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第101話 ようやく一息つけたのに、まだ終わっていませんでした

エリンが、

豪奢な皇帝の冠をかぶっている。


その即位式に合わせて、

ずらりと並ぶ無数の魔族たちと文武百官。


それを見守る、

私と魔王。


きっと、

ものすごく誇らしいはずだ。


もしかしたら、

私はハンカチを取り出して、

わんわん泣いてしまうかもしれない。


隣では、

統治権を譲った魔王が

そんな私を慰めてくれて。


その後は、

魔王と私は面倒なことに振り回されることもなく、

いちゃいちゃ仲良く過ごすのだ。


「母上?」


「あ。うん」


ぼんやりしていたことに気づいたエリンが、

声をかけてきた。


「いい考えだと思います」


私は、

エリンの意見を受け入れた。


でも、

問題があった。


私の母であり、

魔王にとっての義母上でもある。


真祖。


「嫌だ。皆殺しにして、最初から作り直す」


いやいや。

子どもが玩具を全部捨てるって話じゃないんだから。


本気で、

まとめて皆殺しにするつもりらしい。


そうなったら、

ヴァンパイア一族が昔の勢力を取り戻すまでに、

どれほどの時間がかかるか分からない。


今はもう、

昔とは違う。


競合相手になりうる他の魔族も多いし、

人間との戦争も真っ最中だ。


もちろん、

これまであいつらがやってきたことを

そのまま見逃すつもりはない。


でもそれは、

あくまで間引きだ。


反逆を企んだ者、

魔王に無礼を働いた者。


そういう連中を見つけて始末し、

その後で新しいヴァンパイアの里に作り替える。


私が望んでいたのは、

せいぜいそのくらいだった。


なのに、

あいつらが真祖を怒らせすぎたみたいだ。


「お母様。わざわざ一族もあいつらも全部殺す必要はないと思うんです。問題を起こした連中だけ選んで処理する方がいいんじゃないでしょうか?」


私はにこにこしながら、

真祖を説得しようとした。


「嫌だ。全部殺す」


頑固だった。


大変だわ。


私の言うことが、

全然通じない。


どうしよう。


◆◆◆


「生きたいなら、

生かしてやる理由を言ってみろと言っている」


真祖はもう、

最初から皆殺しにする気でいるらしい。


猫が鼠をいたぶるみたいに、

じわじわと連中を追い詰めていた。


しゃらっ!


「ぎゃあああっ!」


許された五分が、

終わった。


残りの連中も、

燃え始める。


消えない炎。


あいつらが完全に消えるまで、

燃え続けるのだろう。


残ったのは、

最初からぴったり地面に伏していた二人だけ。


「エリン」


私はエリンに向かって、

そっとウインクした。


あなたたちが出て、

おばあさまを止めてみて。


そう合図すると、

エリンが下の二人を連れて動いた。


「アイリスおばあさま。全員殺すと、あとが大変になりそうです」


「くふふふ」

「きゃふふ」


双子も真祖のそばをくるくる回りながら、

甘えるように声を上げる。


「あとが大変?」


「今、戦争中なんです」


「戦争中? 関係ない」


真祖は、

ふいっと顔をそむけた。


子どもたちが頼んでも、

駄目なものは駄目。


そんな態度だった。


その時、

エリンが双子と何やらこそこそ話し始めた。


一瞬、

エリンの表情が固くなる。


けれど仕方ないとでも思ったのか、

小さくうなずいた。


しゃらっ。


「……え?」


向こう側に、

遮断壁ができた。


エリンが魔法で作ったのかしら。


上手だわ。


こちらからは外が見えても、

外からはこちらが見えないはず。


維持時間は、

十数分くらいかしら。


つまり、

ここで起きることを見られるのは

真祖と私たち家族だけ。


「アイリスおばあさま、怒るのやめてください」


その次の瞬間。


エリンと双子が、

“おばあさま大好き”ダンスを踊り始めた。


とんとん。

両手を右へ回して上下。

足踏み。


両手を左へ回して上下。

また足踏み。


三人でぴたりと息を合わせた、

リズムとダンス。


アイリスおばあさま、大好きです。

いつまでも元気でいてください。

アイリスおばあさま、大好きです。

頑張ってください。私たちがいます。

やらやら やらくん。

やらり やらら。

私たちは魔王城のかわいい子たち。

エリンと下の二人。

アイリス山に来られてうれしいです。

おばあさま、大好きです。

やらやら やらくん。

やらり やらら。


韻も、

リズムも、

妙にしっかりしていた。


いつの間に、

こんなの作ったの?


エリンが真ん中に立って、

左右に双子。


特にエリンは、

まるで何かが乗り移ったみたいに

すごく上手に踊っていた。


あんな才能があったなんて?


将来、

アイドルにでもなれそうじゃない!


