開幕《Followed by clouds》⑨
しかしその時、ホノカの頭にクロエの言葉が浮かんだ。
――「自身の能力を短絡的に評価するな。発想を拡げろ。どんな殊能も使い道は一つではない」
それは合宿中にクロエが皆に言い聞かせた教訓である。
(発想を……私の殊能で出来ること――!)
ホノカは瞬時の判断で目の前の床に触れ、そこを発火させた――勢い良く立ち昇る炎が上昇気流を生み、ガスを巻き上げて窓から排気する。しかし機転を利かせたものの、ヘルメットに僅かに侵入したガスだけで、ホノカは激しく咳込んで涙を流した。そこへ、裏口からドローンが突入。
(来たっ!?)
ホノカは涙でほとんど視えない状態でハンドガンを乱射するが、当然弾丸はドローンに掠りもしない。間もなくハンドガンの弾丸が尽きた。
(ヤバっ――!)
ホノカが身を強張らせた瞬間、ドローンは高圧電流銃を射出したが、スタンガンの針はホノカの頭上の壁に弾かれた。煙によって視界を奪われているのはドローンも同じことで、一方こちらは熱センサーによってホノカを探知していた為、激しい炎で正確な位置を捕捉出来なかったのである。また上昇気流によってドローン自体が煽られたことも幸いした。
(外れた?! ――チャンス!)
ホノカはその機に素早くマガジンを交換して、スタンガンの次の射出までに撃ち落とそうとするが。
「――え?」
急いで銃を向けた先にドローンの姿は無かった。ドローンはアーマードへそそくさと戻っていったのである。
「なん……で?」
その理由は単純で、小型のドローンは機動性とバランスの都合上、積載重量が僅かしかないのである。
(そうか――アイツはカメラやセンサーがあるせいで、武器は1発分しか積む余裕が無いんだわ。だから撃ち終えるたびに、いちいち再装填をしに本体に戻らないといけない……)
ホノカは今しがた装填したマガジンを一旦取り出すと、弾倉を握り締めて目を瞑る。
「――なら、まだチャンスはあるわ。私の殊能で出来ることは……一つじゃないもの」
ヘルメットの前を一旦開けて涙を拭い、そう自分を鼓舞した彼女は元来た裏口から外に出る。そして1階まで降りると目抜き通りから更に一本裏手の細道へ――。
(ここなら……)
そこはドローンであれば少しは幅員に余裕があるが、アーマードの本体では到底入り込めない路地。彼女はそこで再び、今度はドローンを誘い出して待ち構えるという魂胆であった。
しかし大型モニターでその消極的とも思える戦術を見ていた観客からは、いかにも不満そうな声が上がった。
「なんだよあれ。戦う気無えのかよ」
「朱宮って、あの朱宮でしょ? もっと強いのかと思ってたけどなー」
「まあ今のポイントなら、ドローン落とすだけでも1位になれるしねえ……」
そんな心無い野次に「チッ」と大きく舌打ちをするヒロ。
「だったら自分で戦ってみろっつーんだよ……。なあマナト?」
「…………」
しかしマナトはヒロの声掛けに反応することも、周りの声に気を向ける素振りもない。ただじっとモニターに映るホノカの様子を見つめていた――。
一方アーマード本体と合体することでスタンガンを装填し直したドローンは、再びその鉄の発着場から飛び立った。ホノカの逃走ルートを正しく推測して、彼女の後を追う。そうして細い路地へと辿り着いたドローンは、約40メートルの距離を置いてホノカと対峙した。
「来たわね……」とホノカ。
ドローンは心電図の如く上下に波打つ様に飛行しながら、ゆっくりと真っ直ぐ、ホノカへ向かってくる。
ホノカは少し斜に構えて、フェイスモニターに表示される弾道照準をドローンに合わせて、1発、そして1発と、大切に撃つ。しかしただでさえ薄べったい機体が上下に動いている上に、元々ハンドガンの精度はそれほど高くはない。いくら撃てども弾丸は虚しく空を切るばかりであった。
(難しい――でもなんとか《《掠らせ》》ないと!)
やがて――8発、9発、10発。マガジンの装弾数は12発である。
(……残りあと2発――)
ドローンが5メートル程の距離でスタンガンを発射しようと、上下運動を止めた。
(ここッ!)
ホノカが残りの2発を連射すると1発は外れ、もう1発は下部のカメラに当たったが、ドローンの停止には至らなかった。弾丸の尽きた彼女にドローンは容赦無くスタンガンを射出し、電極針はその胸を刺した。
刹那の電気ショックを受けたホノカは、片膝を着いて崩れかかる――。観覧席の第一校から「ああ……」と口惜しむ声が漏れた。
演習場隅の警備指揮所の小さなモニターで戦闘を観ていた八重樫シュンも、残念そうに息を漏らす。
「惜しかったですね……」
しかし隣のクロエはその言葉に意外そうな顔をしてみせた。
「KW9が、か? まあ確かにAI向上の余地はまだまだあるな」
「え――?」と、シュンが聞き返す横のモニターの中では、ホノカが立ち上がっていた。
***
アーマードの胴体上部が観音開きになって、そこへ垂直に降りたドローンが合体したところで、その数メートル後方の小路からホノカが痙攣する足を引き摺りながらヨロヨロと歩み出てきた。
背部カメラでホノカを確認したアーマードが振り返る、その前に――。
「『スルトの火』!」
ホノカが手を翳して叫ぶと同時に、アーマードの巨体がガクンッと震えて、一気に燃え上がった。炎は凄まじい勢いで駆動部や関節の隙間から噴き出し、更に内側から弾ける火花とともに連鎖する爆発音。轟々と竜巻の様に立ち昇る火炎旋風は装甲板の表面を融かし、炎に包まれたアーマードはやがて、停止判定ではなく物理破壊によって完全に沈黙した。
――ここで戦闘終了のブザー。それに合わせて全ての観覧席から歓声が上がった。ホノカは緊張の糸が切れたのと、自身に残った電気ショックのダメージでその場にへたり込む。
指揮所のシュンは、モニターに映る『記録33分12秒(暫定1位)』の表示を驚きの眼差しで見つめながらもクロエに訊いた。
「一体どうやって? 彼女の殊能は直接触れなければ燃やせないはずでは? それにスタンガンも当たっていたように視えましたが……」
するとクロエ。
「簡単なことだ。予め弾丸に触れておいて、殊能を射撃でドローンに移したんだろう。掠りさえすれば、ほんの僅かでも弾丸は付着する。そしてドローンが収納された後に内部で一気に発動させたのさ。スタンガンは朱宮の身体に触れるのが解っているのだから、着弾の瞬間に炎で導線を焼き切ればいい。――あいつはタイミングが遅れて多少ダメージを受けていた様だが」
「なるほど……。しかしあの状態でよくそんなことを――。合宿の時もそうでしたが、生徒達の発想の柔軟さには驚かされますね」
「そうだな、遠隔発火は『スルトの火』の弱点を克服できるし、強みにもなる。まあアレはアレで弱点が無い訳ではないが」
そう言いながらクロエは、破壊されたアーマードがクレーン付きの重機で運び出されていくのを眺めていた。





