最強《Overwhelming》⑦
「うるせえよ、杠葉――」
ノソリと起きるシキ。――高い鼻筋に細い顎。眠たそうな奥二重の目は寝起きだからという訳ではなく生来のもの。ワイシャツを第二ボタンまで開けているのは若者にありがちなアウトローの演出とも思えたが、彼の場合はただ単に『その方が楽』というだけのシンプルな理由であった。
「ん? あ……」
シキの席からもクロエの姿が見えたので、彼は慌てて立ち上がって敬礼をした。
「おはようございます、白峰令外特佐」
「おはよう。――お前は天夜シキか。私のことは『先生』で構わない、それと敬礼もいらん。ここは軍ではない」
「失礼しました」と、シキが頭を下げた。
コノエがクロエの横顔に見惚れていると、視線に気付いたクロエと目が合った――慌てて顔を逸らしてシュンに言う。
「あの……し、神堂君……呼んで来ましょうか?」
訊かれたシュンがクロエに目で問うと彼女は首を横に振って言った。
「いや。――神堂は訓練棟と言ったな? なら丁度いい。訓練棟で取り調べでもするとしよう」
「特別……講習?」と、首を傾げるコノエ。
「着替えさせますか?」とシュンが訊くと「そのままでいい」とクロエが答えた。
***
訓練棟は中心部に運動場があり、開閉式の天井を閉じると建物全体が楕円型になる。運動場を囲むスタンド席は2万人を収容できる大きさがあるため、棟というよりはドームという呼称が相応しかった。
その運動場の真ん中で訓練用の自動射撃装置に囲まれた、グレーとオレンジの訓練用ジャージを着た生徒――その身は徒手空拳である。
ベリーショートの黒髪に中性的な整った顔。二重の瞳と長い睫毛が特に女性的だが、若いながらも見事に鍛えられた胸板は彼が男性であることを裏付けていた。
彼こそが学園ネスト第一校4年首席。名家と名高い神堂家の嫡男にして、最強の殊能の一つと謳われる『ウルズの刻』の顕現名帯者、神堂クレトである。
重機関銃に三脚が付いたガンタレットは5台。回転銃身式で後部が箱型のマガジンになっている。その設定は1秒から5秒のランダム断続射撃。運動場の外周には弾丸を防ぐ電磁防壁が展開されていた。
五角形に配置されたタレットの中心に立つクレトは、ゆっくりと目を瞑り、深呼吸をしながら神経を研ぎ澄ます――。
「………………」
シンと静まり返る運動場。そして数秒の後に、射撃開始の警告音に合わせてクレトが目を見開いた。
タレットの銃身が回転を始め、それぞれがバラバラのタイミングで次々と彼に向かって砲火を浴びせる。クレトはその射線を見切りながら流水の如く、また時には激しく俊敏な獣のように、それらの攻撃を可能な限り回避していく。そしてあわや被弾しそうになると『ウルズの刻』により時間が止まり、彼は僅かな瞬間移動でそれを避ける――。その繰り返しの内に、やがてタレットは順次弾切れを起こしていって、空転する銃身がカラカラと音を立てて止まっていった。
「……ふぅ」と、大きく息を吐くクレト。
全てのタレットが停止した時には、クレトは運動そのものでかいた汗と無人兵器ならではの容赦無い攻撃に対する冷や汗とで、全身が滝に打たれたように濡れていた。
(まだ殊能に頼らざるを得ないか……)
クレトは近くに置いてあるバッグから真っ新なタオルを取り出し、汗を拭う。
(『ウルズの刻』は最強の殊能――それを使う俺自身も最強でなければ、神堂の名に相応しいとは云えん)
クレトがジャージの上を脱いで上半身の汗を拭いていると、遠くのスタンドの横にある入り口の大きな扉が開き、シュン、クロエ、コノエ、シキの四人が入ってきた。そして彼の許に近付いてきたシュンが、ガンタレットを見て驚きの声を上げる。
「神堂、お前また勝手に――ってこれ、実弾じゃないか?! なんて危険ことを……! やるにしてもペイント弾を――」
クレトは注意が耳に入っているのか平然とタオルを首に掛け、今度は水の入ったボトルを手に取り、それを一口飲んだ。
「……実戦でも訓練用のペイント弾が使用されているなら、訓練用で練習しますよ。それに許可なら――」
顔の汗をタオルで拭ってシュン達の方を見ると、クロエと目が合った。
「これは白峰先生。おはようございます。――それに許可なら学園長に取ってあります」
「お前……そういうのはまず担任に言うものだろう。万が一の事があったらどうするつもりなんだ」
「俺に万が一なんてありませんよ」
ぬけぬけとそう言うクレトに、やれやれといった素振りで溜め息を吐くシュン。彼がその気持ちをクロエに目で訴えると、クロエが口を開いた。
「可能性を否定するな、神堂クレト。万が一を想定できないのはお前の想像力が足りないだけだ」
「――――なに?」
汗を拭くクレトの手がピタリと止まっても、クロエは淡々と続ける。
「想像力はそのまま殊能者の力になる。堂々と可能性を否定するのは、成長を諦めて無能をひけらかす愚か者のすることだぞ」
「……俺が無能? ――愚かだと?」
挑戦的な眼差しでクロエを睨みつけるクレト。
「ああ。後ろ向きになれとは言わないが、自分にとって都合の悪い可能性から目を背けるな。好事好転というのは物事が進んでいるだけであって、お前自身が進んでいる訳ではない。最悪を覚悟しそれに対応する術を考えないのであれば、愚かとしか言いようがない」
「フン、なるほど……。過去の英雄殿が突然の来訪――何かと思えば、態々下らんご高説を宣いにいらしたわけか」
タオルを投げ捨てたクレトが今にもクロエに殴りかかりそうな雰囲気であったので、コノエが心配そうに言った。
「し、神堂君……、白峰先生にそんな物言いは――」
「黙っていろコノエ。……如何に令外特佐と云えど、この俺を侮辱するということは神堂家を侮辱するのと同じことだ」
声を荒らげることはしなかったが、クレトの表情には隠し切れぬ怒りがこみ上げていた。一方で彼らから一歩後ろにいるシキは、そのやり取りを見ながらニヤニヤとしていた。
(冷静なクレトがあそこまで怒るとはな……神堂家のプライドってやつか。しかしなんでまた――)いきなりこんな揶揄暴言でクロエがクレトを怒らせたのか、という疑問は皆が抱くところであった。しかしその理由は勿論、クロエの個人感情などではなかった。彼女は八重樫の話や神堂の個人情報から、彼の性格を分析していたのである。
(こういうタイプは練習戦などと謳えば、プライドが邪魔してその実力を表には出さない。だが逆にそのプライドを逆撫でしてやれば、力を見せつけようと本気を出すだろう)
そう考えたクロエは、クレトの感情を昂らせることによって彼本来の力――情報犯罪者に成り得る力があるかどうかを見極めようというのである。そしてその試みは容易に達成された。
「最悪を覚悟しろとほざくなら、貴様にも相応の覚悟があるんだろうな?」
クレトは蓋が開いたままのボトルを横に投げ捨てた。トクトクと零れ拡がる水。その様子を固唾を飲んで見守るシュンは、ここへ来る前にクロエから密かに言われたことを思い出した。
――「教育者としては少し不適切な言動があるかもしれないが、私なりの意図があってすることだ。止めるなよ?」――と。
(外佐、これは不適切なんてもんじゃないですよ……)
シュンは目の前で静かに昏く燃え上がる惨状に、内心頭を抱えて項垂れた。





