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界変のアルテントロピー  作者: 芳蓮蔵
第一章 異能変
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学園《Boys and Girls》⑧

 クロエはユウから送られてくる彼のクラスの様子を観ながら言った。


[正確に見分けるというのは無理だ。FRAD(フラッド)のように大規模な情報改変であればその兆候はAEOD(アイオード)が報告してくれるが、そうでなければ些細な《《情報の乱れ》》や推測を元に割り出すしかない]


[情報の乱れ――? ってどういうことですか?]


 ばつが悪そうに苦笑いで誤魔化すユウ。


[研修でアマラから習わなかったのか?」


[いえなんかそんなこと言ってた気はするんですけど……あの人、説明が感覚的過ぎるんですよ……]


アマラ(あいつ)は右脳がメインだからな]


[ホントそんな感じですね……]


[まあいい。――情報次元というのは、矛盾が生まれないように自然と自身を変化させる、整合性という性質を持つ。それはいいな?]


[――はい……]


[(解ってないな、こいつ……)例えば赤いペンキで白い壁を塗ったとしよう。壁は何色だ?]


[へ? それは当然、赤ですよね]


[そうだ。よく解ったな]


[……それは解りますよ(――馬鹿にされてる気がする)]


[だがアルテントロピーでその壁の情報を『青である』と改変した場合、『赤いペンキで塗った』という情報とは矛盾する。すると情報次元では『その壁はそのペンキと反応すると青に変わる』といった具合に関連する情報が更新されて、自然と矛盾が打ち消される。その働きが情報次元の整合性。そしてその更新による変化が乱れだ。――理解できたか?]


[え? ま、まあ、なんとなく……]


[亜世界の住人は微弱なアルテントロピーしか持たない為、その世界の法則――つまり『この世界はこうである』という《《設定の中でしか》》行動することができない。例えそれが『神をも滅ぼす力』や『宇宙すら創り変える力』を持つ者であっても、あくまでそれは《《そういうことになっている》》だけであって、世界の設定から逸脱することはない。物語の登場人物が、自身を描いた本の文字を書き換えることができないのと同じだ]


[なるほど……]と、納得するユウ。


[故に亜世界の人間が情報を乱すことはない。だが――]


 滑らかに絡みつく湯を引き離して、クロエは徐に立ち上がった。髪を掻き上げ、ジェットバスから出る――。


[転移者である情報犯罪者(ディソーダー)は別だ。奴らは強いアルテントロピーによってその文字を書き換えることができる。設定を無視した行動が取れる]


 彼女は話しながら、浴室の扉に掛けておいたバスローブを見事なプロポーションの上に羽織った。


[じゃあもし情報に乱れがあった場合、それをやった人間が犯人ということですか]


[そう考えていい。情報の乱れがあったならば、それはアルテントロピーによる改変が行われたということと同義だ]


 脱衣所を出たクロエは、ローブの前を開けたまま滴る水も気にせず、キングサイズのベッドがあるラグジュアリーな寝室へと戻る。煌びやかな照明を落とし、ランプシェードの穏やかな灯りだけを残すと、窓の傍に置かれた革のソファにその身を放り込んだ。


[じゃあその《《乱れ》》はどうやって見つけるんですか?]と、ユウ。


[それは、勘だな]


[――へぁ?]


 まさかの答えに思わず素頓狂な声を返すユウへ、クロエが補足。


[当てずっぽうという意味じゃないぞ。ただ情報次元の矛盾はゼロ時間で更新される為、改変された情報そのものを見つけることは難しい。だが主観的に見れば、どこかしらに『不自然さ』が残る]


[不自然さ――? 客観的に、ではないんですか?]


[そうだな……さっきの例え話で云うならば『その壁だけがペンキに反応して変色する』という情報は、客観的に見て矛盾が無くとも主観的には奇妙だと感じないか?]


[まあたしかに、違和感みたいなのは残りますね。なんでそこだけなんだろう? っていう……]


[そういう《《不自然さ》》だ。それを見つけるのが捜査の第一歩だ]


[――解りました。けどなんか難しそうですね]


[まあな。だがOLSを通して見聞きした情報(もの)AEDO(アイオード)がいれば解析できる。注意を怠らなければ、必ずどこかに手掛かりがある]


 クロエは平然とそう言うものの、少なくとも今日一日生徒として過ごしたユウには、彼女が云う不自然さなど微塵も感じとることはできなかった。


(なんかこれは、思ってたのと大分違うな……大変そうだ……)


 というのがユウの正直な感想である。彼の思い描いていた規制官というのは、亜世界で暴れ回る強大な敵をアルテントロピー(チート的な能力)懲らしめる(無双する)、そんなヒーローのような存在であった。


(まさかこんな地味な仕事だとは思わなかった)


 頭を抱えて枕に顔を埋めるユウ――。そんな彼の落胆と当惑など与り知らぬクロエは、悠々と身体を拭き終えると、脱いだバスローブをソファに掛けて裸のままベッドへ。


[私は軍関係者や理事会の方から捜査していくつもりだが、当面お前は自分のクラスの者だけを監視していればいい]


[はい、了解しました。――でも災害は3ヶ月後に起こるんですよね? 間に合うんでしょうか?]


[間に合わせるんだよ。それまでに我々が犯人を見つけられなければ、情報災害は必ず起きる]


[……どれぐらいの規模なんでしょうか]


[ルーシーの予測では、ネスト関係者を中心として推定50万人程度の死傷者が発生する]


[そんなに……]と、言葉を失うユウ。


[亜世界人にそれを止める術は無い。だから我々がいるんだ。――明日は実技査定だったな?]


[え? ええ、そうみたいですね。どんなことするんでしょう?]


[基本的な能力テストのはずだ。だがくれぐれも余計なことはするなよ。変に目立って情報犯罪者(ディソーダー)に距離を取られると厄介だからな]


[了解です。任せてください]


[またもし何か見つけたり、不自然さを感じたりしたらすぐに報告しろ。――以上だ]


 そう言ってクロエが通信を終えようとすると、ユウが「あ、クロエさん」と呼び掛けた。


[――なんだ?]


[おやすみなさい]


[…………。ああ――おやすみ]


 OLSとともにサイドテーブルの間接照明を消すクロエ。


(………………)


 ベッドに潜り込んだ彼女の眼には、元素デバイスの補正効果から解放された暗闇があった。それを見つめながら、独り呟く。


「おやすみ――か……。(聴き慣れたはずの言葉が、ユウ(あいつ)と交わすと何故か懐かしい感じがする。私には両親も弟もいないというのに――)」


 そんな感慨とも感傷ともつかぬ不可解な気持ちを抱いて、クロエはそっと胸を抑えた。そして静かに眠りに就いた。


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