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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第一章 異能変
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最強《Overwhelming》⑧

 激昂する神堂クレトや、狼狽する八重樫シュンの困惑など意にも介さないクロエ。どころか彼女は、むしろ火に油を注ぐように更にクレトを煽ってみせた。


「やれやれ、軍人に覚悟を問う馬鹿がいるとは……まったく驚きだよ。こんな餓鬼が次期当主では神堂家も先が思いやられる。――なあ、八重樫?」


「え? はい――あ、いえ!(私に振らないでくださいよ……)」


「貴様――!」


 神堂家の名を出され直接侮辱されたことで、クレトの怒りは完全に頂点に達した。


 後ろのシキは変わらず高みの見物といった様子であったが、クラスメートとして4年間付き合ってきた彼ですら、クレトがそこまで感情を露わにするのを見るのは初めてであった。


(もう退くに退けねえってとこだな……。さーて、白峰クロエ(伝説の英雄)さんはどうするつもりかな? 噂の『ユグドラシルの王』とやらがどんな殊能かは知らねえが、そこはもう『ウルズの刻(最強の殊能)』の範囲内だぜ?)


 そろそろ頃合いと見たクロエが、これで止めとばかりに演技じみた嘲笑をクレトに見せつける。


「異議があるなら武力による申し立ても構わんぞ? もっともお前如きの殊能が、武力などと謳えるほど大層なものかは知らんがな」


「……上等だ。その言葉、最早撤回はできんぞ」と、クレト。綺麗な顔が鬼の形相に歪む。


 そこで見かねた生徒会長のコノエが身を乗り出した。


「神堂君! 白峰先生も待っ……」と彼女が制止に入ろうとした瞬間、しかしクレトはカッと目を見開いて『ウルズの刻』を発動した。


 ――言葉の途中で口を開いたままのコノエ。


 ――どうしたものかと困惑した表情のシュン。


 ――それらを愉しげに眺めるシキ。


 クレトを中心とした殊能の範囲内(半径20メートル)現象(時間)が止まり、その場にいた全員の動きが静止したのである。


「………………」


 止まった時の中で、いつも通りの無表情なままで直立するクロエに、クレトは徐に話しかけた。


「フェニックス勲章授受者、白峰クロエ――『ユグドラシルの王』などと大それた顕現名(なまえ)を持つ貴様も、所詮この俺の殊能(ちから)の前では無力だな」


 クレトは近くの訓練で使用していたガンタレットに歩み寄って、その脚の近くに予備として置かれていた弾倉を入れ換える。


「このタレットを貴様に向けて起動するだけで、制止解除とともに貴様は死ぬ。……最悪の可能性というのなら、貴様はこれを想定していたのか? 白峰クロエ。この俺に殺されるかもしれないという可能性を」


 ボタンを押してタレットをマニュアル起動すると、クレトはアイドリングのレバースイッチをパチリと下げる。タレットの横の黄色いランプが光り、銃身が予備回転を始めた。


「実弾を使った訓練中の事故。神堂家の圧力(私の立場を守る為)なら、誰もその真偽を問うことはできん。貴様の弟も二重顕現者らしいが、どんな殊能を寄せ集めたところで『ウルズの刻』に勝てる可能性など微塵も無い――……そう思わないか?」


 瞬きすらしないクロエに問い掛けながら、クレトは手動発射スイッチに指を掛けた――すると。


「全く思わんな」


「――?!」


 彼以外の全員が静止しているはずの世界で平然と答えたクロエに、クレトは驚愕を隠せなかった。


「確かにお前の殊能はネストどころかウイングズ(私の部隊)でも最強の部類だろう。並みの殊能者が束になってもお前には勝てない、それは同意してやるが――」


 普段と変わらぬ自然な動作で、彼に歩み寄るクロエに対し。


「何故動ける?! 『ウルズの刻』は発動しているんだぞ!?」とクレト。


 クロエの後方にはコノエ達が先程と変わらぬ体勢のまま固まっているので、確かに発動(それ)は間違いなかった。だが彼女は云う。


「私は別だよ、神堂クレト。情報体(アートマン)である我々規制官は、こちらが意図しない限り亜世界(お前たち)からの干渉を一切受け付けない。お前が情報犯罪者(ディソーダー)でない限りはな」


