54話 トイボックス
「女王は弱体化した……今年の全国行きはセレスティアルで決まりだな……アーモリーの1年生が可愛い、応援してる……ったく、好き放題書いてくれちゃって」
「かっちゃん、何見てるの?」
「月子さんのインタビュー記事に付いてたコメントよ」
「また変なの見て。エンコ終わった?」
「まだよ。あと10分」
部室の隅、PCの席から香取と野田のやり取りが聞こえる。
レッドパイソンとの戦いの翌日。
夏休みの部室は相変わらず地獄のような暑さ。時折吹き抜ける扇風機の風が汗とともに体温を奪ってくれる。それでも。
「全部脱ぎたい……」
「だ、ダメだよー!はしたないよ!先生も来るんだよ!」
うっかり出た本音を、隣の席でコントローラを持つひばりにたしなめられた。
「エアコン最高だぜー!」
ヘッドセットの向こうから、鴨川の嫌味のような声が届いた。
「動きを確認したい。月子、それと鴨川、佐倉、付き合え」
「はいは~い!2人とも、よろしくね~」
「ラジャーっす!」
「ウィルコっす!」
鴨川と佐倉の声はヘッドセットのスピーカから聞こえる。先輩たちの声は間近から、ディスプレイを挟んで向かいの席から飛んでくる。
「あの、まだセレスティアル対策してていいですか?」
「いいぜ、好きにしな」
「ありがとうございます!成田、市原、お願い!」
「了解だ。またナイト・リーパーを出す」
成田の姿もここにはない。
今日の成田たち4人は各々の家で、各々のアカウントから参加している。
こうしないと、私たちの部活の環境では4対4の対戦練習ができないから。
おかげで狭い部室内の熱気は、いつもより少しだけマシな気がする。
私とひばりは、成田・市原ペアと敵チームを想定した対戦。
画面に映る漆黒の機体『ナイト・リーパー』。高丘学院セレスティアルのリーダー、高嶺さんの機体。TACネーム『スピカ』。春大会で私たちを破った相手。苦い思い出が蘇る。
あのとき私たちを苦しめた衛星レーザー『サジタリウス』に対して、私たちは攻略法を確立できていない。
レーザーを撃たれないような対処はできる。でも撃たれたら落ちるしかない。
少しでも避けるヒントを掴みたかったけれど……進捗はないまま。
「なあ風咲。やっぱり避けるのは無理じゃないか?」
「うーん……そうかも」
「焦らないで。土曜までまだ時間あるから。他の対策もしてみる?」
何のヒントもないまま悩むよりも、ここは市原の言葉に乗ってみる。
それに、ふと思ったことがある。
「ナイト・リーパーって他にどんな武器があるの?」
この前は、サジタリウスの他にパルスレーザーを使っていた。
知っておくのも悪くない。
半ば気分転換のつもりで成田に尋ねた。
「味方の機体性能を一時的に引き上げる電子支援があるが、範囲が狭い。あいつら離れて戦うことも多いからな。他には……でもこれは……」
成田の回答は、珍しく言い淀んでいる。
「何よ。いいから使ってみてよ」
「分かった。始めるぞ」
対戦スタート。青空の中に飛び出してから程なくして、レーダー上に赤い円が表示された。私とひばりの周囲一体を取り囲むように。
「これ何?」
と疑問を口にした途端、周辺から爆音が幾重にも響き、目の前が真っ白に染まった。
「きゃあ!何!何!?」
「何これー!」
赤い円の内側にいた私とひばりはパニック状態。爆発に巻き込まれてあっという間に撃墜されてしまった。
「空中の広範囲を焼き払う多段炸裂弾頭『マレフィック』。赤い円の外側が安全だ」
「なっちゃん、私も落ちたんだけど……」
私とひばりだけでなく、成田と一緒に出撃していた市原も、同じく爆発に巻き込まれていた。
「悪い悪い。このように味方にも当たる。私も少し食らった」
「自分で撃ったのに?」
「そうだよ。だからこんなの試合じゃ使えないだろ?やっぱりサジタリウスかパルスレーザーか、そんなところだろうな」
味方も巻き込んで広範囲にダメージを与える兵装。確かにチーム戦では使えないかも。
スピカ対策のヒントが得られるかと思ったが、そう簡単ではないようだ。
ため息をつく私に、「いいから対戦の練習しようぜ」と成田が声をかけたところで。
「動画できましたー!」
