源世界《Reality》②
窓もドアも備品も標示板も、そこには何も無い、ただただ真っ新に見える白い廊下。そこを二人で歩く。
「――目覚めは快適だったかい?」
声の主は、リアム・義・ヨルゲンセン。彼はユウがいたアーマンティルでユウ自身が勇者として戦うはずであった災厄竜ガァラムギーナを、単身で討ち倒してみせたWIRAの規制官である。
リアムは高身長で筋肉質な30代前半の男性。凛々しい目鼻に太い顎がいかにも真面目で誠実――悪く云えば堅物的な印象を与えるが、愛嬌のある巻き毛っぽい金髪と淡青色の瞳がそれを和らげていた。彼は黒いフォーマルスーツに黒のワイシャツとネクタイという、紳士的ではあるがお堅い黒づくめの格好である。
(そういえば――)
とユウは、アーマンティルで出逢った他の規制官も、タイの有無や着こなしの差はあれど同様の恰好をしていたことを思い出した。
(制服――なのかな?)などと考えつつ、まじまじとリアムを見つめる。
身体に吸いつくような白い全身スーツの上に、ゆったりと膝下まである薄手の白いガウンを羽織った彼は16、7歳の少年としては平均的な身長であったが、並んで歩くリアムの顔を見て会話するには、かなり見上げるかたちになった。
「どうかしたかね?」と、リアム。
「あ、いえ――。はい、目覚めは快適でした。昔を思い出していました」
「それは良かった。では記憶の復元も問題ないようだね?」
「はい、ありがとうございます。あのプラネタリウム――? とても綺麗ですね」
「あの映像は作り物ではなく、本物の宇宙のライブ映像だよ」
「壁や天井がテレビ画面にもなるんですか?」
「テレビ――? ああそうか。君がいた時代は科学が未発達だったのだね。現代の源世界にはテレビジョンのような装置は無いよ。正確には、目的の定まった構造物というのはほとんど無い」
「? 目的の定まった、っていうのは?」
「ほとんどの物体が『何にでもなる』んだ。全て元素デバイスで造られているからね」
「元素デバイス――?」
「そうだな……君がいた時代の言葉で説明すると、量子を任意に組み合わせて作った擬似的な元素――ナノマシンの一種と言えばいいか。プログラムで性質を変化できる」
その説明にユウは更に「?」と首を傾げる。
「すまない、少し難しかったかな? 実際に見ると解るかもしれない――例えばこんな感じだ」
リアムが立ち止まって左手をそっとこめかみに当てると、彼の右眼がぼんやりと青く光った。そして何も無い壁の前で、壁面に沿って右手を平行移動させる。すると壁の一部が数メートルに亘って、まるで窓の様に四角く透けた。そこから見える景色は青い空の上、眼下にはゆっくりと《《たゆたう》》雲海――壮大な空の景色に、ユウは「うわぁ」と感嘆の声を上げた。
「ちなみにこのWIRAは、高度3500メートルにある。この源世界では惑星の生態系に影響を与えないよう、地下400メートルから高度3000メートルまでの間に建物を造ることは禁止されているからね」
「ここは地球――なんですか?」
「ああ地球だよ。と云っても、今は過去にあった戦争による汚染を浄化している最中だから、人間はほとんど住んでいないけどね」
話しながらリアムが手を動かすと、窓が瞬時にモニターに変わった――続けて山の景色を映し出す画面になり、湖や海、空や宇宙の映像に切り替わっていく。
「僕もやってみていいですか?」と、好奇心に駆られるユウ。
「残念だが、これはまだ君にはできない。操作には『OLS』が必要だ」
「――オーエルエス?」
「オーガニック・リンク・システムという、元素デバイス同様、源世界では必須のアイテムだよ。大昔のマン・マシン・インターフェイスの進化したもの、と考えるといい」
「そのマン・マシン……っていうのが分からないんですが――」
「簡単に言うと機械と人とを繋ぐシステムだね」
「ああ、なるほど。それなら映画で見たことがあります。こう、頭にケーブルを繋いだりするやつですよね?」
ユウは首の後ろに手を当てて見せた。するとリアムは笑って首を横に振った。
「昔は実際にそういう機械を使う試みもあったようだけど、今は流石にやらないかな。脳への物理的な接続はリスクが大き過ぎるからね」
「そうなんですか……」と、何となくそんな物に憧れていたユウは少し残念そうに言った。
「OLSは元素デバイス自体が元々持っているネットワークを二次的にするシステムだ。人間の場合は人体に無害な有機タイプのデバイスを使用して、その情報のやり取りに参加する」
「なんか、難しい話ですね」
「口で説明するとそうかもしれない。でも実際の手順は簡単だよ」
そう言ってリアムがジャケットのポケットから取り出したのは、縁が黒い3センチ程の透明のケース。中には青い液体が入っていた。
「これを瞳に当てるだけでいい。中の液体がOLS用の有機元素デバイスだ。照射点眼すると網膜や視神経に作用して情報を得られる。元素デバイスは言語化された思考を読み取り動作するから、操作するのに特別な訓練をする必要もない。ちなみに点眼タイプは、使用から24時間が経過すると涙に変質する」
「へえー」と、ほとんど原理を理解できぬまま感心するユウ。
「一般的には結合タイプという半永久的に機能するデバイスを使うんだが――私の場合は例外でね、いちいちこれを注さないといけない」
「例外――ですか?」
「私は亜世界で能力を使うと、元素デバイスの情報も破壊してしまうんだ。眼からビームを出したりするとね」
リアムは両手の人差し指で目から光線が出るジェスチャーをして、苦笑い。
「はあ……(眼からビームって、何者なんだ)」と、ユウがその目薬とリアムの目を交互に見比べる。
「眼が青く光るのは、その元素デバイスのせいですか?」
「ああ、OLSに接続していると青く発光するんだ。勿論使用者に影響はないが――ところで君にはこの通路がどう視えている?」
「え? ……何も無い廊下です。真っ白なただの一本道にしか――」
ユウは今来た道や前に続く道を確認した。相変わらず代わり映えの無い、無地のトンネルの様である。
「だろうね。だが私には両側に部屋が並んでいるのが視えるし、建物の地図も、自分がどこにいるのかも表示されているよ。今向かっている統制室へのルートもね。――OLSは本人に必要な情報を自動で判断して表示してくれる。もっともWIRA内部の情報を細かに視認できるのは規制官だけだが」
そう言ったリアムの顔は、少し誇らしげな笑みを溢す。
「もしOLSや元素デバイスの詳しい原理を知りたければ、アマラに訊くといい。君が転移するときに一緒にいた赤い髪の女性だ。彼女も規制官だが、専門は技術開発だからね」
そうこう話をしている間に二人は袋小路――ユウにはそのようにしか見えない場所に着いた。
「ここが統制室だ」と、リアム。
そして彼は袋小路の壁に向かって躊躇いなく進んだ。すると白い壁はリアムが接触する部分だけ――正確には接触する数センチ手前から、その形に合わせた穴が空いて、すんなりと彼を受け入れた。
「君も入るんだ。大丈夫、ぶつかることはないよ」
ユウが恐る恐る手を出すと、彼の指先が触れる前にその壁に穴が空いた。ユウはリアムに促されるまま、思い切ってその内に入ってみた。





