第100話 気づけば私は、ヴァンパイア一族の長になっていました
魔王の視線が、
新たに現れた者たちを順に追っていく。
十二座会議体のヴァンパイアたち。
エステルが試練に挑むためここへ来た時には、
影も形も見せなかったくせに。
今になって、
ようやく姿を現した。
来たのはそのうち十名。
残る二名は、
まだ上っている途中らしい。
(やはり、いざとなればこうするつもりだったか)
万が一、
エステルが本当に成功したなら。
力ずくで屈服させ、
族長の座を継げないようにするつもりだったのだ。
「本当に成し遂げたのか、
確認しに来たのだ」
その言葉を聞いて、
魔王が山頂を指さした。
「通過した。あれがその証拠だ」
伝説にある通りの現象だった。
それ自体は、
もともと彼らが語っていたことでもある。
だが、
連中は鼻で笑った。
「どうせ、
何か細工でもしたのだろう」
「細工だと? 今、私の妻が偽って試練を突破したと言ったのか!」
あまりにも無礼な物言いだった。
魔王の声が、
低く荒くなる。
怒りが、
一気に込み上げた。
「それを確かめたい。エステルをこちらへ呼べ」
「我々が自ら里へ連れて行って、確認する」
魔王は、
それをきっぱり拒んだ。
何をどう信用して、
妻をあんな連中に預けられるというのか。
「そこまで理不尽を押し通すのなら、魔王に対する反逆と見なしても構わぬな? 私が関わった以上、もうヴァンパイアの里の内輪揉めでは済まない」
「ちっ。偉そうに」
「我らの推戴があったからこそ、魔王になれたくせに」
「ここでは我々が法だ。お前が魔王だろうが何だろうが、知ったことではない」
ついに魔王が、
怒りのままに連中とぶつかろうとしたその時。
義母上――真祖が姿を現した。
(いつの間に……)
魔王は思わず目を見開いた。
魔闘気を広げ、
周囲の気配は完璧に把握しているつもりだった。
それでも、
真祖の動きだけは捉えきれなかったのだ。
「お前、弱すぎる。あそこにいる連中なら七人くらいまでは始末できるだろうが、それ以上は厳しい。そんな弱さで、どうやって我が娘を守るつもりだ?」
真祖の見立てでは、
魔王は一対七なら勝てる。
それも、
ヴァンパイア一族の最強格を相手にして、だ。
だが、
それでも真祖の目には足りなかった。
「申し訳ありません」
魔王は、
反論できなかった。
そう言われても仕方がないほど、
真祖と自分の間には戦力差があった。
「まあ、実際のところ私が強すぎるのだがな。あいつらをまとめて相手にするのは、普通の魔族には簡単なことではない」
ひどく自信に満ちた声だった。
「お前は子どもたちを連れて下がっていろ。それから……エステルの隣にはくっつくな。少し離れていろ」
我が娘といちゃつく姿など、
絶対に見たくない。
そんな顔をしていた。
◆◆◆
真祖が現れると、
十二座会議体のヴァンパイアたちは露骨に動揺した。
「本当に真祖なのか?」
「まさか」
「あれが真祖だなんて」
「い、いや……ですよね?」
「お前たちが今の十二座会議体か。二人足りぬな」
真祖が、
彼らに問う。
「……」
だが、
連中は返事もせず、
ただその場に立ち尽くしていた。
その時、
残る二人がようやく到着した。
「真祖様……!」
「真祖様にお目通り叶うとは」
二人は真祖の姿を見るなり、
全身を地面にぴたりと伏せた。
両手を前に揃え、
頭を垂れ、
長く身を投げ出す。
最上位の存在に対してのみ捧げる礼だった。
「ほう? まだあの礼法を知っている者がいるのか」
それは遥か昔、
初代魔王と話していた時に半ば冗談で作ったものだった。
それが今なお、
受け継がれていたのだ。
「なっ、ドソン公!」
「ルピオル公!」
「どうしてそんなことをする!」
あの姿勢は、
まさしく“奴隷の礼”だった。
主にのみ捧げる礼だった。
その時、
ドソンがわずかに顔を上げ、
他の者たちへ怒鳴った。
「あなたたちこそ何をしている! 真祖様の御前だぞ!」
いかに十二座会議体が
ヴァンパイアの頂点に立つ組織だろうと。
真祖様は、
それと同列に並べることすらできない存在だった。
すべてのヴァンパイアの女王であり、
創造主であり、
彼らの生殺与奪を握る者。
それなのに、
あいつらは背筋を伸ばしたまま、
顔を上げて立っていた。
「なかなか頭の回る者もいるようだな」
真祖は、
ドソンとルピオルを見た。
だがやはり、
こんな状況でも愚か者はいた。
「我々を皆殺しにすると?」
「たとえお前が真祖だろうと、我々に向かってそんなことを言うとは!」
「こうなれば、こちらも黙ってはいられん!」
三人のヴァンパイアが、
殺気を放った。
十二座会議体の中でも、最大勢力を誇る“三人衆”だ。
