47話 決勝で会いましょう!
「いよいよ明日!夏の全国高校eスポーツ大会の地区予選が開幕します!
全国への切符を懸けた、高校生たちの熱い夏が今年も始まります!」
お風呂上がりに自室に戻ろうとしたら、リビングのテレビからニュースの音が聞こえた。
「中でも注目が集まるのは『Aces' Trail』部門!」
通り過ぎようとしたけど、聞き慣れたタイトルが聞こえたものだから様子を伺うことにした。
お母さんがソファに転がりながら、その横にお父さんがコーヒーを片手に腰を掛けながら、2人でそのニュースをぼーっと見ている。
「大空を舞台にした迫力のドッグファイト!見た目の派手さと裏腹に、緻密な戦略と一瞬の判断が勝敗を分ける『音速のチェス』!今年の注目選手は……」
「あんたが出るの、これ?明日試合なの?」
寝転がった姿勢でテレビを見たまま、お母さんが私に声をかけた。
「これだけど、試合は来週だよ。シードだから。明日は開会式だけ」
「ふ~ん……」
お母さんは薄いリアクションで画面を見つめたまま、やり取りを続ける。
やっぱり、そんなに興味がないのだろうか。
「これ、あんたの学校じゃない?」
お母さんの声に、思わず私も画面を見る。
よく知った顔が注目選手としてインタビューを受けている。
撃墜女王・朧谷月子。
連日部室で顔を合わせているのに、テレビに映っていると、なんだか遠い世界の人みたいだ。
「今年の意気込みは?」
「全国制覇!です!」
いつものように両手を胸の前で合わせながら、月子はにこやかな表情のまま言い切った。
「見た目は大人しそうなのに、強気なこと言うね」
「そうだよ!うちのエースだからね!」
その様子を見て、とても誇らしい気持ちになった。
いよいよ始まるんだ。少しずつ実感が、ワクワクが、こみ上げてくる。
* * *
電車に揺られて30分程度。
大会の会場は、駅から近い大型のイベント施設。
近くに野球場もあることから、普段は野球ファンやライブの参加者で賑わっている。
そんな人たちを受け入れてくれる駅前の商業施設は、まだ電気が点灯していない。
時刻は午前7時45分。駅から会場へ続くペデストリアンデッキを歩く。
外はもう既に暑い。歩くだけで汗がにじみ出てくる。
時折、野球帽を被りエナメルバッグを肩に掛けた男子の集団が通り過ぎていく。
彼らもまた、これから戦いに行く者たち。
私も同じ。
学校指定の紺のポロシャツにスカート姿の私は、彼らからはそうは見えないだろうけど。
お互いに頑張ろう。悔いの残らないように。
心の中でエールを送る。
途中、そんな彼らとは別方向にデッキを曲がる。
私が向かう先は球場ではなく、屋内のイベント会場だから。
進路の先に、曲線を描く屋根が特徴的な建物が見える。
入口前には、この大会で対戦相手になるかもしれない高校生たちの姿がまばらに見える。
それに、カメラやマイクを携えた大人の集団。腕章を付けている。
報道の人たちだろう。
ガラス張りの入口を通ろうとしたところで、視界の端に知ってる人が見えた。
少し遠いけど、先生と月子が入口から離れた位置に立っている。
手を振ろうとしたけど、もう1人、スーツ姿の男の人の後ろ姿が見えた。
会場の人との打ち合わせだろうか。
遠いけど、先生の顔がいつもよりキリッとして見える。
月子は俯き気味。
真剣な様子。邪魔したら悪いからあとで聞くとしよう。
* * *
室内に規則的に並ぶ柱の1つに、1年生たちが既に集まっていた。
ひばりが緊張の面持ちをしているのが分かる。
「今日は試合ないから大丈夫だよ~」と、励まされている声が聞こえてきた。
その集団に手を振る。少しだけ早歩きで近づく。
「やっときたー!」と、ひばりがくっついてきた。
見るからにソワソワしている。ひばりの肩に手を置き、落ち着かせる。
それから他愛もないやり取りで集合時間を待つも。
「先生たち遅いね」
集合時刻2分前になっても、先生と先輩たちが来ない。
「先生と月子さん、さっきあっちにいたよ。スーツの人と。
そのうち来るんじゃない?」
「スーツの人って誰?」
「さあ。会場の人じゃない?」
「お前ら。集まってるな」
そこに蘭花が現われた。
思い思いに雑談していた私たちが、一斉に気をつけの姿勢になった。
「おっさんからこの場を任された。行くぞ」
「え、月子さんは?」
「あいつは今日は忙しい。選手入場まで別行動だ。
おっさんが一緒だし、心配いらねえ」
そう言うが、メンバーが揃わないことに締まりの悪さを感じてしまう。
「開会式が終わったら、風咲とひばりは引き上げて練習に戻る。
他の1年どもは情報収集だ。
画面の中の腕前だけじゃあねえ。フィジカル、メンタル、空気感、仕上がり具合。
生だからこそ得られる情報を拾え」
蘭花は構わず続けた。
流れそのものは事前に聞いていたけど、月子が合流しないことは聞いてない。
* * *
蘭花の言葉通り、開会式開始前には月子が合流した。
安心したのも束の間、簡単な挨拶だけ交わして慌ただしく選手入場が始まってしまった。
そのまま月子が優勝校代表としてステージに上がり、優勝旗の返還。
そして。
「宣誓!」
お決まりの文言による、選手宣誓。大舞台で堂々と。
そこにはいつもの緩い雰囲気はなく、頼もしく、力強い。
その姿は誇らしく、憧れで、どこか遠い。
やがて開会式という一連の儀式を終えて、今日の私のミッションは終了。
「じゃあ、またな」
