開幕《Followed by clouds》⑧
「機体は去年と同じKW9ですけどぉ、AIは日進月歩で確実に向上してますからねぇ。さっきのドローンもー、逃げられた場合の保険として先に切り離しておいたみたいですねぇ? そういう予測は去年には見られなかった戦術ですよー」
笑顔で語るリコに、ヒロが溜め息混じりに言う。
「リコりー楽しそうに言ってっけどさあ……、アーマードなんて真っ向勝負で勝てない相手に読み合いまで負けてたら、マジで勝ち目無いんじゃね? ウチの連中ダイジョブなの?」
「当ったり前ですよ!」と、胸を張るリコ。
「神堂くんと杠葉さんは言わずもがな! 朱宮さんだってポテンシャルは彼ら4年生にだって負けてませんしぃ、何と言っても彼女は決して諦めない根性を持ってますからっ! 先生は皆の勝利を信じて疑わないのですっ!」
「ただの根性論かよ……」
するとマナトが「大丈夫――朱宮なら勝つさ」と呟いた。
「うへぇ、アチぃアチぃ。最初は喧嘩ばっかだったくせに、いつからそんな仲良くなったんだよ……ってまさか、お前らもう――」
ヒロの勝手な妄想をトウヤが抑えつけると、不安そうにリンが言った。
「でも実際に今の選手の殊能も効いてなかったし、爆発の目眩ましとかそういう戦術も、もうAIには通用しないんじゃ……」
トウヤもそれに頷く。
「ああ。それに仮に火力が足りたとしても、朱宮の『スルトの火』は触れたものを燃やす能力――あのチェーンガンの弾幕を掻い潜って近付くってのは、ちょっと現実的じゃないな」
「…………(大丈夫、負けるな、朱宮)」
マナトはそんな皆の心配を聞き流しつつ、黙ってモニターを食い入る様に見つめていた。
***
アサルトライフルをショルダーベルトで襷掛けに背負うと、ホノカは丁寧に深呼吸をした――僅かに曇るヘルメットが、すぐに視界を取り戻す。
「では、開始します」
係員が赤い旗を上げると、戦闘開始のブザーが鳴った。
「いきます!」
ホノカの正面、通りの400メートル先には、前の試合での着弾跡を綺麗に洗い流されたアーマード。彼女の気合いに呼応するようにその巨体が徐に歩き出した。
チェーンガンは150メートル以内で発砲してくる設定の為、命中率はさておき開幕距離であれば、アサルトライフルやスナイパーライフルで一方的に攻撃できる。しかし正面は装甲に守られており、2つしかない予備弾倉を含めて全弾を当てたとしても、その仮想ダメージから得られるポイントは低い――。それが解っていても尚、着々と縮まる距離の重圧に負けて射撃を開始してしまい、無駄に弾丸を消費して最終的に手詰まり、となってしまう選手は少なくない。
(私は遠距離なんて――やるつもりないからね!)
ホノカは通りを真っ直ぐアーマードに向かって走ると、フェイスモニターに表示された敵との距離が150を切る直前で、近くの建物の陰に飛び込んだ。そこはアーマードが進入するには狭い路地。
(まずはあの弾丸の嵐を止めないと――!)
チェーンガンを銃で破壊判定にしてから近付き、近接攻撃の最大火力で倒す、というのがホノカの作戦である。
モーターの駆動音と重々しい歩行の響きが近付いてくると、ホノカは隠れていた建物の1階にある横窓を抜けて、更に隣の路地へ。そして彼女が今まで潜んでいた所にアーマードが辿り着き、路地に銃口を向けた瞬間を見計らって、ホノカが飛び出す――アーマードの側面、距離は30メートル弱。
(これで獲っ――!?)
ホノカが引き金に指を掛けたと同時に、アーマードの片側の銃口だけが彼女を向いた。
「くっ!」
ホノカの射撃とアーマードの射撃が交差する――ホノカの射撃は狙いが逸れ、装甲に護られた分厚い胴体へ。逆にアーマードの弾丸はホノカのライフルを弾き飛ばし、肩を掠めた。そのまま流れるように彼女を追う銃撃から、ホノカは全力で駆け抜けて再び建物の陰へと逃げ込む。
(まさか、読まれてたの?!)
そう判断したホノカだが、実際にはアーマードは胴体の左右斜め後方にあるカメラで、彼女の姿を確認してから銃口の向きを変えたのである。機械ならではの捕捉から照準変更の動作が速過ぎるせいで、彼女にはそれが予測されたように感じたのであった。
(肩が――動かしづらい……)
僅かに掠っただけなのでスーツの硬直と発熱はそれほど大きくはなかったものの、腕を上げようとすると右肩が少し支える感じがした。
(どうする――どうする?)と、自問するホノカ。
早々にメイン武器を失った状態では、当初のプランなど遂行できようはずもない。しかし諦めるなどという選択肢が彼女にあろうはずもなかった。
(ハンドガンの威力でチェーンガンを壊すのは――でも、やるしか!)
意を決したホノカは、眼前の建物の壁に手を触れて小さな火種を作ると、隣にある4階建ての集合住宅の裏手に廻った。そしてそういった建物に当然あるべき非常用の外階段を見つけると、迷わず3階まで駆け昇り部屋に入る。通り側の窓辺に身を寄せて、その下にいるアーマードを見下ろす。
(この高さなら――)
このKW9はT字の肩に当たる部分から真下に腕が付いている構造上、横方向への射撃の自由度は高い反面、機体上方への射角はかなり制限される。彼女はそれを理解し、この位置に陣取ったのである。そしてホノカからは辛うじてチェーンガンの砲身を狙うことが出来る。
ホノカが先程壁に点けた火種を殊能で強め、1メートル程の大きな火へと変化を促すと、アーマードが反応してそちらを向いた。
(今!)
ホノカは慎重にハンドガンの照準を定め、僅かに窺えるチェーンガンに向かって丁寧に3連射――内2発が見事に命中。仮想ダメージはギリギリで停止判定に至り、チェーンガンの砲身は項垂れるように下を向いた。
「よしっ!」とホノカ――しかし一息つく間もなく、アーマードは残りの片方のチェーンガンでホノカの隠れる窓際を舐める様に掃射する。
「きゃっ!」と女の子らしい悲鳴を上げて、窓の横の壁に背を付けて隠れるホノカ。
窓から斜めに入った弾丸が、部屋の天井にペンキの缶をぶち撒けたようなペイント跡を着けた。
(部屋にいれば、KW9は入ってこれない……つまり――)
アーマードは建物の前で止まると、窓に銃口を向けたまま胴体上部のドローンを切り離した。
(ドローンが来るということっ――!)
部屋にドローンが出入り出来る箇所は、ホノカが入ってきた裏口と窓だけである。アーマードが窓側を見張っているということは、当然ドローンは裏口から入って来るだろうと判断して、ホノカは裏口へ銃を向けて待ち構える。すると――。
「!!」
彼女の予想に反して窓からの進入物があった。カコンッという軽い金属の跳ねる音。
(――催涙弾?!)
壁で跳ね返り部屋の真ん中に転がった細長い楕円の缶から、ブシュゥゥと青白い煙が噴き出した。自身が身に付けているヘルメットに防ガス機能は無い為、催涙弾が自分に効果があることを、ホノカは即座に理解した。





