源世界《Reality》③
リアムが統制室と呼んだ部屋は、ユウから見ればやはり何も無い白い空間で、100平方メートル程の円形の部屋であった。部屋の中央には円柱があり、その柱の真ん中がポッコリと球状に膨らんでいる。その球体の前に一人の男性。彼は球体に向かって話しかけている様子であったが、二人が入ってくるとユウの方を向き、硬い表情のまま歩み寄ってきた。
「すまないね、拘束衣など着せてしまって。もう脱いでもらって結構だよ」
――年齢は50代後半。中肉中背で、きっちりと七三に分けられた栗毛。滑らかな立ち居振る舞いが品格と知性を感じさせる。中東系のこれといって特徴の無い顔立ちであったが、黒い瞳の奥に潜む感情は窺い知れない。そして彼もまたリアムと同じ黒いスーツ姿であった。
(拘束衣――?)と、ユウ。
男の言葉にユウが首を傾げると、リアムがユウにガウンを脱ぐよう促した。それでユウは、そのゆったりとしたガウンが男の云う拘束衣であることを理解した。
「必要な処置だと思ってくれたまえ――」
男の声は安心感を与えるような低く静かなものであったが、その口調は淡々としていた。
「……もうすぐ他の者も来るので、こちらで座って待っているといい」
リアムがユウを連れて部屋の中ほどに来ると、何も無いところで腰を下ろす動作をした――動きに合わせて床が瞬時に盛り上がり、二人掛けのソファの様な形になった。彼に促されてユウもその隣に座ると、男は二人と向かい合うように座った。
間もなく二人が来た方向とは別の壁が開いて、「失礼します」と背の高い黒髪の女性が入ってきた。黒スーツで規制官と判る彼女は、アーマンティルでリアムらに指示をしていた、クロエ・白・ゴトヴィナであった。
(あ……)とユウは、コツコツと革靴を鳴らしてしなやかに歩くクロエを見て、改めてその外見に息を呑んだ。
彼女の見た目は20代半ば。身長はユウよりも少し高い程度だが、身長に占める足の長さの割合が圧倒的に違っていた――ちなみに彼の名誉のために云っておくならば、ユウは別段短足というわけではない。クロエの髪は艶やかな黒色で、短いボブカット。非の打ち所がない端正な顔立ちと女性の魅力に溢れた完璧なスタイルは、さながら美をテーマとした動く彫像である。ユウはかつてこれほどの美女――というより美しい人間を見たことがなかった。
クロエがリアムの横に来るとソファが追加され、全員が着席するのを待ってから、男はスーツの襟を正した。
「まず本題に入る前に、我々の紹介をさせてもらおう。ここは亜世界を管理する為の独立機関、世界情報統制局WIRA。私はその局長を務める、ジョルジュ・律・ノマドという者だ。そして彼女は――」
と言ってジョルジュが、部屋の中央の柱に埋まった白い球体を目で示す。しかしユウにはジョルジュが言う『彼女』というのが、どれを指しているのかが解らなかった。するとリアムがユウの耳元で「あの球のことだ」と囁いてくれた。
「――インテレイドのルーシー。彼女には建物の維持管理の他に、局長代理も務めてもらっている。そして何より重要な、情報災害の発生を予測してくれている」
『宜しくお願い致します』と、部屋に響く女性の声。
「君の横に座っている彼らは、規制官のクロエとリアムだ。二人とも顔は知っているね」
「はい」と頷くユウ。
「規制官は他にもいるが、それは機会があれば紹介するとしよう。それと君の名前についてだが、この源世界では全ての人間の情報が一元管理されているため、規格に沿った登録名を用いることになっている。そして君の登録名はこちらで命名させてもらった――君には保護者がいないのでね」
ジョルジュがそう言いながらスッと手を横に振ると、彼とユウの間の宙に突然文字が出現した。
「君の名前はこの、ユウ・天・アルゲンテアだ。いきなり名前が変わるというのは慣れないかもしれないが、そこは適応してくれたまえ」
「――はい。解りました」と再びユウ。ジョルジュは満足そうに微笑みを浮かべる。
「よろしい、では本題に入ろう。――既に理解していると思うが、この源世界はかつて君が存在していた源世界とは時代が違う。つまりこの世界に君の家族はいない。酷な話ではあるが、それが現実だ」
「…………理解しています」
「そこで君には、源世界に戻った未成年の転移者を養育する施設に入ってもらうことになる。そこでゆっくりと心のケアをしながら、新しい家族が見つかるか君自身が成人登録できるまでの間、この世界の勉強をしながら過ごしたまえ」
「はい……」
ユウは小さく返事をしたが、彼の気持ちは釈然としないままであった。
「今は多少不安もあるだろうがね。ユウ君、この世界にはもう争いは起こらない――平和そのものだ。亜世界のように、子供の君に戦いを強要する者など誰もいない。もう戦わなくていいんだ。よく頑張った」
そう言ってジョルジュは無感情な顔でユウの頭を撫でた。
「――話は以上だ。クロエ、彼を部屋に」
「了解しました」とクロエが立ち上がり、ユウも彼女に促されて立つ。しかし彼女について踏み出した足を一歩目で止めて、再びジョルジュに振り返った。
「あの――」
「なにかね?」
「あいつは……ガァラムギーナはどうなったんでしょうか?」
「彼の処罰はまだ確定していない。だが恐らく、3ヶ月から半年程度の更生プログラムを受けることになるだろう」
「(たった3ヶ月……)それだけですか? 僕らの世界であれだけ大勢の人間を――いくつも国を滅ぼしたのに?」
「ああ、そうだ。源世界が彼に対して科することが出来るのは、あくまでアルテントロピーを用いた情報犯罪についてのみだ。彼が亜世界の住人として、《《彼らの》》世界の法則の中で行った行為に関して遡及することはない」
抑揚なく話すジョルジュの事務的な説明に、ユウは納得がいかないといった表情で不満を露わにした。
「殺人を犯しても裁かれないっていうんですか? 罪も無い人を沢山殺したのに――」
「だが君も、モンスターを大勢殺しただろう?」
「――っ!」
その台詞がユウの言葉を詰まらせた。
「それは……」と反論出来ずにユウが口ごもっていると、クロエが「いくぞ」と声を掛けた。