「なに……アートマン? 何の話だ? 一切の干渉を――だと?」


 クレトがタレットの攻撃スイッチを下ろそうとする。しかしスイッチは微動だにしない。


「そのタレットは私が止めている。『ユグドラシルの王』でな」


「なんだと――っ?!」


 ならば別の手段でと動こうとしたクレトは、その時既にタレットに手を掛けた自身も、首から下が動けなくなっていることに気が付いた。


「ついでにお前自身も止めてある。第三頸椎から下の骨格のみだが。それでも普通に会話や呼吸はできるだろう?」


「貴様っ――まさか俺と同じ……空間系の殊能者とは!」


 クレトの顔に息がかかるほど目の前まで来て、冷たく微笑んでみせるクロエ。その人間離れした美貌が逆に、彼女の存在の『得体の知れなさ』をより強く感じさせた。


「お前と同じ? ああ制止(これ)のことか。別に好きに解釈して貰っても構わないんだが、一応誤解しないように言っておこうか。……教師が生徒に嘘を教える訳にはいかないしな」


 クロエが彼女に向けられていたタレットをそっと撫でる。するとタレットは外側のパーツから徐々に分離し、それらがフワフワと浮遊して空中に留まった。


(俺の制止を上書きしながら物体操作を――?! こいつも二重顕現者か!)と、クレト。


「――『ユグドラシルの王』の内容は極めてシンプルだ」


 クロエに操られるまま、タレットはリベットひとつに至るまで全てが完全に分解され、やがて今度はそれらが再び集まり、クレトが注視する中で一塊に融合してゆく。


(非接触操作で変形をしながら変質まで……。これでは二重どころか多重顕現――クロエ(こいつ)の能力は一体……)


「私の能力は『全ての殊能の無制限使用と完全無効化』、たったそれだけ(・・・・・・・)だよ」


「な――……」


 絶句しているクレトの前で、金属の塊は熱した飴を引き延ばすように細長く変形する――やがてそれは一振りの刀と成った。


「私を止められず、私に止められているという時点でお前の疑いは晴れたんだが――折角だ、少し講義(はなし)をしてやろう。高慢な生徒に手を焼く八重樫(元部下)のためにもな」


「(疑い……?)なんのことだ?」


「こちらの話だ、気にするな」


 クロエは浮遊する刀に手を翳してその形状を微調整しながら、動けぬクレトに別の話題を切り出した。


「神堂家と塔金家は古い付き合いだそうだな? お前は塔金ヒデキを知っているか?」


「……当たり前だ。神堂は(まつりごと)、塔金は(いくさ)――時代により生じた垣根はあれど、互いに昔からこの国を支え合っている。塔金ヒデキはその歴史の中でも最も優れた軍人だった。……殉職してしまったが」


 クレトは身体の自由を奪われた歯痒さを感じ、苦々しい表情で答えた。


(優れた軍人、か……)


 クロエは刀の反りや刃紋が満足いく仕上がりになると、今度は柄や鍔の意匠に取り掛かる。


「確かに塔金(やつ)の強さは相当なものだった。私の知る限りであれを超える殊能者はいない」


「何故貴様が塔金ヒデキを……いやそうか、4年前にウイングズにいたのであれば、軍部で面識が――」


「面識というか、戦ったんだよ。塔金ヒデキ大佐は殉職――名誉の戦死ということになってるようだが、奴を殺したのは私だ。そしてお前はあの男に似たところがある」


「?! 馬鹿な……もしそうなら貴様は――」


「叛逆者か?」と笑って、横目にクレトを見る。


「逆だよ。塔金ヒデキは殊能者としての力が強過ぎたあまり、愛国心を野心に喰い潰されたんだ。まあ私は規制官の仕事で(別の目的があって)奴を倒し、結果としてクーデター(この国の危機)を防いで要らない名誉(フェニックス勲章)を得たんだが」


 機能美と造形美を追求した見事な刀を完成させると、クロエはその柄を掴んだ。


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