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第111話 揚げ乾パンを分けたら、護衛たちの空気が少しやわらぎました

「野営だと、

豪勢なものを食べるのは難しいって分かってるわ」


「だから、

そういう状況でも食べやすいものを用意してきたの」


「これは後々、

魔王軍にも採用される予定よ」


(こう言えば、

興味を持つでしょう)


「魔王軍にも採用……?」


周囲の空気が変わった。


兵士たちの目に、

はっきり好奇心が宿る。


「あなた、名前は?」


「ジョシュアと申します。エステル様」


「そう。ジョシュアね」


私は必要な道具を伝えた。


でも、

これは一人でやるには少し面倒だった。


「エリン。母上を手伝ってちょうだい」


「はい」


エリンがぴょんと駆け寄ってきた。


この子は、

私と一緒に何か作るのが本当に好きだ。


(よし)


(母と息子の、お料理タイムね)


私は馬車のほうを指さした。


「馬車にある袋、開けてくれる?」


「はい」


エリンが袋を開けに行くあいだに、

私は大きなフライパンを用意した。


火はもうある。


兵士たちが食事の支度のために起こしていた火だ。


それをそのまま使えばいい。


ざらっ。


エリンが袋を開くと、

四角くて硬いかけらが

どさっとこぼれ落ちた。


ジョシュアが目をしばたたく。


「これは何ですか?」


「乾パンよ」


私はそのうちの一つをつまみ上げた。


「このままでも食べられるわ」

「でも、もっとおいしく食べる方法があるの」


そして、

さっきからずっと

食べたそうな目をしていたエリンに

一つ手渡した。


「はい。まず食べてみて」


ぼりっ。


エリンが乾パンをかじった。


目をきゅっと閉じて、

こりこりと噛む。


まるで広告でも撮っているみたいだった。


「おいしいです」


(可愛すぎるじゃない)


私は思わず上がりそうになる口元をこらえながら、

そのまま説明を続けた。


「そのままでも食べられるけれど、

もっとおいしくするなら」


「これを揚げればいいの」


言葉で説明するより、

見せたほうが早かった。


私はフライパンに食用油を入れ、

オリゴ糖も垂らした。


そして、

乾パンを入れる。


じゅわああ。


あっという間に、

甘くて香ばしい匂いが広がった。


(よし)


(この匂いなら、我慢できないでしょう)


いつの間にか、

みんなの視線が私の手元に集まっていた。


私は揚がった乾パンを一つつまみ、

エリンへ差し出した。


「エリン。今度はこれ」


もぐもぐ。


エリンが一口食べると、

すぐに親指を立てた。


「本当においしいです」


その顔を見れば分かる。


完全に気に入ったのだ。


私はジョシュアのほうを向いた。


「作り方は見せたわよね?」

「今度は用意してきた材料で、自分たちで揚げてみて」


本当に簡単だった。


野営中の兵士でも、

手軽に食べられるやり方だ。


私は馬車から持ってきた乾パンと食用油、

オリゴ糖と砂糖を分けて渡した。


それを受け取った兵士たちは、

三々五々集まって

さっそく真似し始めた。


エリンが揚げ乾パンを

こりこりかじりながら言う。


「母上。反応、本当にいいですね」


私は笑って答えた。


「食べ物で近づくのって、

どこでもよく効くのよ」


「大げさなスローガンより、

ずっと早く仲良くなれるの」


エリンが小さく感心したように言った。


「いい方法ですね」


(ふふ)


(また一つ覚えた、って顔してるわね)


そのときだった。


どんっ!


馬車の扉が開いたかと思うと、

鷲かと思うくらいの勢いで、

双子がびゅんと飛び出してきた。


「こおおお!」

「くううう!」


(やっぱり)


(おいしい匂いには本当に早いわね)


嗅覚がものすごくいい。


双子がエリンのまわりを

くるくる飛び回る。


ぼくたちも食べたい!


まさにそんな目だった。


でも、

エリンは冷静だった。


「まだだめです」


双子が同時に固まる。


エリンはきっぱりした顔で続けた。


「あなたたちは、

ウムカウテになったら食べられます」


「今は我慢してください」


「くあや」

「きゃああ!」


双子が即座に抗議した。


私はその二人をなだめるのに、

しばらく苦労することになった。


「だめよ、だめ」

「お腹痛くなったらどうするの」


そこで、

ふと思いつく。


「揚げ乾パン、ポチにあげたら食べるかしら?」


「うーん……どうでしょう」


エリンも首をかしげる。


双子も、

それはいいとでも言いたげに

くるくる回った。


自分たちは食べられなくても、

ポチが食べるのは見たいらしい。


(こういう気持ちで、

みんな食事配信を見るのかしら)


