第115話 友好のために来たのに、また処刑を止めることになりました
私は軽く手を上げて言った。
「時間を割いて歓迎に来てくださって、ありがとうございます」
「これからもヴァンパイア一族とライカン・スロープのあいだに、良い友好関係が続いていけば嬉しいです」
それから私は、
ラウルのほうへ体を向けた。
「それと、あの人たち」
「処罰しないと約束してください」
ラウルは一瞬だけ私を見てから、
静かに頭を下げた。
「承知しました」
でも、
何だか妙だった。
ラウルの表情が、
どこか複雑なのだ。
(どうしてあんな顔をするのかしら)
(私が処罰を望まないのって、そんなに変なこと?)
私は心の中であきれた。
(いや、むしろこっちが申し訳なくなる場面でしょう)
(どう見ても、無理やり連れてこられた人たちじゃない)
私は胸の内で、
そっとため息をついた。
(私は喧嘩しに来たわけじゃないのに)
(ずっと過剰な儀礼ばかりね)
過ぎたるは及ばざるが如し、
という言葉がある。
今がまさにそれだった。
(ずいぶん変わった嫌がらせだわ)
(総統に会うときは、もっと気をつけないと)
何を企んでいるのかは分からない。
でも、
こちらの友好促進の意思を
ことごとく無視しているのだけは確かだった。
◆◆◆
ラウルは内心で首をかしげていた。
(妙だな)
難癖をつけるために来た女だと、
そう思っていた。
だが、
目の前で見せる姿はまるで違う。
(持ち上げられるのが好きな女じゃなかったのか?)
そう聞いていた。
子どもたちにも冷たく、
ひどく薄情な女だとも。
ところが、
馬車の中で見せた様子はまた別だった。
(いったい何なんだ、この女は)
(報告されると分かっていて、わざと演じているのか?)
だが今は、
そこを考えている場合ではなかった。
ラウルは姿勢を正して言った。
「では、すぐに移動いたします」
総統閣下と閣僚たちは、
ここから歩いて三分ほどの場所で待機していた。
本来なら、
総統が馬車の前まで出向くのが筋だった。
だが、
それではさすがに体面が保てない。
そこで、
最低限の威厳を守るため、
エステルのほうが歩いて向かう動線にしてあった。
もちろん、
保険も用意してある。
万が一、
エステルが不機嫌になって拒否したときのために、
先ほどの歓迎の人垣を準備しておいたのだ。
だが幸い、
今のところは何事もなく進んでいる。
ラウルは胸の内で安堵した。
(よし)
(ここまでは問題ない)
残るは追加の演出だけだった。
魔王妃の馬車を、
あえてすり替えた者たち。
ラウル個人としては、
ほんの一時の激情で暴走した彼らを
処刑するのは少し惜しい気もした。
だが、
どうしようもない。
他一族の長の行事を妨害した罪は重い。
しかも、
総統自らが厳罰を約束した件だ。
見逃すわけにはいかなかった。
彼らに下された刑は、
斬首。
(少し重すぎる気もするが……)
(エステルの前で、断固たる姿勢を見せなければ)
(そうすれば、彼女の怒りも収まるはずだ)
そう考えた瞬間だった。
「あら? あれは何ですか?」
エステルがすぐに反応した。
ラウルは即座に頭を下げて説明する。
「エステル様のご随行に対し、無礼を働いた者たちです」
「見逃すわけにはいきませんので、即決処刑を準備しております」
そして付け加えた。
「エステル様が一歩お進みになるごとに、それに合わせて順に首を落とします」
「どうぞ、そのままお歩きください」
レッドカーペットの左右には、
目を閉じたまま膝をつかされた者たちが並んでいた。
その背後には処刑人たち。
一人ずつ剣を高く掲げ、
首を刎ねる準備を整えていた。
◆◆◆
(えええっ!?)
あまりにも突飛すぎて、
一瞬、言葉が出なかった。
(ちょっと待って)
(私が歩くたびに、首を落とすってこと?)