……とはいえ。


残念ながら、

真祖は相変わらず無表情だった。


あんなに可愛い子たちを見ても、

あそこまで無反応なんて……ん?


真祖と私は、

本体と分身の関係だ。


だから、

どこかで繋がっている部分がある。


どきどき。


真祖の心が伝わってきた。


表では体面を気にして無表情を保っているけれど、

内心はもう、

ものすごくどきどきしていた。


生まれて初めて見る、

孫たちの愛嬌。


おばあさま大好きダンス。


あれを見て、

平然としていられるわけがない。


本音ではきっと、

ああもう可愛い子たち!

そう言って撫で回したいのだ。


でも、

拳をぎゅっと握って耐えていた。


ちらっ。


その時、

真祖が私を見た。


余計なことを喋るな。


そういう意味だった。


大丈夫。

黙ってます。


やがて、

子どもたちの

“おばあさま大好き”ダンスが終わった。


アンコールを叫びたくなるくらいだった。


「まあ、ひとまず話くらいは聞いてやろう。言ってみろ。今の島の状況はどうなっている?」


「はい!」


私は目を細めて、

子どもたちに感謝した。


あなたたちのおかげよ。

大好き!


エリンと双子のおかげで、

真祖はひとまず話を聞いてくれる気になった。


まだ真祖は、

今の島の状況を知らない。


私は、

アトランティス島が人間の世界へ来てしまったことを

真祖に説明した。


「妙なことになっているな」


「だからこそ、今はすべての魔族が力を合わせて戦争に備えなきゃいけないんです」


「ふむ。ふむ。まあ、一族はそれでいいとしても、私の命令に背いた連中を生かしておくのは面白くないが……」


自分の命令に逆らい、

純血のヴァンパイアを魔王家へ送った。


「お願いします。アイリスおばあさま」

「くふふ」

「きゃふふ」


エリンと双子が再びせがみ始めると、

真祖はついに、

仕方ないと言わんばかりに承諾した。


周囲を遮っていた結界が解かれる。


「機会をやる」


真祖のその言葉に、

伏していた二人は露骨に安堵の表情を浮かべた。


「エステルを長として認め、里を作り直せ。その結果が気に入れば、生かしてやってもいい」


真祖の許可が出ると、

私はすぐに二人へ問いかけた。


これまでの清算と、

新しいヴァンパイアの里の始まり。


その第一歩だ。


「私を一族の長として認めますか?」


「エステル様を長として認めます」

「エステル様を長として認めます」


バチバチッ!


その瞬間、

アイリス山から噴き上がっていた光が、

ゆっくりと鎮まっていった。


完全に、

試練を突破したのだ。


◆◆◆


「きゃはは」

「くはは」


双子と一緒に遊んでいる真祖。


その横では、

エリンも微笑みながら一緒にいた。


見ているだけで、

本当に誇らしい気持ちになった。


最初は子どもたちに無関心だった真祖が、

今では子どもたちと驚くほど息ぴったりなのだ。


けれど、

そうなると新しい問題も出てきた。


「ええと、お母様。そろそろ私たち、帰らないと……」


もうここで、

三日も過ごしていた。


ヴァンパイアの里で処理すべきことは、

ひとまず片がついている。


新しい長としてやるべきことも、

ひと通り目処はついた。


そろそろ魔王城へ戻る時間だった。


「私の孫たちを連れて帰るだと? 駄目だ」


「きゃあ!」

「くぅぅ!」


双子は、

アイリスおばあさまと離れたくない!


そう言いたげに真祖へぴったりくっついた。


エリンはどうしよう、

そんな顔で立っている。


「いや、その……」


あの子たち、

私の子でもあるんですけど?


もう、

そろそろ家に帰らないといけないのに。


真祖はすっかり、

孫に甘いおばあさまになってしまった。


子どもたちをつかまえて、

離そうとしない。


◆◆◆


帰りたくないと駄々をこねる双子を

どうにか宥めて、

エリンに任せて馬車へ向かわせた。


魔王も、

ギルガオンや部下たちに命じて

部隊を整えさせている。


もうすぐ出発だ。


「ありがとうございます、お母様。また来ますね」


真祖の表情は、

固いままだった。


子どもたちと別れるのが寂しいから?


