学園《Boys and Girls》⑦
静まり返った教室の空気を、リコは担任としての責任感と持ち前の明るい声でもって取り繕う。
「ま……まあ白峰くんの実力の程はこれから、ね? 明日には実技査定もありますしぃ……。そうそう! 白峰くんの殊能は何ですかー?」
「あ、僕の殊能は――」
ユウはクロエから『殊能について困るようなら、アーマンティルの魔法で誤魔化せ』という指示があったのを思い出した。そしてそれに該当する彼の魔法は、雷を召喚し敵を撃ち滅ぼす勇者専用の魔法や、武器の威力を極限まで高めることが出来る雷属性付与魔法である。
「か、雷……系? です」
「ほほー。雷と言うとぉ、電気の遠隔発生ですかねー? 顕現名はありませんよね?」
「そうですね……そういうのは特に無い、です」
「なるほどぉー。じゃあ先生と似てるかもですね! 先生の殊能は電気の精密操作ですからぁ、お仲間ですね!」
リコがオーバーリアクションで頷いて、親指を立てた拳を突き出した。
「じゃあ他に質問はないですかぁー?」
すると「はーい」と、オレンジ色のツインテールの女子、三城島チトセが手を挙げた。彼女は一見少し不良っぽい印象であるが、所作の端々に並々ならぬ育ちの良さが見え隠れする少女。後にOLSのデータベースから、彼女が三城島重工という大手製造会社の社長令嬢であると知り、ユウは「なるほど」と得心がいった。
「はい、三城島さんどーぞ」と、リコ。
「白峰君は、ウイングズの白峰顧問と関係あるんですか?」
(あ、やっぱり)
彼女の質問はユウの想定内であった。入学式でのクロエの注目度から考えれば、苗字の同じユウが関係について何かしら訊かれるのは当然のことであろう、という予想である。
「白峰クロエは僕の姉です」と、キッパリ答える。
「あー! やっぱり!」
チトセは柏手を打つようにパンッと手を叩く。他の生徒もやはりこれは気になっていたようで、興味津々という様子で耳を傾けた。
「いいなあー! あんなキレイな人見たことないよー! しかもあの美貌とあのスタイルで、フェニックス勲章? つまり最強の殊能者ってことでしょ? 羨ましー、あんな人がお姉さんとか夢みたいじゃん」
質問に留まらずチトセの感想まで一方的に述べられて、ただ笑って応えるだけのユウ。そこで別の男子生徒――無気力そうな茶髪の少年、飛鳥ヒロが質問を加えた。
「俺も質問。……白峰顧問の殊能ってさあ、何なの? あれだけ有名人なのに、殊能局の顕現名帯者リストに名前が無えんだけど」
――殊能局というのは、殊能のデータベース管理や顕現名帯者の認定を行う政府機関である。
「あ、私も知りたいですぅ」とリコもそれに便乗した。
「え? ええーっと……」と、詰まるユウ。
これはユウの想定外の質問で、彼は一瞬どう答えたものかと悩んだ。というのも彼はてっきり、クロエの殊能は本人同様皆に知れ渡っているものだと思っていたからである。そしてクロエの能力については、彼自身もまた理解していなかった。ただクロエからは、彼女がアルテントロピーで起こす殊能《《もどき》》に便宜上付けられた顕現名だけは聞かされていた。それを知らないと通すのは不信感を持たれる可能性があるし、下手に嘘を吐いても後でバレる可能性がある。そう思ったユウは知っていることだけをそのまま伝えることにした――何にせよ、彼女が最強であることに変わりはない、という考えの下に。
「クロエ――姉さんの殊能は『ユグドラシルの王』……だったと思います。でも詳しくは僕も知りません」
「ユグ……ドラシルの、王? ふーん、聞いたことねえ顕現名だな。まあフェニックス勲章貰ってる人なんだから、トンデモねえ能力んだろうけどな?」とヒロ。
その推測が外れることはないだろうと思いつつも、ユウはそれ以上何かを言うことは出来なかった。
***
その日の夜――。
臨時という名目もあり、暫くの間クロエは学園のキャンパス内にあるゲストホテルのVIPルームに。かたやユウは高等科1年用の学生寮に入り、それを今後の拠点とすることとなった。
[顕現名を――そうか。まあ別に問題はない]
クロエは広々とした円形のジェットバスに一人で浸かりながら、OLSでそう返した。
[すみませんクロエさん。勝手に話してしまって、ご迷惑を……]
無論OLSでの会話の相手はユウ。昼間に教室で話したクロエの話題についてである。
[気にしなくていい。この亜世界での私は、今さら何をどうこう言ったところで立場は変わらないよ。それに部隊では周知の名前だしな。まあ少し面倒ではあったが、ああいうのは慣れてる]
クロエが公式には未発表の顕現名を持つ謎の殊能者であるという話は、普通なら都市伝説の如く一笑に付されるところであったが、発信元が実弟のユウということで、それはかなりの信憑性を持って学園全体にあっという間に広まった。しかしその実際には彼女が言うように、殊能者部隊ウイングズの中で『ユグドラシルの王』の名を知らぬ者はなかったし、またその噂が広まったところで彼女に実害が発生するわけでもなかった。それ故特に箝口令などが敷かれるということもなかったが、ただ何人かの生徒達から彼女の殊能を見たいという要望がことあるごとに出され、立場上いちいちそれを断らなくてはならないクロエを辟易させていたので、『そういった要望を白峰顧問にお願いするのは禁止』という臨時規則を、クロエが学園長に直接掛け合って設けてもらう――そんな一幕があったのである。
[そんなことより――]と、泡立つ乳白色の湯を手で掬いながらクロエ。
[クラスの様子はどうだ?]
[それは比較的順調です。ひとり女の子――朱宮さんっていう子には嫌われちゃったかもしれませんけど、他の皆とは仲良くやっていけそうです。皆明るいし、担任の社リコ先生も優しい感じでした]
自室のベッドで寝転がるユウ。仔犬のシルエットが散りばめられた部屋着を着て、リラックスした様子でそう話す彼に、クロエはOLSの向こう側で憂えた溜め息を吐いた。
[――クラスの雰囲気じゃない]
[はい?]
[――お前は何をしにこの世界へ来たんだ? 私が訊いてるのは情報犯罪者についてだ]
[す、すみません。そうですよね……]
申し訳なさそうにするユウに、「それで?」とクロエが再度尋ねた。
[はい。今のところ情報犯罪者らしき人は見当たりませんでした。というかそもそも、どう見分ければいいのかが解りませんでした]
ユウが今日の記憶を頭の中で辿ろうと意識すると、視界に横長の楕円形のスクリーンが現れて、昼間彼が視ていた教室の映像が流れる。そして彼が視ているその映像と同じものが、湯舟で腕に手を滑らせているクロエの眼にも映し出された。