頭の中に光景が浮かぶ。
(私の一歩)
(首が一つ、どさり)
(私の一歩)
(首が一つ、どさり)
(……いや)
(左右にいるんだから、一歩ごとに二つじゃない!)
私は本気であきれ返った。
(何これ、本当に斬新な嫌がらせだわ)
(私は友好促進のために来ているのに)
(総統って人、ずっと私を悪役にしようとしてるじゃない)
私はすぐにラウルへ言った。
「だめです」
ラウルが目を瞬かせる。
「はい?」
私はさらにきっぱりと言った。
「あの人たちを斬首してはいけません」
ラウルは少しためらった。
「……本当によろしいのですか?」
「そうしてください」
私ははっきり言い切った。
「私はあの人たちの死刑なんて望んでいません」
それから、
あえて少し柔らかく言い添える。
「客としてお願いしているんです」
その瞬間、
ラウルの目が細くなった。
(あら?)
(どうしてあんな反応なのかしら)
でもすぐに、
ラウルは丁寧に頭を下げた。
「では、魔王妃様が特別に彼らの赦免をお求めになったと報告いたします」
「ありがとうございます」
ラウルの表情は、
むしろ少し明るくなっていた。
それを見て私は思った。
(この人も、こういう無茶な演出はさすがに妙だと思っていたのかしら)
とにかく。
(早く総統に会って)
(挨拶だけ済ませて)
(宿舎へ行きましょう)
子どもたちも、
早く寝かせてあげないといけない。
◆◆◆
「魔王妃が歓迎の群衆を帰らせたうえ、処刑寸前だった者たちまで助けた、だと?」
報告役の男が、
少しだけ言葉を選びながら続ける。
「そのようです」
総統ガメルは、
頬杖をついていた。
エステルの動線と行動は、
逐一、彼のもとへ報告されている。
傍らにいた側近たちが、
小声でささやいた。
「何を考えているのでしょう」
「今さら我々と良好な関係を築こうとしているとも思えませんが……」
そのとき、
ガメルがくっと笑った。
「ふふ。やはり私の判断は正しかった」
周囲の視線が、
一斉に彼へ集まった。
「私自ら出て迎えるのが正解だったのだ」
「彼女の面目を立ててやったのだから、これ以上は難癖をつける必要がなくなった、ということだろう」
その言葉に、
何人かは膝を打った。
「なるほど!」
「一族の長の座についた以上、何かしら見せるべき成果が必要だったのでしょうな」
ヴァンパイアの里から入ってくる情報は、
混乱そのものだった。
十二座会議体を打ち砕いたクーデター。
真祖復活の噂。
話が入り乱れすぎて、
ライカン・スロープ側でも
実像をつかみきれていない。
だが、
確かなこともある。
もとの十二座会議体のうち、
十人が排除された。
そして二人がその座を掌握し、
その後にエステルを擁立した。
その流れだけ見れば、
エステルはその二人と手を組み、
『真祖復活』という噂まで利用して
ヴァンパイア一族の長の座にまで上り詰めたようにも見える。
その結果、
十二座会議体の十人が入れ替わるという
とんでもない事態が起きたにもかかわらず、
ヴァンパイアの里は急速に安定していた。
一人の側近が低く言った。
「エステルには、何か大きな成果が必要だったのでしょう」
別の者が引き継ぐ。
「だからこそ、ライカン・スロープを圧迫する道を選んだのかと」
「冷酷な女だな」
また別の閣僚が舌を鳴らした。
「自分の安全のために、魔王の子どもたちまで連れてくるとは」
「まったくです」
「自分一人で来れば危険がある」
「だから保険として子どもを連れてきたのでしょう」
その言葉に、
全員が納得したようにうなずいた。
ガメルがぽつりと漏らす。
「二重、三重に安全策を張ってきたというわけだ」
冷えた声で続けた。
「そういう女だからこそ、十二座会議体を潰すクーデターまで起こせたのだろう」
そのときだった。
向こう側に、
一人の女が姿を現した。
銀髪の美女。
冷酷な魔女。
自分の身を守るためなら、
子どもたちすらためらいなく利用する女。
魔王妃エステルだった。




