった後だった。


「にゃにゃにゃにゃ!」

「にゃあっ!」


まるで「ママどこ!」と叫ぶように、

双子は声を上げながら廊下を飛び回る。


――どうして今日は、来てくれないの?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