私は少しだけ考えた。


(試しに少しあげてみるくらいなら、いいわよね)


ここはゲームの世界だ。


現実の食の常識が

そのまま通じるとは限らない。


少しあげてみて、

だめなら別のものを探せばいい。


私は子どもたちと一緒に、

ポチのいる馬車の中へ入った。


「あら?」


「この子、起きたのね」


双子が飛び回って騒いだから驚いたのか、

それとも匂いを嗅ぎつけたのか、

ポチが目を開けていた。


つん。


エリンが泡玉に触れると、

それが弾けて、

ポチが床へ下りた。


あらかじめ

ふかふかの座布団を敷いておいたおかげで、

ポチはそのまま楽に座れた。


「きゃほほ」

「きゃは」


双子が不思議そうに、

ポチの白い毛をつんつん触る。


(思ったより、

ずいぶん大人しいのね?)


こんなに触られても、

鳴いたり噛んだりしない。


ただ、

じっと私を見ているだけだった。


私は双子に注意した。


「あなたたち、そんなに触っちゃだめよ」

「動物さんだって疲れちゃうんだから」


さあ。


いよいよ、

ポチのごはんタイムだった。


私は外から持ってきた小さな器を二つ、

ポチの前に置いた。


片方には揚げ乾パン。

もう片方には水。


(食べるかしら)


子どもたちも、

息をひそめて見守っていた。


ポチが鼻をひくひくさせて

何度か匂いを嗅いだあと、

ぷいっと顔をそむけた。


「あら……口に合わないみたいね」


子どもたちの顔が、

一気にしょんぼりした。


とくにエリンは、

納得できないという顔だった。


「これ、本当においしいのに……」


私は少し笑ってから言った。


「まだ子犬だから、

食べるものにうるさいのかもしれないわ」


「仕方ないわね。外の人たちに、犬用の餌があるか聞いてみないと……」


その瞬間。


あぐっ。

あぐっ。


「……あれ?」


「わあ。ポチ、ちゃんと食べてます」

「きゃはは」

「きゃは」


子どもたちが一斉に声を上げた。


ポチが揚げ乾パンをかじり始めたかと思うと、

そのままとんでもない勢いで食べ始めたのだ。


あっという間に、

器が空になる。


そしてまた、

じっと私を見上げてくる。


(もっとほしいのかしら?)


「ちょっと待ってて」


私は、

ポチ用に少し多めに

揚げておいた乾パンを持ってきていた。


「エリンが適当に分けて、ポチにあげてちょうだい」


すると双子が、

エリンのそばへぴたりと張りついた。


ぼくも!

わたしも!


そんな身振りだった。


ポチに自分たちで食べさせてみたいらしい。


でも、

エリンは一瞬で見抜いた。


「だめです」

「これはポチにあげるものです」


そして、

目を細めて言う。


「渡したら、あなたたちが食べてしまうでしょう?」


「くあああ!」

「かあああ!」


図星だった。


双子がその場で、

ごろごろと床を転がる。


(ポチにあげるふりをして、

自分たちで食べるつもりだったのね)


「ウムカウテになる前に、こういうものを食べてはいけません」


その通りだった。


まだ消化しにくいから、

下手に食べたらお腹を壊してしまう。


(やっぱりエリンだわ)


(私だったら、うっかりあげていたかもしれない)


(そうしたら、双子は何日かお腹を壊して大変だったわね)


エリンがポチの前の器に、

揚げ乾パンを載せた。


「はい。これを食べてください」


あぐっ。

あぐっ。


ポチは本当によく食べた。


まるで、

いつもこうして食べているみたいに。


双子もまた立ち上がって、

その様子をじっと見つめていた。


子犬があんなふうに

夢中で食べるのが不思議らしい。


エリンがぽつりと言う。


「ものすごくお腹が空いていたみたいですね」


「そうね」


私はうなずいた。


「たぶん、そうなんだと思うわ」


かなり長い間、

ろくに食べていなかったように見えた。


(いったい、この子はどうやってここまで流れてきたのかしら)


私はポチを見下ろして言った。


「今度はちゃんと犬用の餌を手に入れて、食べさせてみようかしら」


その瞬間。


ポチが突然、

ぶんぶんと首を横に振った。


「……え?」


私は目を瞬いた。


「今……嫌って言ったの?」


ポチは相変わらず、

じっと私を見ていた。


(まさか)


(私の言葉、分かってるわけじゃないわよね?)


でも、

どう見ても

分かっているようにしか見えなかった。


「ポチ、賢いのね」


面白い子だった。


この子が

これからどんな騒ぎを呼び込むのか、

私はまだ何も知らなかった。

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