学園《Boys and Girls》⑨
昼は澄み渡る空。昨晩には僅かながらの雨が降ったがそれも今は止み、所々に米粒大の滴が残る人工芝の上を、フワリとした気持ちの良い風が流れる。
――屋外演習場。高いコンクリートの壁に囲まれたその敷地は、平地エリア・森林エリア・市街エリアの3つの区画に分かれている。ユウを含む1年Aクラスの生徒達は、担任のリコとともに平地エリアに集合していた。
ユウはこの日の朝から、なるべくクラスメートの動向に注意しながらも折を見てひとりひとりに話し掛け、怪しいところは無いかと探りを入れていた。もっとも自己紹介では図らずとも関心を引いてしまった彼である。今後は極力目立たぬようにという意識で、あまり大っぴらな行動は控えるよう心掛けてはいた。
「はぁーい、皆さん準備はいいですかぁ?」
どう見てもオーバーサイズの《《だぶついた》》白衣を着たリコが、少ないながらもきちんと整列している生徒達に説明を始める。生徒は皆オレンジとグレーのバイカラーのジャージ。これは殊能者である学園生の使用を想定して作られた、耐熱・耐衝撃繊維服であった。
「来週からは実戦形式の訓練が始まりまーす、とその前にぃ。昨日もお話した通り、今日はまず実技査定で皆さんの殊能や適性を見たいと思いまーす。今日の査定によって、今後の個別の課題を設定することになるのでぇ、皆さんくれぐれも手を抜かないように!」
言われずとも、といった表情の生徒達。この超難関の学園ネストに入った彼らは皆、こと殊能に関してはストイックで真面目なのである。それは普段は怠け癖があるようなマナトやヒロですら例外ではなかった。
リコの横には自律走行式の黒い大型キャリーボックスがあり、リコがボックスの側面にあるセンサーに手を翳すとそれが両サイドにバタンバタンと展開した――中には灰白色のヘルメット、プロテクター、ロッド。のっぺりとした流線形のそれら1セットを取り出すリコ。
「えー、このロッドは実際に軍や警察で使われている対人用ロッド《《だそうです》》。けどぉ――」
ロッドの手元のボタンを押して長さを調節して見せながら言う。
「訓練用に改造されているため、電撃機能は付いていませぇん。代わりにぃ、このプロテクターと併せて電磁反発機能による安全装置が搭載されていまーす」
リコがロッドと腕用のプロテクターを掲げてそれらを接触させようとするが、両者は1センチ程の距離で止まり、くっつくことがない。
「このロッドとプロテクターは接触できないようになっていまーす。なのでぇ、思いっっ切り叩いても、叩かれた側はプロテクターを押されるだけで怪我をしないんですねー。凄いですねー」
肩、腕、胴、腰、脚用と、それぞれを取り出しながら着け方を説明していく。
「皆さんにはまずこれを着けてもらってぇ、対人近接戦闘の適性をチェックしまーす。勿論殊能は無しですよぉ?」
それを聞いて「対人戦……」と呟いたアヤメが挙手。
「はい、不動さん」とリコ。
「対戦相手はどのように決めるのでしょうか?」
「なるべく公平になるように、対戦相手は先生のほうで決めてありますよー。ということでぇ、今から発表しますね?」
リコはタブレットノートを見ながら、順に指を差して発表していく。
「まず黛リンさんと三城島チトセさん。次に鑑マナトくんと飛鳥ヒロくん。そして風見トウヤくんと白峰ユウくん。最後に不動アヤメさんと朱宮ホノカさん! ――以上です」
ペアを指定された者達はそれぞれ相手の顔を見た。昨年の剣道の大会でアヤメに惜敗を喫したホノカは、種目は違えど思わぬリベンジの機会を得たことに、小さく「よし」と拳を握った。
彼らは入学からまだ2日目とはいえ、たった8人しかおらぬクラスであったので皆それなりに打ち解けており、対戦と銘打たれたところで特に険悪な雰囲気になることもなかった。お互いに健闘を誓う握手をして気合を入れる――。
