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第103話 その訪問が、ただの親善で終わらないことを私はまだ知りませんでした

「私が取り計らいましょう」


自信ありげに言うマハトラ。


「いいわ!」


やっぱり、

マハトラってこういうところが頼もしいのよね。


「ですが、エリン様と双子の方々も、やはりご同行なさるのですか?」


マハトラが、

子どもたちも一緒に行くのか尋ねてきた。


「うーん。それが悩みなのよね……」


本当に悩ましかった。


今回は、

魔王が一緒に行けない。


結局、

私一人で行くことになる。


そこへさらに子どもたちまで連れていくとなったら、

魔王がひどく心配するかもしれない。


「だからって、私一人で行ったら……あの子たち、黙ってないでしょうし」


一緒に行きたいって、

私にしがみついて

わんわん泣いたりしないかしら。


「魔王様とご相談なさってはいかがですか?」


「そうね」


「では、今から魔王のところへ行ってくるわ」


◆◆◆


ひょこっ。


エリンと双子が、

角から顔を出した。


「どうしよう。母上、僕たちを連れて行かないかもしれません」

「くぅぅ」

「きゃあぁ」


エリンと双子に、

緊急事態が発生した。


足をばたばたさせる子どもたち。


特に双子は、

どうしよう、どうしようとでも言いたげに、

空中で風車みたいにくるくる回っていた。


「ライカン・スロープの連中……簡単な相手じゃないですからね……」


本拠地へ入ることになる。


どんな危険があるか、

分からない。


「僕たちも絶対に一緒に行かないと」


その時だった。


母上が出ていった直後から、

マハトラとルウェンが

言い争っているような声が聞こえてきた。


(今は、あっちを気にしている余裕はありません)


エリンは

下の二人を連れて、

母上が向かった父上の執務室へ急いだ。


◆◆◆


「マハトラ長老。いったい何を考えているのですか? 魔王妃の訪問を進めるなど」


「今回の件は私の独断で処理します。あなたに迷惑はかかりませんよ」


「どうしてそこまで、魔王妃にへりくだるのです?」


ルウェンが、

もう我慢できないという顔で言った。


「誤解ですよ。私はいつだって、最も合理的な判断をしているだけです。いずれ、あなたにも分かるでしょう」


マハトラは両手を上げて、

落ち着けと言わんばかりの態度を取った。


「っ……」


「私は長老会に送る書簡を書きます。あなたは教育事業に集中しなさい。これは命令です」


「……分かりました」


ルウェンは、

その場を立ち去った。


マハトラは鏡を見ながら、

眼鏡をかけ直した。


里のことを思い浮かべた瞬間、

古い記憶が蘇り始める。


◆◆◆


「ごほっ……」


「兄さん、死なないで。死んじゃだめだ」


雨に打たれながら、

金髪の少年が泣いていた。


兄と呼ばれた少年の口元からは、

血が流れ続けている。


二人のそばには、

大きな魔物が倒れていた。


それと戦って、

こうなったのだ。


「マハトラ……お前は、頭がよくて……力もある。青年団でも……きっと成功できる……」


「うぅ……っ」


「もう遅れる前に……早く行け……これが最終試験なんだから。今なら……合格できる……」


「僕一人じゃ行けないよ……兄さん、いつも言ってたじゃないか。僕たちは一緒に行くんだって……」


「絶対に……生き残れ」


どさっ。


「うああああっ!」


マハトラは、

雨の中で声を上げて泣いた。


第三セクター。

最終地点。


「ほう。ぎりぎりだが合格だ」


教官らしき男が、

時間を確認しながら言った。


「やはり、

あれを相手にする方法は分かっていたようだな」


二人のうち、

どちらか一人は死ぬしかない。


判断が遅れれば、

二人とも死ぬ。


そんな試験だった。


自分が死にたくなければ、

強い者は弱い者を切り捨てるしかない。


それができるかどうかを試す、

最後の区画だった。


各セクターの難易度は、

教官の裁量で調整できた。


そしてあの男は、

最後の試験の難易度を

ひどく悪辣に調整したのだ。


「弱い者は死に、強い者は生き残る。それがこの世界のルールだ」


教官の言葉に、

マハトラは歯を食いしばった。


兄は、

そうしなかった。


マハトラよりずっと強かったのに。


弟である自分を守って、

死んだのだ。


「早く動け。時間がない。お前たちは、このまま前線へ投入される」


第三セクターまで突破した子どもたちが、

一か所に集められた。


当時、

ヴァンパイア一族との戦争の真っ最中だった。


青年団を出たばかりの者たちが、

そのまま前線で戦うことになる。


「思う存分、敵を殺せ。それがお前たちの存在理由だ」


生き残った子どもたちは、

戦争で大きな武功を立てた。


終戦後も、

マハトラは青年団出身の優秀な人材として

順調に出世していった。


やがて長老の座に就き、

魔王城へ派遣される任を受けた。


おそらく、

自分の人生における最後の任務になるはずだった。


(あの女が、魔王妃?)


