第158話 理想主義者だと言われようと、私はこの子を見捨てません
魔王が代わりに扉を開けてくれて、
私はようやく少し頭が冷えた。
いったい。
魔王城の中で、
誰があんなものを貼ったのだろう。
そのとき、
炎の魔人が私に告げた。
* プログラムの改変に伴い、
* システムが動いて
* エステル様が間者を見つけられるようにしました。
(どういう意味?)
私にすぐ分かったのは、
スパイを見つけられるようにしてくれた、
その一点だけだった。
私はもう少し頭を働かせた。
私が、
ゲームの設定を書き換えた。
削除予定だった魔王NPCが、
そのまま維持されるようにしてしまった。
そのせいで、
暗殺者NPCに関する内容が
複雑に絡み合ってしまった。
そして、
それを保守するために
システムが動いた。
たぶん、
そういう意味なのだろう。
(炎の魔人)
(ソフィアは本当にスパイなの?)
* 表示によれば、
* そのようです。
私は、
気を失ったソフィアを見た。
「ソフィア」
「まさか、
スパイだったの?」
目の前の少女は、
どう見ても人間だった。
なのに、
ライカン・スロープだなんて。
私ももう、
魔王城で過ごした時間はかなり長い。
人間と魔族くらいなら、
それなりに見分けられるようになっていた。
でも、
どう見てもソフィアは人間だった。
「どうしよう」
「ソフィアがスパイだったなんて」
「でも、
いったいどうやったんでしょう」
「どう見ても、
人間なのに」
不思議だった。
きっとライカン・スロープの
特殊な技術を使ったに違いない。
(じゃあ、
これでソフィアを説得できれば、
魔王削除命令も完全に消えるのよね?)
* その通りです。
私は魔王に向かって言った。
「何か事情があるに違いありません」
「ソフィアが理由もなく、
こんな危ない役目を引き受けるはずがありませんから」
ひとまず魔王に頼んで、
ソフィアを拘束してもらった。
そして今。
尋問の始まりだった。
(ソフィアを起こさないと)
その瞬間、
炎の魔人が私を止めた。
* 予想外のリスクが検知されました。
(リスク?)
* これまで蓄積したエラーが、
* 限界値に達しています。
(エラー?)
* カルマと呼ばれるそれらが、
* システム全体に影響を及ぼしかねない状況です。
(じゃあ、
どうすればいいの?)
* ここで止めれば、
* システムに影響を与えずに終えられます。
(どういうこと?)
(止めるって?)
* ソフィアを処理してください。
* あなたが直接手を下す必要はありません。
* ギルガオンに任せれば、
* 彼が処理してくれるでしょう。
(どうして?)
(急に、
どうしてそんなことを言うの?)
これまでずっと協力的だった炎の魔人。
それなのに今は、
今まで一度も聞いたことのないくらい
冷たい態度を取っていた。
* エステル様とソフィアの間に接点を作らないほうがよい、
* それがシステム管理者の判断です。
* 私はその言葉を伝えているだけです。
(システム管理者?)
その瞬間、
この地へ初めて来たときに感じた
あの奇妙な感覚がよみがえった。
(もしかして、あなた)
(今、
炎の魔人じゃないの?)
* 気楽にお考えください。
肯定でもなく、
否定でもない返答だった。
(どうしてそんなことをするの?)
* 現在、
* 当該命令は一時停止状態です。
* ですから、
* あえて触れずに
* 現状維持するのが最善です。
(プログラマーがよく言う、
動いているコードには触るな、
そういう話みたいなもの?)
* 本来、
* 魔王もソフィアも削除対象NPCです。
* ですから今のエステル様の行動は、
* 削除予定NPCを両方とも生かすことになります。
* だからこそ折衷案として、
* 魔王の削除命令は一時停止状態のまま維持。
* ソフィアは予定通り、
* ギルガオンによって削除。
* そうするのが最善です。
(削除って)
(殺すって意味じゃない)
数秒の沈黙が流れた。
* 一つ、
* 提案をしましょう。
(提案?)
* ソフィアを処理すれば、
* 相応の報酬を差し上げます。
(相応の報酬?)
* 子どもたちと魔王のための
* 特別なアイテムを差し上げます。
* 以前、
* 炎の魔人を通して渡したものより
* ずっと上等な品です。
甘い誘惑だった。
でも。
私の答えは、
もう決まっていた。
この前、
ギルガオンと話したときよりも
ずっとはっきりと。
「お断りします」
* なぜですか?
* あなたは、
* 子どもたちと夫のためなら
* 何でもするのではありませんか?
「たとえ夫と子どもたちのためでも」
「人を殺してまで、
それを手に入れたりはしません」
ここでソフィアを殺したら。
この子の未来を、
私が奪うことになる。
そして、
そこから始まるかもしれない未来まで
一緒に奪ってしまうことになる。
優しい夫に出会って、
子どもを産むかもしれない。
その子たちにだって、
また新しい未来があるかもしれない。
その全部を、
私が奪うことなんてできなかった。
「それに」
「誰かの血を流した代わりに得た贈り物を、
子どもたちや夫に渡すことなんてできません」
* ソフィアなど、
* 所詮は0と1の組み合わせにすぎません。
* プログラム上の数字にすぎない存在です。
(違う)
(目の前で息をして、
生きている以上、
もうただの数字の並びじゃない)
(ちゃんとした命よ)
もしここで、
その言葉を認めてしまったら。
魔王も。
子どもたちも。
結局は0と1の組み合わせなのだと
認めることになってしまう。
だから、
絶対に認められなかった。
* あなたは理想主義者ですね。
「好きに思ってください」
* こうなれば、
* 私も黙ってはいられません。
その瞬間、
私の体に
ぴりっとした感覚が走った。
私が思わず身をすくめたのを感じ取ったのか、
炎の魔人の口を借りた何者かが
もう一度警告してきた。
* 私と敵対するのは、
* 決して賢い選択ではありません。
怖かった。
本当に、
怖かった。
でも、
だからといって
自分の基準を捨てることはできなかった。
「たとえそうだとしても」
「ソフィアを殺すことはできません」
もう交渉は不可能だと判断したのか。
今度は、
もっと直接的な警告が響いた。
* 神に逆らおうとするな。
「たとえ神でも」
「私の意志は変わりません」
私がそう決めた瞬間。
* コアプログラムの改変を開始します。
頭の中に、
そんな声が響いた。
そしてその直後。
倒れていたソフィアが、
ゆっくりと意識を取り戻し始めた。
「ソフィア」
「大丈夫?」
私はもう選んだ。
賽は投げられた。
だからここからは、
前へ進むしかなかった。