ユウが「宜しくお願いします」と頭を下げた相手は、風見トウヤ。灰色の短いウルフカットの好男子で身長はマナトよりも大分高い。彼は自己紹介で「特技は筋トレ」と言い放ち、彼と幼馴染であるというチトセに「それは趣味でしょ」と否定されていたが、そう言い切るだけあって体力には相当の自信がある、所謂体育会系であった。
「よろしくな、白峰! 俺は殊能も身体能力強化だからな、こういうのは結構自信あるぜ? まあ200人斬り相手はキツいけどな!」
清々しい声で笑うトウヤは、しかし台詞とは裏腹に負けるつもりなど毛頭無いといった表情であった。ちなみにユウの『一人で200人を倒した』という話は、結局クラスメートの間ではユウの《《つかみ》》の冗談だろうということで片付いていた。
「私が審判をするのでぇ、一組ずつやりますよー? それじゃあ皆さん準備してくださぁーい」と、リコ。
全員の準備が終わるとリンとチトセが呼ばれて前に出た。
――黛リンは水色のマッシュショートの女子で、クラスの中では断トツに小さい。そして低身長以外に特徴が無いのが特徴といった感じで、声も小さく頼りなげであった。しかし一応『フレイズマルの金』という顕現名帯者であり、身体能力テストも含まれる入試時の成績ではホノカとアヤメに次ぐ3番目であったので、決して弱くはなかった。
リコは二人の装備が正しく着用されているかをたどたどしく確認してから、全員に聞こえるような声でタブレットを見ながらルールを説明する。
「ルールは簡単ですけどよく聞いてくださいねー? まずこの試合はポイント制です! 有効となる攻撃はロッドによるプロテクターへの攻撃のみでぇ、それ以外の直接打撃は禁止ぃ。首から上への攻撃も禁止でーす。プロテクターは反発時の衝撃で色が変わる優れモノでしてー、青色が有効打で1ポイント! 赤色は決定打は赤色で3ポイント! そして3ポイント先取した方が勝ちとなりまーす!」
チトセが「へえー」と感心しながら自身のプロテクターをロッドで軽く叩いてみると、プロテクターが一瞬だけ黄色く光る。
「黄色は有効打未満ですから通常は加算されませんけどぉ、制限時間を過ぎた場合は判定時に小数点以下の点数として加算されますからねー」
「げっ、マジ?!」と、チトセ。
「あ、今のはリセットしますから大丈夫ですよ? 三城島さん」
チトセがホッと胸を撫で下ろすと、アヤメが挙手――「はい、不動さん」とリコ。
「どのくらいの威力の打撃であれば、決定打になるのでしょう?」
「うーん、感覚的に言うとぉー……有効打は打撲、決定打は骨折ぐらいの勢い、らしいです!」
骨折と聞いてリンが「ひえぇぇ」と尻込みする。
「まあそういう怪我をしないための反発機能ですから、思いっ切りやっちゃっていいですよぉ?」
「だってさ。……じゃあ真剣勝負でいくからね、覚悟してよ? 黛さん」
「み、み三城島さんこそ! 私もほ本気でいきます! 宜しくお願いします!」
お辞儀をして二人が構えると、リコはタブレットのタイマーをセットして皆に見えるようボックスの上に置いた。
「それではー……試合開始ぃ!」
――そのようにして始まった最初の実技査定、最初の対人近接戦。
序盤は身長で勝るチトセがリーチの差を活かして押していたが、リンは見事な適応力ですぐにそれを克服し中盤からは一進一退、そして最終的には疲れを見せて大振りになったチトセにリンが基本に忠実なお手本のような抜き胴を決めて、それが有効打となったところで時間切れ――判定による僅かなポイント差でリンが勝利を収めた。
チトセは悔しさに涙目になりながらも笑顔でリンと握手、そしてハグ。二人は互いの健闘を称え合い、それにより彼女達に新たな絆が生まれたようであった。





