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第105話 公式訪問のはずが、私たちは途中で消されました

「ふぅん……」


妙だった。


何が問題なのか、

はっきり言えるわけじゃない。


でも、

どうにも気分が晴れなかった。


「母上。どうしました?」

「車内が息苦しいなら、窓を少し開けてもらいましょうか?」


「ううん。

向こうが頼んできたことだもの。

そのくらいは守ってあげましょう」


「大丈夫ですか?」


「ええ。

このくらいなら我慢できるわ」


感覚が、

ずっと訴えかけていた。


気をつけろ、と。


警告――

そう言ったほうが近いかもしれない。


(たしか、護衛だって言っていたのに……)


おかしかった。


本当にかすかだけれど、

殺気が混じっている。


(どうして?)


これは公式訪問だ。

少なくとも、

表向きはそういうことになっている。


なのに、

どうしてこんな感覚がするのかしら。


私は子どもたちを見た。


エリンと双子。


あの子たちだけは、

何があっても守らなくてはならない。


(……ううん)


私は胸の内で、

そっと息を整えた。


(私が神経質になりすぎてるだけよ)


予想外の冷遇を受けたせいで、

余計に神経が尖っているのかもしれない。


(これは公式訪問。

戦争でも覚悟していない限り、

ここで事を起こすはずがないわ)


そう。

落ち着かなくては。


何より今は、

子どもたちを安心させるのが先だった。


私はわざと軽い口調で言った。


「ライカン・スロープ一族は、

やっぱりヴァンパイア一族のことを

ずいぶん嫌っているみたいね」


「……」


「仕方ないわ。

こういうときこそ、

少しずつ関係をほぐしていかなくちゃ」


すると、

子どもたちの頬が同時にぷくっと膨れた。


「あいつら……!」

「今日のこと、

絶対に後悔させてやります!」

「くああ!」

「きゃあ!」


エリンと双子が、

ぴょんぴょん飛び跳ねた。


どうやら、

怒っているのは子どもたちのほうらしい。


私は思わずくすっと笑って言った。


「ひとまず、

もう少し様子を見ましょう。

でも、このままずっとこんな態度なら、

私も黙ってはいないわよ」


その言葉に、

子どもたちの目つきが少しだけ和らいだ。


本当は、

惜しいのは向こうのほうなのに。


こっちから先に

和解のジェスチャーを見せているのに、

こんな態度で返してくるなんて。


(これじゃ、

まるで私のほうから先に喧嘩を売ったみたいじゃない)


そのときだった。


エリンと双子の表情が、

だんだんしゅんとしていった。


「……あら?

どうしたの?」


「……」

「くう」

「きゃあ……」


ああ、

そういうことね。


窓が塞がれているせいで、

外の景色が見えないのが

苦しかったのだ。


私は子どもたちへ手を差し出した。


「お昼寝は、

もうたっぷりしたんでしょう?」


「はい」


「それなら、

母上と一緒にボードゲームでもする?」


その言葉が終わるやいなや、

子どもたちの顔がぱっと明るくなった。


「やります!」

「くあん!」

「きゃあ!」


久しぶりに一緒に遊べるのが、

嬉しかったらしい。


私は前もって用意しておいた

ボードゲームを取り出した。


「新しく作ったのよ。

数字と色の組み合わせを合わせればいいだけ」


「面白そうです」


よし。

こうしてでも、

意識を別のところへ向けたほうがいい。


子どもたちが外の様子ばかり気にして、

余計に不安になるよりずっといい。


◆◆◆


「はい、次のターン。

今度はエリンの番よ」


「うーん。では……」


エリンが

砂時計をひっくり返した。


すっ。


そして、

次の瞬間。


ぱぱぱっ!


手が稲妻のように動いた。


数字。

色。

配置。


組み合わせが、

あっという間に揃っていく。


私は目をぱちぱちさせた。


(ちょっと待って。

もう終わったの?)


「終わりました」


かちり。


エリンが空になった盤を

指先で軽く弾きながら言った。


そして、

小さく笑う。


「私の勝ちです」


「……」


(これ、完全に……)


数字の組み合わせを暗算で解き尽くす

人工知能でも見ているみたいだった。


本当に恐ろしい子だわ。


ぱん! ぱん! ぱん!


そのとき、

双子が床を叩き始めた。


「こおおお!」

「くううう!」


悔しそうに、

体までじたばたとよじる。


いくら二人で頭を寄せ合っても、

エリンの相手にはならなかったらしい。


エリンお兄ちゃんとは、

もう遊ばない!