……違う。


今の真祖は、

ヴァンパイア一族の最高指導者であり、

事実上の支配者であり、

そして私の母として言葉を発しているのだ。


「魔王家の連中が、お前をいびるかもしれん」


嫁ぎ先の問題。


真祖は、

それを心配していた。


あいつらが、

私――エステルを拒むのではないかと。


「もしあやつらが、恩知らずにもお前を虐げたり、冷遇したりしたら……!」


今にも戦争を起こしそうな勢いだった。


アイリス山の外へは出にくい真祖だからこそ、

余計に私の身を案じているらしい。


「それは私がちゃんと何とかします。大丈夫です。魔王がいますから」


私を大切にしてくれる夫。


彼と一緒なら、

心配はいらない。


ちょうど噂をすれば、

魔王が義母上へ出発の挨拶をしに来た。


「そろそろ失礼します」


「そうか」


相変わらず冷たい口調ではあったけれど、

それでも以前よりはずっとましだった。


「アイリスおばあさま! また来ます!」

「くぅぅぅ!」

「きゃあ!」


エリンと双子が、

真祖へ向かって手を振った。


馬車の窓から、

いつまでもアイリス山を見つめる子どもたち。


本当に名残惜しいのだろう。


しばらくして、

子どもたちは眠った。


ひどく疲れているようだった。


アイリスおばあさまと遊んで、

元気を全部使い切ってしまったのかしら。


真祖が、

こんなにも子どもたちの面倒を見てくれるなんて。


むしろ、

私よりずっと上手に遊んでくれていた気さえする。


「子どもたち、アイリスおばあさまと離れたがらなくて大変だったけど……そのうちまた会えますよね」


私は子どもたちに毛布をかけてから、

魔王と今後のヴァンパイア一族について話し始めた。


「真祖様がいてくださるおかげで、話はずっと進めやすくなった」


「ええ」


真祖を崇める者たちからすれば、

それは生きた神の帰還にも等しい。


長である私も、

結局は真祖の代理人のようなものだった。


そのおかげで、

ドソンとルピオルが新たに十二座会議体を組み直し、

体制を安定させる作業はかなり早く進められそうだった。


ただし、

以前の三人衆の派閥による反発は残っている。


それを完全に抑え込むには、

もう少し時間がかかりそうだった。


「一番いいのは、一族の内側で片づけることだな」


「そうですね」


魔王軍の介入を避けられるなら、

そうするべきだった。


魔王軍が手を出せば、

外部勢力の介入だと見なされて、

あとあとまで恨みが残るかもしれないからだ。


「お前を殺そうとしたあの男は公開処刑になったから、もう問題はない。だが、厄介なのは内通者どもだ」


子どもたちが起きている時にはしにくい話。


でも今は眠っているから、

魔王ともこういう話ができる。


ライカン・スロープと手を組んでいた連中。


三人衆が死んだせいで、

決定的な証拠を見つけるのは難しくなっていた。


とはいえ、

ヴァンパイアの里の件は片づいた。


なら残るのは、

ライカン・スロープ側の反逆者たちだけ。


今度は、

あちらを潰す番だった。


「んん……ママ」


「エリン、起きたの?」


「アイリスおばあさま、また会えるんですよね?」


「ええ。もちろんよ」


双子のウムカウテも、

もう遠くない。


あの子たちがウムカウテを迎えたら、

またアイリス山へ行こうと思っていた。


私は、

眠っている双子を見た。


互いの翼を寄せ合うようにして眠っている、

小さな子たち。


いったい、

どんなふうに育つのかしら。


この子たちのウムカウテが、

楽しみだった。


双子の変化。


あの子たちがウムカウテになると、

翼はほとんど消える。


そう聞いている。


だとしたら、

お母様みたいに。


必要な時だけ、

あとから翼が噴き出すように現れる構造なのかしら。


血を受け継いでいるのだから、

きっとそうなる気がした。


翼を広げる姿を見た時、

本当に格好いいと思った。


私にも、

あんな翼があったらいいのに。


ばさっと広がる様子は、

まるで天使みたいだった。


その時、

双子が何だか楽しそうな夢でも見ているのか、

ふっと笑った。


それから少しして、

二人で手を伸ばしながら

小さく声を漏らす。


夢の中でも、

二人で競走でもしているのかしら。


ウムカウテになったら、

きっとものすごく走り回るようになる。


魔王城はかなり騒がしくなるだろうけど、

それでも早くその日が来てほしいと思った。


その時だった。


ようやく、

待ちに待った反応が返ってきた。


(炎の魔人。目を覚ましたんですか?)


ずっと沈黙していた彼が、

ついに動き出したのだ。


(じゃあこれで、魔王の“削除予定”はなくなったんですよね?)


私は得意げに問いかけた。


でも――


(いいえ。それはそのまま予定されています。ただし、時期が少し遅れただけです)


(ええっ)


私の表情が、

固まった。


(どうして? なんで?)


(ライカン・スロープのせい?)


反乱の二本柱。


ヴァンパイアと、

ライカン・スロープ。


ヴァンパイアの問題は解決した。


でも――


まだライカン・スロープは終わっていない。


あいつらが抱えている、

魔王暗殺計画と反乱の企み。


それを消さなければならなかった。


(どうしよう……)


(接点もないし、内部情報もない)


(ヴァンパイア一族を屈服させた時とは、まるで条件が違う相手だわ)


決定打になる策が、

まったく思い浮かばなかった。


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