幕間06 那由多① プロの人
朝、教室に入ったら1人の女の子が泣いていた。
その周りには3人の女子。
話し声が聞こえる。「飼っていた犬が死んだ。だから悲しいんだ」ということらしい。
だから元気を出してもらおうと、ランドセルを背負ったまま、ぼくも話しかけた。
「ねえねえ!次はどんなの飼うの?」
女の子は大きな声を上げて泣いた。周りの女子たちは嫌そうな顔をぼくに向けた。
そのまま4人で、どこかに行ってしまった。
また間違えたみたい。
* * *
小学5年生の4月。
「プロリーグが始まった」と、男子たちが興奮しながら喋っていた。
私も知ってる。
戦闘機の飛び交う様子がネットでもテレビでも放送されるようになったから。
戦争の映像じゃない。ゲームの映像。
野球とかサッカーとかバスケとかみたいに。
プロと呼ばれる人たちの戦いを、テレビとかスタジアムとかで見られるようになった。
でもゲームのプロって何?
遊んでいるだけでお金がもらえるの?
「ホーリツ?が変わったんだって!」
「めっちゃ賞金が出るらしいぜ!」
それ、最高じゃん。
「遊んでるだけで大金持ちになれるなんて最高じゃん!俺もプロゲーマーになる!」
ぼくの思ったことを、男子の1人が叫んでいた。
そんなある日。
ぼくはお父さんに連れられて、話題の戦闘機ゲームの試合を見に行った。
プロと呼ばれる人たちの試合。
「チケットを取るの、大変だったんだぞ」
と、お父さんは言った。
ステージの上に、大きなスクリーン。
スクリーンの手前に選手たちの席がハの字に並んでいる。
ここに選手が座ってスクリーンにゲームの映像が映し出されるのを、
会場を埋め尽くすお客さんたちが待ちわびている。
会場はひんやりしてるのに、熱気で汗をかきそう。
選手の入場と共に会場のあちこちから歓声が上がり、空気を震わせるようだった。
試合が始まってからの盛り上がりは言うまでもない。
ただのゲームの対戦なのに、怖いくらいだった。少し引いた。
「これを付けてごらん」
お父さんが手渡してくれた眼鏡をかけると、
そこら辺が青空に代わり、縦横無尽に駆け巡るたくさんの戦闘機が浮かび上がった。
戦闘機を追いかける、たくさんのミサイル。
青空に描かれていく白い飛行機雲。
どっちのチームが勝ってるのか。
何をしたら勝ちなのか。
どんなルールなのか全然わからないけど。
背後を取って、取られて。
ピンチのときに仲間が助けにきてくれて。
強そうな戦闘機を、別の強い人が粉砕して。
とにかく、かっこいいって思ったんだ。
「いけー!」とか「やれー!」とか、夢中で叫んだ。
最初に感じた「怖い」って気持ちは消え失せた。
その代わり「すごい」って思った。
野球少年がプロ野球選手に憧れるように。
サッカー少年がプロサッカー選手に憧れるように。
この日ぼくは、プロと呼ばれる人たちに憧れた。
大勢の観客の視線をぼくに集めて。ぼくが大活躍して。
ぼくのスーパープレイをみんなに見てもらうんだ。
ぼくのすごいところをみんなが見たら、きっとビックリしちゃうよね。
「すごい!」「かっこいい!」って、褒められちゃうかも。
それって、すっごく気持ちいいかも。
「なれるわ。あなたなら」
帰り道にそのことを話したら、お母さんは言ってくれた。
「あなたの可能性は、無限大だから」
お母さんの口癖だ。
* * *
休み時間の教室。
男子たちが昨日のプロの試合のことで盛り上がってたから、「ぼくも見に行ったよ」って教えてあげた。
「ぼくもプロになりたいな」って言ったら。
「なれるわけねーだろ!」
「女のくせに!馬鹿でー!」
「なれるよ!」
ぼくはムッとしながら、答えた。
「ぼくの可能性は、無限大なんだ!」
「何がムゲンダイだよ、くだらねえ!」
力いっぱい、その子を突き飛ばした。許せなかったから。
ガラガラ、ガタンって大きな音がした。
誰かの机が倒れた。中に入っていた教科書とかプリントとかが散らばった。
「何すんだよ、こいつ!」
顔を叩かれ、その勢いで倒れた。ガンッと音がなって、目の前に火花が飛んだ。
口の中に鉄の錆びた臭いが広がった。
言い返したいのに痛くて声にならない。
やり返したいのに痛くて立てない。
「やめなさい!何してるの!」
「先生!暴力女がまた殴りましたー!」
どうしていつも、ひどいことをするの。
もっと周りのことを考えなさい。
相手の気持ちを考えなさい。
昔から、そんなことを言われ続けてきた。
相手の気持ちなんて分かるわけない。
ぼくは相手じゃないんだから。
ぼくの気持ちだって、誰も考えたことないじゃないか。
不公平だ。
「ぼくは悪くない」
この言葉だけはいつも無視された。
* * *
勉強も運動も苦手だったけど、ゲームだけはそれなりだった。
だから家で1人、一生懸命練習した。
プロっていう人になるなら、上手にならなきゃ。
一生懸命頑張ればきっと上手になれる。
キャンペーンモードは3日でクリアした。
いよいよ対戦を始めて、どんどんランクを上げていくんだ。
でも手も足も出ず負け続けた。
どうやって戦えばいいか分からない。
キャンペーンモードの最高難易度を最高ランクでクリアするまで練習しても。
対戦では通用しない。
負け続けて。
ランクは最低のまま、ずっと変わらなかった。
こんなとき誰かに聞ければいいのに。
聞く相手はいないから。
『なれるわけねーじゃん』
『馬鹿でー!』
『何がムゲンダイだよ、くだらねえ!』
男子たちの言葉を思い出して悲しくなった。
「周りがなんと言おうと、あなたの可能性は無限大だから」
お母さんだけは認めてくれた。
「自分を信じて進みなさい」
* * *
毎日のように雨が続いて、外に出るのも面倒なある日のこと。
「これ興味ない?」
お母さんが突然、ぼくにチラシを差し出した。
なんとかアカデミーって文字が見える。
何これ。塾?