まさに、

そんな顔だった。


がくん。


そのとき、

馬車の速度が少しずつ落ち始めた。


「ようやく休憩かしら?」


私は両腕を伸ばして、

大きく背伸びをした。


ようやく外の空気が吸えそうだ。


そもそも、

ずっとボードゲームをしていたのも、

子どもたちが息苦しくならないようにするためだった。


ここまでは、

よく我慢してくれたほうだと思う。


なのに――


「ひどいですね」


エリンが、

少し唇を尖らせた。


「ん?」


「途中途中で状況説明くらい、

してくれてもよかったのではありませんか?」


「……」


それには、

私も同感だった。


本当に、

あまりにも無愛想だ。


ライカン・スロープの随員たち。


私たちを

大事な客どころか、

いない者のように扱っている。


私は軽く舌を打った。


「これはあとで総統に会ったら、

ちゃんと言っておかないとね」


エリンが目を瞬かせた。


「総統、ですか?」


「ええ。

ライカン・スロープ側で、

対外的にいちばん上に立つ人よ」


長老会という最高首脳部は存在する。

けれど、

あれはあくまで内部の権力構造に近い。


外へ出て、

他の勢力と向き合う顔は総統だ。


「国政も握っていて、

軍権も握っている。

とても力のある人なの」


なのに――


「……ん?」


馬車が止まってから、

かなり時間が経ったのに、

外から何の反応もない。


足音も、

気配も、

何ひとつ。


おかしい。


「……」


空気が、

一気に冷たくなった。


私はすぐに子どもたちを呼んだ。


「あなたたち、こっちへ」


エリンと双子が、

とととっとこちらへ駆け寄ってくる。


私は子どもたちを抱き寄せた。


雌鶏が雛を守るみたいに、

まずはあの子たちを包み込む。


それから、

すぐに状況把握へ移った。


(こういうときに使うのよ)


私には、

周囲を探れるスキルがある。


――索敵。


感覚が、

周囲一帯へと広がっていく。


そしてすぐ、

私は目を見開いた。


「……え?」


おかしい。


「何これ……?」


周囲が、

空っぽだった。


馬車のまわりにいるはずの随員も、

護衛も、

気配も、

全部消えていた。


まるで、

高速道路のサービスエリアに人を降ろして、

バスだけがそのまま行ってしまったみたいな状況。


私は子どもたちをさらに強く抱き寄せた。


(これ……

いったいどういうことなの?)


◆◆◆


ライカン・スロープの国務会議。


会議場には、

議長である総統と、

二十五名の国務委員が集まっていた。


上座に座る男はガメル。


長老会の中核を担う

クル家の出身。


そして、

現在の総統だった。


ガメルは、

最近流行している長い喫煙パイプを卓上へ置き、

会議場を見渡した。


そして低く言う。


「国務委員の中に、

裏切り者がいるようだ」


その瞬間、

会議場がざわついた。


「何ですと?」

「裏切り者とは……」

「どういう意味ですか」


ガメルの視線が、

冷たく沈む。


「どうして、

手紙の内容が青年団へ流れた?」


問題の始まりは、

突然届いた一通の手紙だった。


差出人は、

ヴァンパイアの新たな長、

エステル。


その手紙の文面は、

あまりにも無礼だった。


まるで目下の者を扱うような、

露骨に見下した口調。


長老会が大騒ぎになったのも無理はない。


実際、

その場で兵を起こして

即座に攻め込むべきだと主張する者までいた。


だがガメルは、

彼らを抑えた。


「手紙の内容は秘匿しろ」


彼はたしかに、

そう命じた。


それなのに、

エステルの手紙の内容は

青年団へ漏れていた。


そして予想どおり、

青年団は騒然となった。


エステルが訪問したら

テロを仕掛けるという情報が、

次々に上がってきたのだ。


ガメルは奥歯を噛みしめた。


(これは誰かが、

わざと火を大きくしている)


今この状況で、

エステルやその子どもたちに何かあれば、

即座に戦争になる。


そして戦争になれば、

最初に崩れるのは

自分の家門だった。


(黒幕の狙いも、

まさにそこだろうな)


