52話 合ってるよ
「失速機動って、クルビットのことですか?」
リスポーンを待機しながら、問いかける。
「似たようなもんだ!チャンスだ!セイバー行け!」
「ごめ~ん離脱しちゃった~!なんか様子が変だったから」
「まったく、いい勘してやがるな」
スカーレット機が失速機動を駆使して方向転換し、私の機体を撃ち落とした。
さっき私が1機落とした分のスコアは、これでチャラになってしまった。
「失速機動って!なんですかー!」
ダガーは敵機を追っている状況だ。声に余裕はない。叫ぶように質問が飛ぶ。
「失速するような低速状態でも、機体を制御する芸当だ」
一方のメイスは冷静なトーンで答えた。
「でもクルビットは対策されて使えないって……あ!」
「同じだ。ネタが割れれば、ただの的になる」
だから使わなかったのか。失速機動と呼ばれる空戦機動。セイバーのクルビットと同様、弱点が存在する。
エネルギーを一気に失うことになる。速度を失った的を狙い撃つことは、多くのプレイヤーにとって造作もない。
「でも状況が違うみたい」
「ああ。トールハンマーが尚更厄介だ」
「どういうことですか?」
先輩たちは別の何かに気づいている様子だ。続けて聞いてみる。
「どの方向からトールハンマーが来るかわからねえ。的になっても、一撃必殺のプレッシャは健在だ」
速度を失った瞬間を狙い撃ちに行っても、下手を打てば返り討ちに合う、ということか。
「必殺の火力と、変幻自在な射線。凶悪なコンボの完成だね~」
「どうすれば!」
機体のリスポーンと操作可能な状態になったので、戦域に向けてフル加速を始める。
相手の隠し持った凶悪コンボをどう破るか以前に、見返してやりたい気持ちが沸き起こる。
「使われてるんですよ!セイバーの必殺技、失速機動を!見返してやりましょうよ、本家本元の技を!」
「本家本元はむしろロシア機じゃあないのか」
「いいんです、細かいことは!」
メイスの冷静な突っ込みがありつつも、気持ちを吐き出した。
「う~ん、クルビットは使わないけど」
セイバーは少し悩んでから口を開き。
「いっちょ、やっちゃうよ~!」
弾むような声をみんなに投げかけた。
* * *
「また狙われました!」
「援護するよ!」
戦線に復帰して早々、ダガーをレーザーで追い立てる機体をロックオン。斜めに張り出した尾翼と、単発エンジン、滑らかなボディ。AX-35『ライトニング・アロー』。
射撃準備はOK。ヴァイパーや機銃でプレッシャはかけるものの、まだ落とさない。
「また囮になってもらうけど」
「大丈夫!慣れてるもん!」
作戦はシンプル。
コブラ・ターンを使わせて、その隙にセイバーが攻撃を仕掛ける。
敵の攻撃を誘うための囮はダガーが引き受ける。
ダガーにレールガンが向けばセイバーが攻撃をすればいい。
もしレールガンがセイバーに向いても、セイバーなら見極められる。
私とメイスは取り巻きを間引き、セイバーの攻撃が防がれた場合に攻撃を仕掛ける算段だ。
「ダガー、びびるな。空間を使え!」
「了解、です!」
ライトニング・アローはダガーの航跡をなぞるようにピッタリ張り付いてくる。
シンプルな機動ではレールガンを待つことなく撃墜されてしまう。
眼前のダガーの機体が135度傾き、そのまま機首を上げ斜め方向へ降下。
相手も同様についてくる。
ダガー機が機体をさらに回転。機首を上げすかさず上昇。
一時的にライトニング・アローを引き剥がした。
ダガーは敵を引き付けながらも、巧みに敵の射線から逃れている。
1ラウンド目、張り付かれて撃墜された状況とは違う。
これなら囮も全うできるだろう。
別方向からダガーへ、青い光の筋が走る。
「喰らいました!でも、損傷軽微です!」
「こいつらは任せな。そっちはどうだセイバー!」
「順調だよ~!スカーレットに張り付いてるよ~!」
複数のレーザーがダガー機を狙い出した。
状況は整った。
レーザーに追い立てられるように飛行した先には、セイバーとスカーレットの姿がある。
「今だ!ジャベリン、取り巻きを潰せ!」
「了解、FOX3!」
射出したのは高機動誘導ミサイルのワスプ。
眼前のライトニング・アローからは光の粒子がバラ撒かれたものの、タイミングが悪かった。
ミサイルはそのまま敵の後方に突き刺さり炸裂。
ほぼ同時に、メイスの方向にもオレンジの爆炎が広がるのが見えた。
「来るよ!コブラ・ターン!」
セイバーに追われ旋回中の敵リーダー機。進行方向を無視して機首だけが引き上がる。
機体下部の砲塔のスパークは、レールガンの予兆を意味している。
その砲塔が、ダガー機にピタリと合った。
「ダガー、ブレイク!」
「はい!」
レールガンの軌跡はダガーの真横をすり抜けた。間一髪、回避成功。
「ワスプ、いっけ~!」
速度を失い慣性のまま飛行するスカーレットへ、セイバーが放ったミサイルが2発、迫る。
ほぼ同時に、スカーレット機からオレンジ色の光の粒子がバラ撒かれる。白煙とともに。ワスプの航跡は2筋とも、オレンジの光の中へ消えていった。
「避けられた~!」
攻撃失敗。セイバー機はオーバーシュートを避けるため進路を変更している。すぐに第二波は撃てない。
そこへ。
