第114話 歓迎されているはずなのに、最初から気まずすぎました
(綺麗ね)
夜になると、
ますます美しく輝く街だった。
(ここへ来て初めて見る、
ちゃんとした夜景だわ)
私にとっては、
ある程度見慣れた景色だったけれど、
エリンと双子にとっては違った。
三人とも窓にぴたりと張りついて、
外を見つめている。
「わあ……」
「くああ」
「きゃあ」
エリンが感嘆の声を漏らした。
「魔王城も、あんなふうにできたらいいですね!」
私は笑って答えた。
「そうね」
「いつか平和が来たら」
(魔王城も、その周りも、
あんなふうに飾れるかもしれないわね)
私は窓の外を見る子どもたちを眺めながら思った。
(連れてきてよかったわ)
(おかげで、この子たちの視野も広がりそう)
そう思いながら、
私は予定表をもう一度開いた。
総統が自ら出迎えると書かれている。
(自ら?)
私は一瞬、
首をかしげた。
ニュースで見た首脳会談でも、
首脳が自ら出迎えることは、
そう多くなかった気がする。
(そういうことなのね)
(私が友好促進のために来たってことを、
総統も理解してくれたのかもしれないわ)
何だか、
物事がうまく進んでいる気がした。
そのおかげで、
気持ちも少し軽くなる。
エリンが予定表をのぞき込みながら尋ねた。
「総統自ら、ですか?」
「ええ」
私はうなずいた。
「総統ガメルが直接迎えてくれるんですって」
「わあ……」
エリンが驚いているのを見ると、
やっぱりかなり特別な待遇らしい。
私は子どもたちを見て言った。
「母上が総統に会うときは、あなたたちは馬車の中で待っていなくちゃだめよ」
「くぎゃぎゃ!」
「きゃあ!」
双子が床を転がった。
一緒に連れていってほしい、
という意味だ。
でも、
それは難しかった。
私はできるだけ落ち着いて説明した。
「母上はお仕事に行くの」
「だからそのときは、ポチと一緒に馬車の中にいてね」
「分かった?」
「エリンが双子をちゃんと見ていてくれるでしょう?」
「はい」
アイリス山へ行ったときも、
子どもたちは母上の言いつけを守って
馬車の中にいた。
しかも今回は、
ポチまでいる。
(前より退屈しないでしょうね)
「総統の直属部隊が馬車を護衛してくれるって言っていたし、大丈夫よ」
直属部隊は強い。
それに、
この馬車自体も
たいていの攻撃なら防げる。
私はもう一度予定表を開いた。
「よし。じゃあ次の予定は……」
歓迎式を終えたあと、
また馬車に戻る。
その次は宿舎へ移動。
そこで子どもたちを寝かせてから、
私は次の会場へ向かわなければならない。
宿舎も、
直属部隊が厳重に守ると言っていた。
五つ星ホテル。
とんでもなく立派な場所に泊めてくれるらしい。
私はその後の予定まで目を通した。
すべて深夜。
昼に眠って、
夜に動く流れ。
全部、
私に合わせた時間割だった。
(悪くないわね)
(最初の護衛がやる気なかったこと以外は、
全部よく見えるわ)
そのとき。
こんこん。
誰かが扉を叩いた。
「ラウルと申します」
「ここからは私がご案内いたします」
茶色い髪の、
穏やかそうな男だった。
行政官のような雰囲気。
どこか、
マハトラに少し似た空気があった。
私は子どもたちを振り返った。
「それじゃあ、母上は行ってくるわね」
「ポチと仲良く遊んでいてね」
ポチは泡玉の中に入っていた。
眠っていたから、
上から布までかけてある。
知らない人が見たら、
丸い壺でも置いてあると思いそうだった。
私は子どもたちを一人ずつぎゅっと抱きしめてから、
外へ出た。
その瞬間、
ラウルの視線を感じた。
(あら?)
(どうしてあんなにじっと見てるのかしら)
不思議そうに私を見る目だった。
◆◆◆
どん。
馬車の扉が閉まった。
すると、
双子の目が三日月みたいに細くなった。
そして、
エリンのそばでぱたぱたし始める。
行こう!
行こう!
そういう意味だった。
アイリス山でやったみたいに、
今回もママ探しの遊びをしよう、
ということらしい。
エリンはきっぱり言った。
「今回はだめです」
「くああ」
「きゃあ」
どうして?
どうしてだめなの?
双子が全身で抗議する。
エリンはため息をついてから、
予定表を取り出した。
そして双子に、
一つずつ説明した。
「今回の予定は、終わるのが早すぎます」
「宿舎に入ってから、そのあとで出ましょう」
母上の予定表は、
びっしり詰まっていた。
本当に、
夜通し続く予定だった。
エリンはその紙を見ながら言った。
「もしかしたら、母上を襲おうとする者がいるかもしれません」
「私たちがちゃんと見ていないといけません」
エリンは妙に胸騒ぎがしていた。
母上はずっと
友好促進、友好促進と口にしている。
でも、
向こうも本当に同じ考えなのだろうか。
(もし違ったら?)