ガメルは、

少し身を乗り出した。


「ヴァンパイアの長の公式訪問中に

問題を起こす者は、

反逆者と見なす」


「最高刑である死罪をもって処断する」


「そして――

今回の出迎えは、

私が自ら出る」


「は?」

「総統閣下が直接?」

「それは……前例がありません」


すぐに反発が上がった。


「他の一族の長が来たとしても、

総統閣下が自ら出迎えたことなどありません」


「表敬を受けるのとは別です。

直接迎えに出るのは、

序列二位の役目です」


「儀礼に反します。

魔王本人が来るのならともかく……」


彼らの言い分は間違っていない。


慣例上、

相手が一族の長であっても、

総統自らが出向くことはほとんどない。


何より、

無礼な手紙を送ってきた相手に、

かえって顔を立ててやるようなものにもなりかねない。


だがガメルには、

そんな言葉がもどかしかった。


「まだ状況が見えていないのか?」


声が冷たく落ちる。


「今の力の均衡はどうなっている?」


「ヴァンパイア、

ライカン・スロープ、

そして魔王勢力。

おおよそ三、三、四です」


「ヴァンパイアと魔王勢力が手を組めば?」


「……七対三です」


「そうだ」


その一言で、

会議場の空気が重くなる。


もともとライカン・スロープは、

その可能性を低く見ていた。


ヴァンパイア一族を率いていた

十二座会議体が、

魔王勢力と手を組むはずがないと思っていたからだ。


だから安心していた。


だからこそ以前、

マハトラは魔王城へ来ていたヴァンパイアの使節団を

脅すことができた。


魔王勢力とライカン・スロープが手を組めば、

三対七。


不利になるのは

ヴァンパイア側だったからだ。


ところが最近、

状況が完全にひっくり返った。


魔王妃エステルが、

ヴァンパイアの里を掌握した。


これはライカン・スロープにとって、

最悪だった。


力の構図は、

一気に三対七へと反転した。


戦争になれば、

ライカン・スロープの敗北は決定的。


もっとも、

それまでは一応の楽観論もあった。


ヴァンパイア一族も内部再編が必要だろうし、

何より今は人間との戦争中だ。


ならば、

今すぐこちらと全面衝突にはならないだろう。


そう考えていた。


だが――


エステルが送ってきた一通の手紙が、

その楽観を粉々に打ち砕いた。


(力の均衡が変わったから、

今度はこちらを露骨に躾けに来たのか)


ガメルはそう見た。


今回の訪問は、

ただの訪問ではない。


示威。

脅し。

そして、

躾。


ガメルの腹の底で、

怒りが煮えたぎった。


だが、

耐えなくてはならない。


(復讐は後からでもできる)


家門も、

権力も、

一度崩れたら

立て直すのは難しい。


そのとき、

国務委員の一人が

慎重に手を挙げた。


「ですが、

今こうして低姿勢に出れば……」


「青年団の反発が

さらに強まるかもしれません」


別の者も同意する。


「過激派のテロを

かえって煽る可能性すらあります」


「その点は、

私も分かっている」


ガメルは即答した。


「だからこそ、

エステルが滞在する三日間、

直属部隊をつける」


「直属部隊……」

「第七近衛隊のことですか?」


名目上は近衛隊。

だが実際には、

総統直属部隊として動く

一族最強の戦闘部隊だった。


会議場が再びざわめく。


それは明らかに、

破格の厚遇だった。


ガメルは断言した。


「直属部隊が警護すれば、

青年団が何を企もうと防げる」


「魔王妃の警護問題は、

これで終わりだ」


そうして一つは片づいた。


次は、

情報を流した裏切り者の炙り出しだ。


「今回の情報流出は、

私とクル家への反逆と見なして構わんな?」


冷たい視線が、

会議場をなぞる。


その瞬間、

誰も口を開けなかった。


ここで目をつけられたら、

まず生き残れない。


会議場の上に、

重い沈黙が落ちる。


いったい誰だ。


誰が、

こんなことをした。


青年団は、

クル家が掌握しきれていない組織だ。


そこへ、

本来なら極秘であるはずの

エステルの手紙の内容が流れた。


(誰かは知らんが、

頭はよく回るらしい)


ガメルがそう思った、

まさにそのときだった。


ばん、ばん、ばん!


会議場の扉が、

乱暴に叩かれた。


「緊急報告です!」


扉が開き、

伝令が慌てた声で叫ぶ。


「魔王妃の行方が分からなくなりました!」


「何だと?」


報告はすぐ続いた。


エステルを迎えに行くはずだった部隊よりも先に、

過激派の青年団が動いた。


そして、

彼らが

魔王妃の乗った馬車を

横取りしたらしいという。


ガメルの表情が凍る。


「やられたか……」


秘匿されるはずだった

エステルの訪問日程まで、

青年団に渡っていたのだ。


国賓が、

反乱勢力の手へ落ちた。


ガメルは勢いよく立ち上がった。


「直属部隊へすぐ連絡しろ!」


「どんな手を使ってでも

魔王妃とその子どもたちを見つけ出し、

保護しろ!」


国務委員たちの顔も、

一気に青ざめた。


「大変なことに……」

「彼女たちに何かあれば……」


「魔王が黙っていないでしょうな」


その言葉で、

会議場の空気はさらに重くなる。


すでに情報は入っていた。


魔王の軍団が、

国境地帯に駐留していること。


エステルの訪問期間中に合わせた、

露骨な示威行為。


もし、

エステルと子どもたちに変事が起これば、

激怒した魔王が軍を進める可能性は高い。


その瞬間、

ガメルの脳裏に

一人の男がよぎった。


(……まさか、マハトラか?)


悪鬼マハトラ。


態度は気に入らなかったが、

能力だけは認めて

魔王城へ送り込んだ男。


魔王を排除し、

適当な傀儡を立てる計画。


いわゆる、

魔王城接収プロジェクト。


その中心にいた男だ。


だが、

ある時期から

彼の動きは妙になっていた。


(まさか……

クル家を潰し、

次の総統の座まで狙っているのか?)


そう考えると、

すべての辻褄が合うようにも見えた。


だが――


ガメルはすぐに首を振った。


(いや。

今ここで魔王妃が死ねば、

魔王城にいるあいつも無事じゃ済まん)


危険すぎる。


いくら狂っていても、

自分の首まで一緒に賭けるような真似を、

このタイミングでするとは思えなかった。


ガメルは奥歯を噛みしめる。


犯人は誰だ。


(いったい誰が、

こんなことを仕掛けた!)

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