第113話 ポチと騒ぎながらいるうちに、ようやく目的地へ着きました
(これにしましょう)
(肉サラダ)
「エリン。手伝ってちょうだい」
「はい!」
エリンがとことこと駆け寄って、
私の隣にぴたりとついた。
(よし)
(私はお肉を切って)
(息子はサラダを和える)
(見事な分業ね)
馬車は思ったより広かった。
簡単な料理くらいなら、
十分に作れそうだった。
(ポチのごはんだもの。
わざわざお肉を焼く必要はないわよね)
(ちゃんと解凍してあげればよさそう)
ただし、
気をつけることはあった。
「香辛料や味付けは、あまり入れちゃだめよ」
「ポチに合わないかもしれないから」
「はい」
そのとき、
双子が私のまわりをぐるぐる飛び始めた。
「くかか」
「くかか」
どう見ても、
ぼくも!
ママを手伝う!
そんな空気だった。
でも、
まだウムカウテにもなっていない双子が、
この料理で役に立てることはほとんどない。
むしろ、
変に触ったら危ないかもしれない。
だから私は、
別の役目を与えた。
「あなたたちは、ポチをちゃんと見ていてくれる? いいわね?」
じっとしていてくれること。
それも立派なお手伝いだった。
双子はまたポチのほうへ飛んでいった。
泡玉のまわりを、
くるくる回る。
でも、
すぐに顔つきが変わった。
(……退屈なのね)
双子が、
そろそろと泡玉をつつき始めた。
(ポチを出して遊びたいのかしら)
でも、
その泡玉はエリンが作ったものだ。
エリンが解かないかぎり、
開かない。
「きゃあ」
「くあ」
結局、
双子はまたエリンのところへ飛んできた。
ポチを出して!
まさにそんな様子だった。
エリンはばっさり言った。
「ごはんの前はだめです」
そして続ける。
「できあがったら、そのとき解いてあげます」
すると双子が抗議した。
今ちょっと早く出したっていいじゃない!
そんな勢いだった。
両腕を上下に振って、
足はどんちゃっどんちゃっ。
また始まった、
不満のダンス。
二人でぴたりと拍を合わせている。
(でもエリンは、
双子の言いたいことが分かってるのかしら)
私の耳には、
ただ
かかきゃ、
くあきゃ、
その程度にしか聞こえなかった。
エリンの眉がぴくぴくしているところを見ると、
母上の前だから我慢しているだけのようにも見える。
そのとき、
双子がまた私のほうへ飛んできた。
「こおお」
「くあ」
くるくる回りながら、
ママ! ママ!
って言っているみたいだった。
(あらあら……)
(どうしましょう)
(お料理中なのに、
行ったり来たりされたら気が散るのよね)
その瞬間。
ひゅるっ!
「くああ!」
「かあ!」
光のリングがぱっと現れて、
双子をまとめて拘束した。
双子は、
床に落ちたピンポン玉みたいに転がっていく。
ごろごろごろ。
ごろごろごろ。
私はそれを、
しばらく呆然と見た。
(……あら)
(余計に気になるじゃない)
結局、
私はエリンに言った。
「ちょっと待って。ポチを出してあげて」
「はい」
私がそう言うと、
エリンはすぐに泡玉を解いた。
ポチは前と同じように、
下に敷いておいた座布団の上へ
おとなしく降り立った。
私は双子を見て、
もう一度言い聞かせる。
「あなたたち」
「ポチをいじめちゃだめよ。分かった?」
私はまた料理に戻った。
エリンが手伝ってくれたおかげで、
思ったより早くできそうだった。
(よし)
(これでポチのごはんを――)
そのとき。
きゃいんっ!