(母上の善意なんて知らずに)
(ヴァンパイア一族への恨みだけで、報復しようとしているのなら……)
エリンの目が、
すっと冷えた。
(そのときは、許しません)
「こお!」
「くあ」
双子は嬉しそうに、
るんるんと踊り始めた。
今は我慢して、
あとで夜通しママ探しの遊びをするつもりらしい。
そのとき、
エリンにはもう一つ気になることがあった。
腕を組んで考え込む。
双子がそのまわりを回る。
ポチのこと?
という顔だ。
エリンが低く言った。
「ポチではありません」
「手紙のことです」
双子が首をかしげる。
エリンは眉間を寄せた。
「あれ、本当にちゃんと書けていたのでしょうか」
マハトラ。
その名前が、
頭をよぎる。
(あいつ……)
(母上の名前で送った手紙に、何か妙な細工をしたのでは?)
ふと、
そんな疑いが浮かんだのだ。
◆◆◆
ラウルが私を案内した。
足元には、
赤い絨毯が敷かれていた。
(生まれて初めて、
レッドカーペットを全部歩くことになるなんて)
(何だかアカデミー賞に行く女優みたいだわ)
そのとき、
ラウルが慎重に言った。
「エステル様を歓迎するために、人々が集まっております」
「どうか一度、手を振っていただけますか」
「歓迎?」
わあああああ!
ものすごい歓声が上がった。
「え?」
私は目を丸くした。
明るい照明の下、
若い男女が何百人も集まっていた。
そして、
私が姿を見せた瞬間、
大歓声を上げ始めたのだ。
「エステル様のご訪問を歓迎いたします!」
「ようこそお越しくださいました!」
私は一瞬、
ぽかんとした。
(私、いつから芸能人になったのかしら)
歓声は途切れない。
その光景を見た瞬間、
頭に浮かんだ感想は一つだった。
(……本当に気まずいわ)
映像で見たことのある、
独裁国家で動員された群衆。
無理やり歓声を上げさせられている、
まさにあの感じだ。
(あの人たち)
(自分から出てきたんじゃないわ)
(無理やり引っ張り出されたのよね)
台本どおりみたいな歓声。
作られた笑顔。
私は心の中で、
ぎりっと歯を食いしばった。
(総統って人)
(こんな演出をしたら、私が喜ぶとでも思ったの?)
(いったい私を何だと思ってるのよ)
(からかってるのかしら)
それでも私は、
心の中で呪文みたいに繰り返した。
(友好促進)
(友好促進)
(友好促進)
そのとき、
ラウルがもう一度そっと言った。
「どうか一度、手を振っていただければ」
その言葉を聞いて、
私は気づいた。
(ああ)
(私が早く反応してあげないと)
(この人たちも、早く帰れないのね)
私は手を上げて言った。
「みんな、ありがとう」
「大変だったでしょうし、早く帰って休んでくださいね」
できるだけ気持ちを込めて、
そう言った。
なのに、
おかしかった。
一瞬で、
人々の顔が固まったのだ。
(え?)
(どうして?)
(私、何かまずいこと言ったかしら?)
そのとき、
ラウルが私に深く頭を下げて言った。
「彼らの態度にご不快を覚えられたのでしたら、申し訳ございません」
(……え?)
(なんで謝るの?)
私は戸惑った。
でもラウルはさらに続けた。
「適切な措置を取らせていただきます」
その瞬間、
嫌な記憶が脳裏をよぎった。
マハトラが、
乳母たちは不要だと言って殺そうとしたあの場面。
(まさか)
(今回も?)
私は表情を固くして尋ねた。
「適切な措置って、何ですか?」
ラウルは当然のように答えた。
「エステル様のお気持ちを害した罪により」
「彼らを三か月の労働矯正刑に処します」
私は一瞬、
言葉を失った。
(殺さないだけまし……)
……いや、
そうじゃない。
(ちょっと待って)
(三か月の労働矯正? それって強制労働?)
(ただ私の反応がいまいちだったってだけで?)
本気で呆れてしまった。
(この人たちの考え方、本当に独特すぎるわ)
私はすぐに手を振った。
「いえ、そんなことで大げさにしないでください」
「私は大丈夫ですから、処罰しないであげてください」
親善のために来たのに、
悪名だけ残して帰るわけにはいかない。
むしろ、
こういうことで難癖をつけたいのかもしれない。
(まさか)
(私を無礼で常識のない女に仕立てたいの?)
(総統の思惑に乗せられちゃだめだわ)
私はもう一度、
心を引き締めた。
私は、
二つの一族の友好促進のためにここへ来た。
総統が邪魔してこようと、
私が見せるべきなのは
寛大な姿だ。
私の、
前途多難な友好促進日程は、
今まさに始まったばかりだった。