野田の明るい声が響いた。ヘッドセットを外し、みんなでPCモニタ前に集まる。
「花見川総合。チーム名『トイボックス』か。どんな戦い方をする?」
「一言で言えば『鉄壁』です」
蘭花からの質問に、香取が動画を止めながら答えた。
画面には、あまり見かけない機体が2つ。
1機は、背中に背負ったような2つの大きなエンジンが目を引く。
分厚く直線的な翼。機首の先からガトリング砲が突き出ている。
もう1機は、少し斜めに張り出した垂直尾翼。主翼の先端には丸みを帯びた筒状のものが取り付けられ、機体や翼の下には小さなプロペラがついたポッドが見える。
「あえての攻撃機AG-10『フォート・タートル』、そして電子戦機AE-18G『ローレライ』。
この2機がガッチリ防御を固めます。
あとの2機は度々変わりますが、役割は護衛や遊撃。そして、いわゆる『強い機体』は一貫して使いません」
再び動き出した画面では、可変翼を広げたAF-14『グリフィン・クロウ』が、不用意に近づいた相手を瞬時に刈り取る様子が流れていた。
「私の愛機を弱いって言ったかー!」
佐倉の抗議の声がPCのスピーカから流れてくるが、香取はそれを無視して続けた。
「『機体特性を活かして連携する』と言っていいでしょう」
「ねえねえ……攻撃機とか電子戦機って、何?」
ひばりが小声で聞いてきた。
「攻撃機は、地上を攻撃する機体だよ。爆弾を落としたり。
電子戦機は、電子妨害とか電子支援の専門家。強力なECMが使えるよ。
でも機動性が低いから誰かが護衛してないとすぐ負けちゃう。その分、チームの攻撃手段が減っちゃうんだ」
「ありがとう。でも空中戦に爆弾を使うの?」
「そうじゃないけど、タートルは愛好家が多いんだってさ」
「ガトリングの圧倒的火力に魅せられた者は多い。低速での安定性から、そこそこ格闘戦ができるのも人気の理由だな」
「フォート・タートル縛りプレイ動画も人気だね〜」
蘭花と月子がそれぞれ補足してくれた。
動画は進む。
電子戦機『ローレライ』が広範囲に妨害電波を飛ばし、混乱した敵を遊撃部隊が倒しに行く。
かたやローレライに撃ち込まれたミサイルを撃機『フォート・タートル』が発した何かが破壊する様子が映し出された。
「レーザー近接防空システム『アルゴス』。距離は限られるけど、中途半端にミサイルを撃っても迎撃されちゃうみたいです」
「う~ん、堅いね~」
その様子を見て月子が呟いた。
「確かに強力ですが、防御は絶対ではありません。飽和攻撃に対して弱いのは明確です。だから他のチームも、プロでも、こんな作戦は使わない」
「それでも連中は準決勝まで勝ち進んだ、か」
動画を一通り見たところで、「トイボックス対策をするぞ」という蘭花の声に応じて、部室組も自室組も配置に付く。
次の土曜日には、準決勝と決勝戦が行われる。
思い出すのは、昨日の前哨戦。
『私の勝ち』
フェイントを防がれたこと、思い出すと心の中がざわざわする。
ただの前哨戦。試合には何の関係もない。なのに得体の知れない不気味さだけが心に残っている。
余計なことを考えずに、練習に集中しなければ。雑念を振り払うように頭を振る。
このトイボックスを倒せば決勝戦。その先は、いよいよ全国だ。那由多の待つフィールドだ。
でも決勝戦といえば、まだ相手がセレスティアルになると決まったわけではない。
「そういえば、クロウラー対策は?」
「……不要だ」
私の言葉は、蘭花に一蹴されるだけだった。
* * *
そして決戦の土曜日。
ステージ裏手には、既に相手チームが待機していた。
「やあやあ、アーモリーの皆さん!花見川総合『トイボックス』です。今日はよろしくね!」
小手橋さんが手を振りながら軽快に声をかけてきた。彼女含めて相手チームは、やはり白いシャツに縞模様のリボン、チェックのスカート。学校指定の夏服だろう。
「ジャベリンさん、今日もよろしくね!」
小手橋さんは私にも名指しで手を振ってくる。
振り返す気にはならない。会釈だけして見据える。睨むように。
あのとき果たして、私の動きは見切られたのか。それとも、ただの偶然だったのか。
すぐに分かる。