「うん、ごめんね練習行けなくて」
「猪ノ瀬くん。みんな。あとは頼んだよ」
先生と月子は、またどこかに行ってしまった。一息つく間もない。
式は終わったのにまだ何か打ち合わせがあるのだろうか。
「取材だ」
蘭花はそれだけ告げた。
* * *
「やあ。探しましたよ」
偵察に向かった成田たちと別れ、私たちも学校に戻ろうとしたところで、話しかけられた。
オレンジ色のポロシャツを着たショートカットの女の子が1人。
その顔には見覚えがある。
「渚さん!」
「ジャベリン。お元気そうで何より」
春大会で私たちが苦戦したクロウラー。そのリーダー、渚さん。
他のメンバーは一緒じゃないみたい。
「再戦を楽しみにしてますよ!」
「私もです!」
向こうはどう思っているか分からないけど、私は率直に、会えて嬉しい。
渚さんのスポーツマンシップ溢れる人柄には敬意を払っている。
でも蘭花の顔は私とは対照的に険しいままだ。
「……再戦、できるのか?」
「何が言いたいんです?」
渚さんは笑顔を崩さない。それでも空気がピリッとしたのを感じる。
ひばりが慌てた様子で双方の表情を見ている。
「分かるだろ。相性が悪すぎる」
「まあ、見ていて下さいよ」
「……どういうこと?」
バチバチの空気が漂う中、要領を得ずひばりに助けを求める。
「トーナメント表。ほら」
頼れる相棒は、携帯端末の画面に映る表を私に見せて小声で囁いた。
「旭ヶ浜が私たちと当たるのは、決勝戦だよ」
私たちと反対側のブロックに、彼女たち旭ヶ浜高校の名がある。
そして、もう1つ。忘れることのできない……いや、忘れてはいけない学校名。
高丘学院。
「クロウラーが準決勝まで進めば、セレスティアルと戦うことになる」
蘭花が補足するように、私に告げた。
「カタキを討っといてあげますよ」
そう言うと渚さんは私たちに背を向け、片手を上げながら群衆に消えていった。
「決勝で会いましょう!」
* * *
そこからの1週間は、調子の良さそうな他校の戦術分析と対策。
成田たちを仮想敵としての対戦。仕上げの野良試合。
あっという間に夏休みが始まり、そして土曜日。初戦の日。
迎えた2回戦は2ラウンド先取して勝利を収めることができた。
続く日曜の1試合目、第3回戦。ここでも2ラウンド先取勝利。
順調に見える。ただ。
「お前の悪い癖が出てるな」
「ええ〜?」
次の試合を待つ間、選手控室で先輩たちの振り返りが始まった。
「無駄に様子を見すぎだ。いらねえ被弾しやがって」
「うう……ごめん〜。避けられると思ったのに」
2回戦目も3回戦目も。
敵の出方をうかがっていた月子が『あわや撃墜』という場面が見られた。
「大丈夫ですか?最近『心ここにあらず』なときもありましたから……夏バテとか?」
「ううん、平気だよ~」
「なら良いですけど……」
ひばりも心配そうに声をかける。
「相手に調子付かれると厄介だ。女王の格を下げるようなことするなよ」
「ごめんって~。次は大丈夫だよ~」
「あの。何かあれば言ってくださいね」
私も声をかける。開会式のときにいたスーツの人が何となく気になっていた。
「力になりますから!」
「大丈夫だよ~。ありがとね」
いつものニコニコ顔で、月子は答えた。
「次の相手は?」
傍らに立つ1年生の誰に言うでもなく、蘭花が尋ねた。
「杉戸に決まりました」
問いかけには香取が答える。
「杉戸……?聞いたことあるな」
「蘭花さんたちが春大会の初戦でボコボコにした相手ですよ」
「ああ……あいつらが来たのか」
蘭花に促され、香取・野田の分析班が続ける。
「彼女たちはロックオンを使いません」
「機銃と無誘導兵器による速攻。それだけで勝ち上がってきました」
「なに?」
蘭花が驚きの声を上げた。
「そんな縛りプレイみたいなことしてるの?」
月子も、そして私もひばりも、驚きを隠せない。
さらに香取が付け加えた。
「特に、リーダー機の使う『トールハンマー』に要注意です。掠ったら死にます」
* * *
これから始まる第4回戦。つまり準々決勝。
「ヘヘッ。また会ったな、お前ら」
春大会と同じように、敵チームとステージ裏で対峙する。
ウルフカットに、耳にピアスをつけた女性。
杉戸国際高校。チーム名、レッドパイソン。
「改めて、リーダーの蛇神だ。今日はよろしくな」
春大会と違うのは、彼女たちが一切ヘラヘラしていないことだ。
「あれから、チームを鍛え直した」
ヘラヘラではない。ギラギラしている。
AIの打ち立てた作戦に頼らない、自分たちの戦いに誇りを持っている、戦士の目だ。
前のように簡単にはいくまい。
「私たちの戦いはもうご存知だろう?」
「ああ」
「私たちの信条は速攻!ちまちまロックオンなんかしてられねえ!速さこそパワー!すなわち!」
蛇神さんはそこでタメを作り、言い放つ。
「ノーロック・ノーライフだ!」
「おお……」
思わず感嘆が声に出てしまった。
すごい。何だか、とてもかっこいい。
いいな。私たちも何かかっこいいキャッチコピーが欲しい。
でも私の感動を他所に、月子と蘭花は困ったように顔を見合わせている。
ひばりは無表情だ。いや無表情に努めようとしている。少しだけプルプルしている。
みんな、どうしたんだろう。
「あ~、その、なんだ」
少し間が空いてから、蘭花と月子が申し訳無さそうに口を開いた。
「受験生にこういうこと言いたくないんだが……」
「意味、逆じゃない?」