「逃がさねえ!喰らいやがれ!」
メイス機から4発のミサイルが射出。
それぞれのミサイルスモークが複雑に絡みながらスカーレット目掛けて飛ぶ。
でも、それらはスカーレットが再度放ったフレアに吸い寄せられてしまう。
スカーレットは慣性に任せて中空を滑りつつ機体のロールと機首引き上げを行おうとして、バランスを崩したか、力なく落ち始めた。
「FOX3!です!」
揚力を失ったスカーレットへ第三波。
囮となっていたダガーがスカーレットに向き直り、高速飛翔ミサイル『シルフィード』を射出。
今度はフレアが出ない。それでも、失速し落ちながらも、その砲塔はダガーに向けられた。
空を切り裂くような轟音。レールガンの軌跡が白い雲として残る。その先、オレンジ色の爆発が2つ。
「嘘でしょ!ミサイルを!」
「ごめんなさい、やられちゃいました……」
「なんてヤツだ」
迫るシルフィードを撃ち抜き、射線上のダガーすらも撃ち落とした。
その光景に、皆も驚きを隠せない。
でも私には驚く暇はない。
喉元に突きつける隠し刃は防がれた。けれども畳み掛けるなら今しかない。
「FOX3!」
落ちながら回転するスカーレットの機首と目が合った。
機体を左に傾ける。機首を上げる。左への旋回と見せる。スカーレットの機首がその方向へ追ってくるのを確認した。
直後に機体を背面まで回転させる。機首を上げる。フルスロットル。最大速度で離脱。
空を切り裂く轟音が再び響いた。
進行方向を欺瞞したはずの私のコクピット横を、マッハ6を超える砲弾が飛び去った。
思わず振り返る。
レールガンの砲弾が通った白い道筋の先、スカーレットの機体が黒煙とオレンジ色の炎に包まれているのを確認した。
試合終了のブザーが鳴り響く。
最後のレールガンが当たっていたら、もしかしたらスコアはまくられていたかもしれない。
安堵のあまり、大きく息を吐き出した。
* * *
「いい勝負だった。悔いはねえ」
ステージ中央で双方礼を交わしたあと、レッドパイソンのリーダー・蛇神さんは爽やかに微笑んだ。
「うちらの夏は終わりだ。あとは頼んだぜ」
「ああ、もちろんだ」
挨拶だけでなく、先輩たちと握手を交わしている。
「おい1年!」
「は、はい!」
蛇神さんが私に手を差し出すと同時に、鋭い目で睨むような表情に変わった。
何事かと思い、手を差し出そうとして身体が固くなる。
蛇神さんがそんな私の手を強引に握る。
「ノーガッツ・ノーグローリーだ。いい根性だ。女王たちを支えてやりな」
蛇神さんが不意にやわらかな表情に戻り、そのギャップに戸惑った私は咄嗟に返す言葉が出てこず。
「あ、えと、それも文法間違ってるんですか?」
何を変なことを聞いているんだと、自分でも困惑してしまった。
ひばりも先輩たちも、蛇神さんも戸惑いが目に見える。
それでも蛇神さんは「フン」と鼻で笑いつつ、目を細めた。
「合ってるよバーカ!」
* * *
試合のあと1人で御手洗に寄った私は、狭い通路をぼんやりと歩いていた。
今日の激戦の興奮は、まだ完全には収まっていない。
何はともあれ、私たちは勝った。那由多の待つ全国大会まで、あと少し。
来週の土曜日はいよいよ準決勝。
勝てばその日のうちに決勝戦。
県大会もあっという間に終わってしまう。早いものだ。
それにしても。
『あなたが実力を発揮できるチームを用意しよう』
月子が語った、スカウトの言葉を思い出していた。
最終的にチーム全員の力で勝利をもぎ取った。私たちは4人で1つだ。
月子は私たちの仲間だ。それは示せたと思う。でも。
『スカウトの話は断ったから、安心して』
月子にそういう声がかかっていること自体は誇らしい。
それだけの実力があることは、既に実績が証明している。当然とすら思う。
「身近な人がプロになるかも」と自慢したい心が、ないといえば嘘になる。
でも、もし彼女が断らなかったら、どうなっていただろう。
それに……今回は断ったけれども、次に声がかかったときも断るのだろうか。
いつか遠くへ行ってしまうのだろうか。
それはきっと、喜ばしいこと。でも、少し寂しい。
通路を戻りつつそんなことを考えていた。
その通路の先に、女の人が1人立っていた。
「潮見野高校1年生。ジャベリンさん」
話しかけられる。
制服姿。黒髪が肩から前に流れる。白いワイシャツの胸元には、縞の入ったリボン。
「初めまして。花見川総合3年の小手橋です。来週の準決勝、よろしくね」
何てことはない。来週戦う相手だった。
軽く挨拶だけして通り過ぎようとした。簡単な社交辞令。
本番は空の上。また来週。さようなら……。
小手橋さんが通路を塞ぐように両手を広げた。
戸惑い、思考が一瞬止まった。
一体どういうつもりなのか。問おうとして言葉が出てこないうちに、小手橋さんが口を開いた。
「会えて良かった。ラッキーだね。運がいいんだ、私」
ニコニコとしていて、口調も柔らかい。
でもその目は、私をしっかりと見据えている。
私の中の警戒心が告げている。ここを去るべきだと。
でも進路は塞がれている。思わず身構える。
「ねえ、勝負しようよ」
表面上は和やかなムードを崩さず、小手橋さんは続ける。
「来週の試合の、前哨戦ってことで」




