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第110話 ぎくしゃくした空気をほぐすなら、まずは食事からです

馬車は再び走り出した。


(やっぱり違うわね)


今来た者たちは、

応対も丁寧で、

礼儀もきちんとしていた。


少しでも何かあればすぐに報告してくれるし、

どの方向へ向かうのか、

どういう形で護衛するのか、

そういうことまで一つひとつ親切に説明してくれた。


おかげで、

最初に感じた不快感もだいぶ薄れた。


私は泡玉のほうを見た。


「それにしても、この子。ものすごく長く寝るのね」


泡玉の中には、

ポチが入っていた。


仮の家として入れておいたのだけれど、

思った以上によく眠っていた。


双子は何がそんなに不思議なのか、

眠っているポチをずっと見つめている。


そのおかげで、

馬車の中は静かだった。


エリンが言った。


「何日も……いえ、何か月も休めていなかったように見えます」


「本当に?」


私は驚いてエリンを見た。


「わあ。ポチ、家を出てずいぶん苦労したのね」


もちろん、

何か月も休めなかったというのは

少し大げさかもしれない。


でも、

ひどく疲れて見えるのは本当だった。


(ひとまず、このまま寝かせておいたほうがよさそうね)


(お腹が空いたら、自分で起きるでしょう)


そのとき、

食べられそうなものを少しずつあげながら

確かめればいい。


この問題は、

そういうことで片づいた。


すう、すう、すう。


時間が過ぎる。


気づけば、

子どもたちも眠っていた。


(かなり疲れていたのね)


今度は私が、

子どもたちに布団をかけてあげた。


(早く着くといいのだけれど)


◆◆◆


「それは本当か?」


「はい。間違いなくフェルリンの骨です。殺したあと、土をかぶせてありました」


直属部隊はここへ向かう途中で、

過激派の一団を拘束した。


そして彼らから、

エステルの居場所を突き止めた。


ライカン・スロープの神獣、

フェルリンの群れが

彼女たちを取り囲んだことまで。


「それで急いで駆けつけたが……もう終わっていたというのか」


「その通りです」


直属部隊は驚いて駆けつけた。


だが、

到着したときには

すでにすべて終わっていた。


エステルと子どもたちが馬車へ戻ったあと、

周囲を捜索した。


そして、

急いで埋めたように見える墓を発見した。


その中には、

数十頭に及ぶフェルリンの骨があった。


「……」


しばし沈黙が流れた。


やがて、

誰かが低くつぶやく。


「わざと見せつけるつもりだったのか?」


「こちらが手を出せば、容赦しないという意味かもしれません」


その言葉に、

何人かの顔が固くなった。


ライカン・スロープにとって、

神獣フェルリンは特別な存在だ。


そんな存在を殺すというのは、

最も直接的で、

そして最も強い挑発になり得る。


だが、

反論するのも難しかった。


「先に襲われたあと、反撃しただけだと主張されたら……我々も言い返せません」


「そうだな」


誰かが小さく舌打ちした。


「ヴァンパイア一族の長、エステル」


「とてつもなく強いです」


一頭で上級ヴァンパイア二名に匹敵するとされるフェルリン。


それが、

群れごと全滅した。


「ではエステルの戦闘力は、上級ヴァンパイア数十名に匹敵するということか?」


「いえ」


別の者が首を振った。


「群れで襲ってきたフェルリンを殺したのですから……上級ヴァンパイア百名に匹敵すると見たほうがよいでしょう」


「ううむ……」


「信じがたいな」


そして、

別の疑問が浮かんだ。


「だが、なぜエステルは襲撃された事実を隠したのだ?」


「こちらの弱みを握ったつもりなのかもしれません」

「しばらく様子を見て、後で持ち出すつもりなのかも」


外交とはそういうものだ。


相手が明らかに悪くても、

その場ですぐには表に出さないことがある。


「よし」


結局、

結論は一つだった。


「向こうが先に言い出すまでは、我々もこの件には触れない」


「はっ」


あとは総統へ報告し、

対応策を練るだけだった。


誰かが小さく漏らした。


「エステルという女……本当に相手にしづらいな」


「何を考えているのか、まったく読めません」


◆◆◆


「ヴァンパイア一族の長にして魔王妃、エステルを乗せた馬車を確保しました」


総統ガメルは報告書をめくった。


だが、

すぐに眉がぴくりと動く。


(これは、どういうことだ)


(神獣フェルリンを殺しただと?)


追加報告は、

ガメルの頭をさらに痛くした。


だが、

その場でそこまで全部を口にする必要はなかった。


周囲の国務委員たちは、

ひとまず安堵の息をつく。


「さすが直属部隊ですな」

「彼らを向かわせたのは正解でした」


拘束した者たちは、

別室で取り調べを受けていた。


背後関係を洗っているという報告も入っている。


ガメルが低く、

そして断固とした声で言った。


「青年団の反発など無視する」


会議場が静まり返る。


「今から治安部隊は、青年団の動向を監視しろ」


「そして集団行動を起こす気配が見えた時点で、即座に拘束しろ」


それは、

先に出した命令の延長だった。


同時に、

さらに強硬な命令でもあった。


(ただ集まっただけでも動くつもりか)