突然、
ポチの悲鳴が聞こえた。
「何!?」
私ははっとして振り向いた。
「あなたたち!」
双子が、
左右からポチの前足を一本ずつ掴んでいた。
自分のほうで遊ぶんだと言わんばかりに、
綱引きみたいに左右へ引っ張っていたのだ。
それでは、
ポチが悲鳴を上げるのも当然だった。
◆◆◆
「くぅぅ……」
「くぅ……」
双子が馬車の隅で、
膝をついていた。
両手はぴんと上げたまま。
普段は、
ここまで強く叱ったことなんて一度もなかった。
でも今回は違う。
今回はちゃんと、
教えないといけなかった。
私はきっぱり言った。
「言葉を話せないペットだからって、乱暴に扱っちゃだめ」
「分かった?」
双子はすっかりしゅんとしてしまった。
エリンは、
そんな双子を横目で見ながら、
いかにもこういう顔をしていた。
――ほら見て。
母上に叱られるって言ったでしょう。
その顔のまま、
ポチのごはんを用意している。
私はもう一度、
双子に言った。
「あなたたちはそこから動いちゃだめ」
「今回はポチをいじめた罰です」
「うぎゅぎゅ……」
「くぅぅ……」
どう見ても、
ポチがごはんを食べるところを見たいです、
そんな反応だった。
でも今回は、
見逃してはいけなかった。
ポチへの接近禁止。
それが罰だった。
私はポチの前に器を置きながら言った。
「ポチ。ごはんにしましょう」
二度目の食事。
魔王妃にして、
ヴァンパイア一族の長であるこの私が作った、
ポチ用特製肉サラダである。
ポチが鼻をひくひくさせながら、
匂いを嗅ぐ。
(今回も、
またぷいっと顔をそむけるのかしら?)
違った。
もぐもぐ。
今度はすぐに食べ始めた。
私は思わず目をぱちくりさせる。
(あら?)
(ちゃんと食べるのね?)
そこでようやく、
少し分かった気がした。
(この前の揚げ乾パンは、
油やオリゴ糖が入っていたからだったのかしら)
(やっぱり子犬には、
こういうほうが向いているのね)
私はほっとして微笑んだ。
「ポチ、ちゃんと食べるわね」
エリンも頷く。
「お肉が好きみたいです」
隅でお仕置きされていた双子が、
またぐずり始めた。
「くぅぅ……」
「くぅ……」
ぼくたちも見たい。
そんな顔だった。
私は少し迷った。
(このくらいでいいかしら)
だから手招きした。
「あなたたちも、もうこっちへいらっしゃい」
私が言い終わるやいなや、
双子がびゅんと飛んできた。
そして私の横にぴたりとくっつく。
どう見ても、
ママありがとう。
今度からはもうしない。
そんな雰囲気だった。
それを見たエリンが、
少しぶっきらぼうに言った。
「あなたたち、どうせ一晩寝たらまた忘れるのでしょう?」
そして、
今度は私のほうを見た。
「母上。次もまた同じことをしたら、そのときは許してはいけません」
「……」
(まあ)
(思ったより厳しいのね)
その言葉を聞くと、
双子はすぐにエリンのところへ飛んでいった。
「くあ」
「かあ」
そしてまた始まる。
不満のダンス。
私はその様子を見ていて、
とうとう笑いをこらえきれなかった。
(本当に……)
(静かな時間ってものがない子たちね)
そうして、
二日が過ぎた。
(ついに着いたわ)
ようやく目的地に到着した。
(ポチがいなかったら、
退屈でどうなっていたか分からないわね)
子どもたちも、
私も、
みんなポチを見るのを楽しみにしながら
時間を過ごせた。
ポチは本当に不思議な子だった。
(子犬みたいでもあるし)
(でも、どこか狼っぽいのよね)
可愛くて、
不思議で、
つい見てしまう子。
子どもたちが触っても、
ほとんど嫌がる様子を見せなかった。
むしろ私のほうが、
止めるくらいだった。
「そんなにしつこくしちゃだめよ」
「ポチが疲れちゃうでしょう」
双子も、
あのとき一度しっかり叱られてからは
ポチをいじめていない。
もちろん、
隣でエリンが目を光らせていたからかもしれないけれど。
そしてポチは、
思っていた以上に肉をよく食べた。
だからその後は、
私が直接肉を切ってあげていた。
そこへ羊乳も添えると、
ますますよく食べた。
窓の外を見ると、
明るい光を放つ街が見えてきた。
ライカン・スロープの中心地。
首都とも呼べる場所。
トゥル・ラ・ホール。
ついに到着したのだ。
これから、
どんなことが起きるのだろう。