ヴァンパイア一族がここまで腐ったのは、
あの三人の専横が最も大きな原因だった。
「いかに真祖といえど、こんな戯言は許せん」
「その通りだ」
「やってやろうじゃないか!」
三人が、
真祖へ襲いかかった。
◆◆◆
(うっ……これ……)
思わず、
体がびくりと震えた。
とてつもない威圧感が、
周囲に広がる。
やっぱり、
アンシエントヴァンパイア。
十二座会議体。
ただ上に立っているだけではない。
あの三人が動いた瞬間、
周囲の空気そのものが変わった。
子どもたちが心配だった。
その時、
エリンが下の二人を両脇に抱えるようにして、
さっと後ろへ下がるのが見えた。
本当によかった。
ママに言われた通り、
ちゃんと下の二人を守ってくれている。
すっ。
魔王が私を抱き寄せ、
後ろへ引いた。
戦いに巻き込まれないよう、
自分の腕の中へ囲い込む。
あたたかな胸に包まれて、
私はようやく少し落ち着けた。
「ふん! やはり隙がないな」
真祖の声が聞こえる。
エステルの隣にいるなと言ったのに、
魔王がそれを無視して私を庇っているから、
ぶつぶつ言っているのだ。
「よそ見している場合か!」
「そんな余裕はないはずだ!」
「死ね!」
鋭い攻撃が、
真祖を貫いた。
「お母様!」
私は思わず叫んだ。
魔王も驚いていたし、
子どもたちも
アイリスおばあさま!と叫んでいた。
バキバキッ!
真祖の周囲に、
氷柱が一斉に立ち上がった。
「あれは……?」
少しして、
真祖が氷柱の間から姿を現した。
「この程度の雑魚が、私の相手になるものか」
真祖が、
ぱんぱんと手を払う。
驚異的な戦闘力だった。
圧倒的。
「わあ。一瞬で凍りましたね」
エリンが、
隠しきれない驚きを漏らす。
三人衆はそのまま、
氷柱の中へ閉じ込められていた。
「アイリスおばあさま、大丈夫ですか?」
「あやつらの攻撃など、私の服をかすめる程度にしかならぬ」
「瞬時に体を組み替えたんですね。すごいです」
攻撃を受けた瞬間、
真祖の体は塵のように崩れ、
そのまま攻撃を受け流していた。
「お前、それが見えたのか? 目がいいな」
なかなかやる、
そんな口ぶりだった。
なぜか私まで、
少し誇らしくなる。
やっぱり、
子どもが褒められるのは嬉しいものだ。
「じゃあ、あいつらはこれからどうなるんですか?」
エリンの問い。
このまま凍らせたままにするのか、
それが気になったのだ。
「こうなるのだ」
真祖が、
指を鳴らした。
ぱききっ!
氷が割れた。
その瞬間、
奴らの体が外へ放り出される。
死んだの?
いや、
違った。
寒さに強いヴァンパイアのしぶとい生命力で、
まだ命は繋がっていた。
私は、
真祖がどう始末するのかを見守った。
真祖を激怒させた罪は重い。
きっと、
楽には死なせない。
◆◆◆
「うあああ……!」
「ひっ……!」
「た、助け……!」
震えながら転がる三人衆。
まさに、
凍死寸前のところを外へ叩き出されたようなものだった。
「簡単に死ねるなどと思うな」
「どうかお許しを……!」
「我らは、真祖様と知らず……!」
「どうか、お助けください!」
ようやく事態を理解したらしい。
だが、
もう遅い。
ぶわっ!
「ぎゃああああっ!」
絶叫が響いた。
自然発火――
ではない。
真祖が起こした炎だった。
十二座会議体の三人衆は、
全身を炎に包まれ、
焼かれながら灰になっていく。
「消えぬ炎だ。強靭な生命力を持つお前たちにとって、最も苦しい死に方だろう」
その光景を見た残りの十二座会議体のヴァンパイアたちは、
気絶しそうなほど震え始めた。
ヴァンパイアが味わいうる最悪の苦痛。
それを今、
あの三人は受けている。
しかも、
かなり長い時間をかけて。
「さて。次はお前たちだ」
真祖が、
残る十二座会議体の者たちを見た。
「ひっ……!」
連中は悲鳴を漏らし、
慌てて頭を擦りつけた。
自分たちが、
どれほど危険で、
どれほど愚かなことをしたのか。
今になって、
ようやく理解したのだ。
全身を締めつける恐怖。
もはや、
強い弱いの問題ではなかった。
最初から、
抵抗そのものが不可能だったのだ。
真祖が死ねと言えば、
死ぬしかない存在。
それが、
彼らだった。
「お前たちを殺した後、残る一族もすべて殺す。最初からやり直すつもりだ」
真祖の怒りは、
予想よりずっと深かった。
エステルもその言葉を聞いて、
目を丸くする。
一族そのものを消し去る。
完全なリセット宣言だった。
一族の滅亡。
真祖なら、
本当にやれる。
「真祖様! で、ですから我らは……くっ」
「黙れ」
真祖の命令。
その瞬間、
彼らの口は閉ざされた。
(どうしてこんな……)
(声が出ない……!)