誰かが慎重に口を開く。


「それは、少々……」


何人かの委員も、

不安をにじませた。


「かえって火に油を注ぐことになりかねません」


「現時点で青年団の不満はかなり深刻です」


それは事実だった。


席には限りがあるのに、

上の席は空かない。


青年団員たちには、

上へ行く余地がなかった。


深刻な人事停滞。


そしてガメルは、

その不満をこれまで

かなり都合よく利用してきた。


(社会に出たばかりの若造ほど、扱いやすいものはない)


だが今回は、

その不満が自分に向いた。


正体不明の反乱勢力のせいで。


ガメルの目つきが冷たくなる。


(いいだろう)


(ならば思い知らせてやる)


(総統とクル家に牙をむけば、どうなるかを)


彼は再び口を開いた。


「今回の件で、クル家と私の権力に傷がついてはならん」


「残る期間、エステルとその子どもたちへの警護に万全を期せ」


ガメルにとって最も大事なのは、

はっきりしていた。


自分の地位。


そして家門の利益だ。


◆◆◆


(はああ……よく寝た)


日が沈んでから、

ようやく私は目を覚ました。


両腕を大きく伸ばす。


ぐっすり眠ったおかげで、

体がずいぶん軽かった。


馬車はまだ走っている。


外はもう暗くなっていたけれど、

移動には特に問題なさそうだった。


道はよく整備されていて、

街灯が明るく道を照らしている。


(ここだけ、まるで文明社会みたいね)


十九世紀末のヨーロッパみたいな雰囲気だった。


電気ではなく、

魔法を使った灯りなのだろうけれど、

インフラはかなり整っている。


エリンは窓の外を見ていたが、

私が起きたのに気づくとすぐ近づいてきた。


「母上、お目覚めですか?」


「ええ」


私はあたりを見回してから尋ねた。


「双子は?」


「まだ眠っています」


双子は相変わらず、

ぐっすり眠ったままだった。


(よほど疲れたのかしら)


(どれだけはしゃいだのよ)


それとも、

旅そのものにまだ慣れていないのかもしれない。


気持ちよさそうに寝ているのだから、

わざわざ起こしたくはなかった。


だから、

私はそっと動く。


「ポチは?」


「ポチもです。まだ眠っています」


泡玉の中で、

まだ眠っていた。


私は思わず笑ってしまう。


「本当に長く寝るのね」


(やっぱり子犬だからかしら)


寝ている姿が、

本当に可愛かった。


うまくいけば、

双子に負けないくらい

魔王城のマスコットになるかもしれない。


そのとき、

馬車が速度を落とし始めた。


「……あら?」


少しして、

馬車が完全に止まる。


「休憩みたいね」


私はエリンと一緒に外へ出た。


外では、

食事の準備をしている者たちが見えた。


(何を食べるのかしら)


気になって近づいてみると、

思ったより食材が貧弱だった。


保存肉。

少しの野菜。

それから硬いパン。


本当にその程度だ。


私が近づくと、

その中の先任らしき者が

すぐに立ち上がって敬礼した。


私は軽く手を振る。


「食事の邪魔をしてしまったなら、ごめんなさいね」


「いえ!」


返事は威勢がよかった。


私はもう一度、

彼らの食事をちらりと見た。


「護衛は大変でしょうに、食べ物はこれで大丈夫なのですか?」


「問題ありません!」


(何を聞いても大丈夫って言うのね)


(いかにも軍人らしい、教科書どおりの返事って感じだわ)


そのとき、

別の者がこちらへやって来た。


部隊責任者のシュルケだった。


茶色い髪に、

引き締まった体格。


階級章も見えたけれど、

私はこの一族の制度をよく知らない。


(そこはひとまず置いておきましょう)


シュルケが丁寧に言った。


「何かご不便がございましたら、すぐにお申しつけください」


そして周囲を見回すと、

慌てて付け加えた。


「あ……もし彼らが視界に入るのが気になるのでしたら、すぐに下がらせます」


そう言って後ろへ向かって叫ぶ。


「おい! お前たち、立て!」


私は驚いて、

思わず手を上げた。


「いえ、ちょっと待ってください」

「そういうことではないんです」


食事をしている人たちを

どかすなんて、

それこそ失礼だった。


私はすぐに本題を切り出した。


「皆さんにも召し上がれそうなお料理を持ってきているんです」


「……はい?」


シュルケの顔に、

一瞬戸惑いが走った。


私は心の中でうなずく。


(そう)


(やっぱりこの反応よね)


(あの変な夢を見てから、いろいろ考えたのよ)


ライカン・スロープとヴァンパイアの、

ぎくしゃくした関係をほぐすこと。


そして、

その第一歩になるのは、

やっぱりおいしい食べ物だ。


私はもう一度言った。


「差し上げたいんです」


シュルケは一瞬、

固まったような顔になった。


(どうして?)


(ヴァンパイアが料理を渡すって言うから)


(毒でも盛って殺すつもりかって思ってるのかしら)


何だか、

魔王城の調理室で見た反応と似ていた。


私は心の中で小さくぼやく。


(あなたたち)


(先入観ってよくないのよ)


だからこそ――


(もっと驚かせてあげないとね)


(味で)


(しっかりと)

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