クラスのみんなは塾に行ってるらしいけど。
学校以外でもわざわざ勉強するなんてバカげてる。
絶対嫌だ。
チラシを破り捨てようとしたけど。
よく見たら違う。
算数や国語といった文字の代わりに並んでいるのは。
MOVA。FPS。格闘ゲーム。レースゲーム。
そして、フライトシューティングゲーム。
勉強じゃない。
ゲームを教えてくれる塾だ!
「やる!やりたい!」
断る理由なんてあるわけない。
* * *
塾は近所になくて、大きな街まで車で送ってもらった。
だから周りに知ってる人がいない。やっぱり不安。
ここでも他の人たちとうまくいかなかったらどうしよう。
意地悪されたらどうしよう。
……間違ったことを言って、嫌われたらどうしよう。
でも心配なかった。
「あなたはセンスあるわ」
コーチの人は褒めてくれた。
お母さんやお父さん以外の人に褒められたの、初めてだったかもしれない。
「操作がすごい上手だね!」
「まだまだだ、新入り。連携ができなきゃ試合には勝てないぜ」
「何よ偉そうに」
「すぐ追い抜かれちゃうよ、お前なんか」
そんな感じで、わいわいと話が広がる。
ゲームの塾のクラスには、他の小学生が男女合わせて10人くらいいた。
たぶん学年もみんな違うけど、みんな仲がいい。
それに、みんな僕に意地悪をしない。
ここでは勉強も運動も関係ない。
相手の気持ちなんて関係ない。
ゲームが上手になれば認めてくれる。
同じゲームが好きなら、仲良くなれる。
ゲームの塾は週1回だけ。
毎週毎週、待ち遠しかった。
* * *
夏休みには『プロの人が教えてくれる』っていう特別イベントが開催された。
「海原です。みんな、よろしくね!」
プロっていうから、怖い大人の男の人を想像していた。
前にスタジアムに見に行ったときも、出てきた選手はみんな男の人だったから。
でも塾に来てくれたのは、大学生くらいの優しそうなお姉さん。
少しほっとした。
そういえばこの人のこと、ぼくもニュースで見たことがある。
プロのリーグというものに実際に出ている人。
テレビにも動画サイトにも出ている人。
CMでも見たことある。
そんな人が目の前にいるなんて、なんだか不思議。
特別イベントには、いつものメンバーの他に、見慣れない子たちもいっぱい集まっていた。
実際に試合をしながらプロの人のアドバイスが受けられる。
それを聞いて、みんな興味津々だったんだと思う。
「俺のこと見て!」「私上手でしょ!」って我先にと話しかける子たちに、
プロの人は笑顔を絶やさず、アドバイスをしていく。
中にはアドバイスを受けるだけじゃなくて。
「世界大会、頑張ってください!」
「ありがとう!絶対優勝するね!」
そんなやり取りも聞こえる。
ぼくの番がきた。
「あなたはとっても上手ね!操作技術は大人以上かも!
少し突っ込みすぎだから、お友達と協力しながら戦うことを意識すると、もっと良くなるよ!」
せっかく褒めてくれたことにも気づかずに。
「女の人でも、プロになれるの?」
そんなことを聞いていた。
「うん!なったよ!」
嬉しくなった。
「ぼくも、プロになりたいです!」
思わず口に出しちゃって、後悔した。調子に乗っちゃった。
『なれるわけねーじゃん』『女のくせに』って、男子の言葉を思い出した。
また笑われちゃう。また馬鹿にされちゃう。
ぼくは俯いた。
「夢を叶えた人と叶えられなかった人の違いはね」
プロの人は続けた。
「諦めたか、諦めなかったか、でしかないの」
ぼくの目を見ながら。
「諦めなければ、なれるわ!」
力強く、微笑んでくれた。
プロの人はアメリカに行くんだって。
世界中の強い人が集まる大会に、日本代表として出場するんだって。
日本代表。それって、すごくかっこいい!
「秋になったら、また来るね!」
大会が終わって秋になったら、また会いに来てくれるんだって。
お母さん以外に、ぼくの夢を応援してくれたプロの人。
期待に応えたい。もっともっと上手にならなきゃ。
秋にまた会ったとき、びっくりさせてあげるんだ!
夏休みの間、塾でも家でもたくさん練習したから、ゲーム内のランクは少しずつ上がっていった。
プールにもお祭りにも行かず。宿題なんかやる暇もなく。
お父さんに怒られながらも、ほとんど全部の時間を『Aces' Trail』に使った。
自分でも手応えがある。自信がある。
前よりも強くなった!
早くプロの人とまた会いたいな。
夏休みが終わって。
日が沈むのが早くなって。紅葉や銀杏も散って。
寒くなって。新年が来て。雪が降って、溶けて。
ぼくが6年生になっても。
プロの人が塾を訪れることはなかった。