正直、

その女にはあまり興味がなかった。


誰も信用できないこの場所で、

自分はただ一族の利益のために動けばいい。


そう思っていた。


だが――


魔王妃の言葉を聞いた時、

すべてが変わった。


――仲間と共にあるという気持ちが必要なの。

――信頼の土台は、苦しい時に助け合うことよ。弱いとか、不要だとか言って平気で捨てるなら、信頼なんて絶対に積み上がらないわ!


兄がかつて自分に言ってくれた言葉を、

ここで再び聞いたのだ。


その瞬間、

すべてが変わった。


(ライカン・スロープ一族が追い求める“強さ”の意味を、徹底的に壊す。そして、本当の強さとは何かを明らかにする)


それこそが――


自分が、

悪鬼マハトラとまで呼ばれながら

生き残ってきた理由なのだと。


そう思えた。


◆◆◆


魔王の執務室。


私は、

さっきの話を彼に伝えた。


長老の立場にいるマハトラが

協力してくれるなら、

訪問そのものに問題はなさそうだった。


「それはよかった。私も行きたいところだが……」


魔王の机の上には、

大量の書類が積み上がっていた。


私たちがヴァンパイアの里へ行っていた間に、

仕事がどっさり溜まっていたのだ。


最終決裁を要する案件が、

山のようにある。


魔王には、

やるべきことが多すぎる。


しかも今回は、

ヴァンパイアの里の長としての親善訪問だ。


魔王が同行するための、

うまい理由もなかった。


「気をつけて行ってこい」


魔王が、

私の手を握った。


荒れた大きな手。


でも、

とても頼もしい。


「大丈夫ですよ。むしろ、こうして表向きに行く方が安全ですから。ただ、問題は……子どもたちがママと一緒に行きたがっていて」


「それは、少し……まだウムカウテを終えたばかりの子と、まだウムカウテも迎えていない子たちだからな……」


やっぱり。


予想どおり、

魔王は子どもたちの同行にあまり乗り気ではなかった。


「心配しないでください。私がちゃんと見てますから」


私は、

子どもたちから絶対に目を離さないと約束した。


「この前のヴァンパイアの試練の時だって、私、ちゃんと子どもたちを守れたでしょう? 怖くて震えるような思いはさせません」


結局、

魔王も了承してくれた。


子どもたちも、

一緒に行くことになった。


その時、

扉の外から歓声が聞こえた。


「もう、この子たちったら」


私は扉を開けた。


「ママ」

「くぅぅ」

「きゃあぁ」


エリンが

下の二人を乗せたベビーカーを押しながら立っていた。


にこにこしているエリンと双子。


「ありがとうございます」


エリンが、

父上を説得してくれてありがとうと

お礼を言った。


双子も手を上げて、

ばんざいしている。


「エリンが下の二人をちゃんと見てくれてるから、そのご褒美よ。でも、他の一族の里へ行くんだから気をつけないとだめよ。ママのそばから離れないこと。いいわね? 危ないことがあったら困るんだから」


何より大事なのは、

いつだって子どもたちの安全だ。


私が、

ちゃんと守らなければならない。


「はい!」

「きゃはは」

「くぅぅ」


エリンと双子が、

元気よく返事をした。


マハトラがうまく手を回したのか、

訪問要請への返答は一週間で届いた。


ヴァンパイア一族の長としての親善訪問。


休戦交渉のために国境地帯で会ったことはあっても、

こうして正式に訪れるのは歴史上初めてだという。


夜明け前。


どん、どんと響く太鼓の音とともに、

魔王城の正門から

私と子どもたちを乗せた馬車が動き出した。


左右には、

武装した騎士たちが護衛についている。


続けざまの外遊。


魔王城を空けすぎだと、

誰かに文句を言われたりしないかしら。


その時、

マハトラが私たちを見送っていた。


あの奇妙な笑み。


その時の私は、

あの笑みにどんな意味があるのか知らなかった。


彼がライカン・スロープの里に、

どんな“通達”を送ったのかも。


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