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蒼空トレイル-Aozora Trail-  作者: ふらっとん
8章 県大会準決勝

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53話 抜いてみなよ

「勝負って……」

通路を塞ぐように両腕を広げ、小手橋さんが立ち塞がっている。

押し通ろうと思えば通れる、それくらいのスペースはあるけど。

身体の向きを少し変えようとしただけでも、相手もすかさず合わせてくる。

ニコニコしながらも、その目は私の動きを捉えている。

「逃さない」という意志を感じる。


「携帯版エートレで対戦でもやるつもりですか?みんなを待たせているので、そんな時間は」

「時間は取らせないよ。ちょっとした運試しだよ」

軽やかな口調でありつつも、空気は重苦しいまま。


「君、中学時代はバスケの選手だったんだよね」

「……昔の話です。それが何か」

「じゃあさ」


小手橋さんは胸の前で両手を動かす。大きめの球体を表すようなジェスチャを始めた。


「あなたはボールを持っています。私はディフェンスだよ」

今度は少し腰を落として、両腕を広げた。片方の腕は前方に、もう片方の腕は斜め上に。

ボールに圧をかけつつ、ゴールを塞ぐ構え……のつもりだろうか。

形はぎこちない。ディフェンスというより格闘家の構えのよう。とても素早く動けるようには見えないけど。

その不慣れな姿勢のまま小手橋さんが続ける。


「私の右か左。抜いてみなよ。私はそれを止めるから」

「あの……膝を怪我してるんですよ」


断りたいけど、「怪我は治っているが心因的な問題で運動ができない」ということを丁寧に説明するのも面倒だ。怪我の一言に集約させる。


「じゃ、じゃあさ!『せーの』で右か左に1歩踏み出すだけでいいよ!私もどっちかに移動するから!方向が被ったら『止めた』ってことで私の勝ち!」

だけでいいよ、と言われても……。あくまでも勝負はしたいらしい。

「勝ったら何かあるんですか?」

「ううん、なーんにもないよ。ただの運試しだよ」


くだらない。

相手は運動が得意なタイプにも見えないし、この際あっという間に抜き去って、さっさとこの場を離れよう。

それくらいの体重移動なら足も動くだろう。


ため息を吐きながら1歩後ろに下がり、腰を落とす。

渋々だけど、その勝負には乗ってあげる。そういう意思表示。


「やる気になったね。じゃあ行くよ!」


深く息を吸い、長く吐き、短く吸う。相手を見据え、動きに備える。


「せーの!」


身体を低く。左に傾ける。

相手の身体が反応する。目の前に傾いてくる。

左足でカーペットを蹴る。右へ跳ぶ。

勢いのまま右足を踏み出す。

相手がまた反応した。進路を塞ごうとするのを察知。

右足を軸に身体を反転。相手に背を向ける。回転の力を得て、左足で床を蹴る。右足を前に出す。そのまま身体を回転させ正面に戻す。


左、右、左と切り返し横を抜く動作だ。

大抵の相手は置き去りにできる。

「1歩踏み出すだけ」という勝負内容からは逸脱するけど、関係ない。

勝手に決められたルールごと、ねじ伏せる。相手を抜けば何の問題もない。

素人相手に大人気なかったか。でも勝負を吹っ掛けてきたのは向こうだ。これくらいは……。


「おっと」


そこには通路が広がっているはずだった。

見えたのは手のひら。縞模様の、胸元のリボン。

ぶつかりそうになった小手橋さんが、両手を胸の前に出していた。


慣性のまま抜き去ろうとしていた身体が強制的にストップ。

事態が飲み込めない。

「なんで……」

私の動作の方が速かった。追いつかれていなかったはずだ。

何故、目の前が開けていない。何故、そこにいる。


「1歩って言ったのに、ずるいよー2回も切り返してくるなんて!いやー勝負師だねえ!でも」


フェイントが見切られた?

いくらブランクがあるとはいえ、素人相手に、この私が?

あり得ない。そんなはずはない。


「私の勝ち!」


ただの運。ただの確率。

最初の選択は1/2。たまたまに過ぎない。

こんなもの、空の勝負とはなんの関係もない。

そんなことは分かっている。


「来週の試合、よろしくね。ブザービーター」


分かっているのに……。


歩き去る小手橋さんを振り返ることができない。背中を伝う汗の冷たさを、ただただ感じていた。

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