真祖が、
“話すことを許さなかった”のだ。
言い訳など、
聞く気はなかった。
そして今度は、
最初から地面に伏していた二人へ視線を向けた。
「お前たちには特別に発言を許そう。言いたいことがあるなら言え。なぜ私が十二座会議体と一族を滅ぼしてはならぬのか、な」
「五分やる」
すると、
ルピオルが即座に叫んだ。
「ヴァンパイアの長たる御方よ! どうか一族と、あなたのしもべたちをお救いください!」
「私が?」
“長”と呼ばれて、
エステルはその時ようやく思い出した。
試練を突破したことで、
自分が一族の長になったのだと。
子どもたちが突然洞窟に現れたせいで、
あまりに驚いて、
すっかり頭から抜けていたのだ。
「我らは、エステル様が直々に統治なさるには煩わしい部分を代わりに担う者です。便利なしもべと言ってよいでしょう。何なりとお命じください」
自ら身を低くし、
エステルの“しもべ”だと名乗る。
十二座会議体だの何だのという威張りは、
もう欠片も残っていなかった。
真祖の出現によって、
そんなものは一切無意味になったのだ。
「それに、長であられるエステル様が治めるべき一族そのものが消えてしまえば、それもまた惜しいことではありませんか。どうかご再考を」
ドソンにはとても言えなかったであろう言葉を、
ルピオルは滔々と並べ立てた。
「じゃあ、あいつらも?」
エステルが手を伸ばし、
口を封じられている連中を指した。
あいつらも助けろ、
という意味か。
「いいえ。管理役は我ら二人で十分です。数が足りなければ、新たに十人選べばよいだけのこと」
ルピオルが、
にっこり微笑んで言った。
他の奴らなど、
知ったことか。
そんな態度だった。
自分たちを切り捨てる気だと分かって、
他の者たちは何か言おうとした。
だが、
口を封じられている以上、
それもできない。
◆◆◆
(そうだわ。私、試練を通過したんだった)
私は、
ヴァンパイア一族の長になった。
(でも、もともとの計画は、十二座会議体が私の言うことを聞かないのを理由にして、魔王軍を動かしてあいつらを押し流すつもりだったのに……)
予定が狂った。
あいつらの方から、
私を長と呼び、
助けてくれと言ってきている。
「うーん。どうしよう……」
こんなの、
予定になかったんだけど。
その時、
エリンが私の脇腹をつついた。
「どうしたの?」
ママに言いたいことがあるらしい。
「いい機会だと思います」
「いい機会?」
「他の連中は使い物になりません。でも、あの二人は使えそうです」
「彼らを通してヴァンパイアの里を掌握すればいいのでは?」
「母上が自分で全部治めるより、その方が楽だと思います」
「そうかしら?」
「母上が魔王城を離れるのは嫌です!」
「きゃあ!」
「くぅ!」
双子の目が、
ぱっと大きくなった。
エリンの言葉を聞いて、
本当に?
本気?
そう言っているみたいだった。
ヴァンパイアの長になったせいで、
ママが魔王城を離れてしまうかもしれない。
子どもたちは、
そんな心配をしていたのかもしれない。
「大丈夫よ。あなたたちを置いて行ったりしないわ」
私が、
これからも魔王城にいると伝えると、
ようやく子どもたちは安心した。
先に言っておけばよかった。
誤解が解けて、
本当によかった。
それに、
エリンの言う通りでもあった。
私は、
長になるということを少し軽く考えすぎていた。
地位には、
必ず責任がついてくる。
魔王を見ても、
それはよく分かる。
何もかも自分で処理しようとしたら、
とんでもなく忙しくなるはずだ。
もしかすると、
夜通し書類に判を押していたあの仕事を、
今度は私がやることになるかもしれない。
それなら、
信頼できる者を立てて、
間接的に統治した方がいい。
エリンが成長して、
完璧にすべてを治められるようになるまでは。
魔王家と、
ヴァンパイアの長の血を引くエリン。
誰にも否定できない、
最高の正統性を持つ子。
勇者に倒されて死ぬだけの、
魔王城の中間ボスなんかじゃない。
統合王朝の門を開く王。
いや、
もしかしたら――
〈アトランティス魔導帝国〉の初代皇帝にすら、
なれるかもしれない。
皇帝の冠を戴いた、
成長したエリンの姿を思い浮かべた瞬間。
私の胸は、
思わず高鳴っていた。




