46話 全国、連れてくね
眼前に広がるVR空間は無機質なロビー画面を映している。
「じゃあ、終わりにしましょう。それなりに学びはあったわ」
このまま終わってしまう。
あの子がいるのに、一言も言葉をかわせないまま。
何か声をかけなきゃ。でも、あんな負け方をしたから。さすがに虫が良すぎる。
「何かフィードバックとかないの?」
「あなたという人は……」
解散の雰囲気の中で月子が言葉を挟んだ。
桐崎さんはため息で呆れた様子を示しつつ、質問に答える。
「技術面は言い出したらキリがないわ。だから1つだけ。
執念に欠けるわ。なまじ勝てるから?
去年のように女王が何とかしてくれると思っているなら、甘いわ」
部室内の空気が一気に重苦しくなった。
誰も何も言わない。
「弱者が勝利への執着すらなくしたら、終わりよ」
反論したい気持ちはある。
私たちは全国大会優勝を目指して日々練習している、と。
月子一人に依存しないよう頑張っている、と。
でも事実は変わらない。桐崎さんたちにはまるで歯が立たなかった。
「エコーとの2戦目は悪くなかったわ」
そんなフォローまで相手の口から飛び出すとは。
まだVRヘッドセットを装着していて良かった。
声こそ発さないものの、蘭花は鬼の形相をしているだろう。
顔を見るのが怖い。
一方、月子は全く気にしていない様子だった。
「ありがとう都希乃。今日は楽しかったよ!」
沈黙。妙な間が空いたことで、一気に緊張が高まったのを感じ取った。
「女王。
楽しくゲームをしたいなら、大会なんか出ない方がいいわ。
内輪だけで遊びなさい」
話し方は変わらないものの、声は明らかに苛立っている。
「そうかもね~。でも」
その変化には一切構わず月子が続けた。
「約束しちゃったし。全国大会で優勝しようって」
「約束?」
桐崎さんはその言葉を一笑に付す。語気が強まる。
「優勝するのに約束が必要?勝利に理由が必要?
それだけの才覚を持ちながら『楽しかった』だの『約束』だの!
だからあなたは!」
「でも~。都希乃は、ゲームしてて楽しくないの?」
月子の問い返しに、理路整然とした桐崎さんの言葉が止まった。
また沈黙。
「話にならないわね」
桐崎さんは一言だけ返した。
通話もとうとう終わり。
何か言おうとしても今の話のあとで尚更罪悪感がのしかかる。
負けた悔しさよりも、あの子と言葉を交わせない焦りの方が強い。
それは……良くないことだから。
「ごめん!もうちょっと待って!」
「今度は何?」
通話を切ろうとした桐崎さんを、月子が慌てて止めた。
「ほら、風咲!」
良くないことのはずなのに。
気を回してくれたのに。
急に呼ばれて戸惑い、咄嗟のリアクションができない。
「後悔するぞ。今話さないと」
蘭花にも背中を押される。
もう止めることができない。感情が一気に溢れ出た。
「那由多でしょ!いるんでしょ!そこに!」
少しだけ間を置いて。
「やっぱり風咲だ!」
明るく元気な、弾むような声。
この声をずっと待ってた。ずっと探してた。
胸の奥を熱が支配する。息苦しい感覚に襲われ、声が詰まった。
「知り合い?」
「うん!親友です!」
「私的な会話は許可しないわ。終わってからにしなさい」
「だって知らないもん、連絡先」
桐崎さんの言うことは正論だ。正しい。
次の言葉が続かない。
「なあ」
そんな私に代わり、蘭花が呼びかけた。
「おこがましいのは分かってるが。少しだけ許してやってくれないか」
「都希乃、お願い」
月子も続いた。
「ね、部長!少しだけ!」
「……30秒」
「ありがとう部長!」
先輩たちの助け舟と桐崎さんの計らいに感謝しつつも、頭は真っ白なまま。
「あの……私……私は……」
話したいことは山ほどあるはずなのに。
「えっとね!えっとね!」
相変わらずの元気な声だけど、同じ様子。
許された僅かな時間はあっという間に過ぎ去ってしまうのに。
まともな会話にならない。
そんな中で那由多からひねり出されたのは。
「全国大会で会おうよ!」
一言だけだった。
「うん!待ってて!」
これだけ。でも、これでいい。
向かう道の先に、間違いなくあの子がいる。充分だ。
* * *
通話が終了してVRヘッドセットを外す。
「あの、ごめんなさい。私……せっかくセント・ローズと戦えたのに」
まず謝らなきゃって思った。
先輩たちのリベンジの機会を台無しにしてしまった。
「そうだな」
月子も蘭花も、既にヘッドセットを外している。
先輩たちの表情を見ることができず、顔を伏せた。
「もしお前が『自分のせいで負けた』と思ってるなら、それは違う」
返ってきたのは意外な言葉だった。
声に怒りはなく、むしろ穏やかだった。
「お前を守れなかった、あたしらの責任だ」
「でも!」
顔を上げ蘭花と目を合わせる。
激戦に次ぐ激戦で、蘭花にはさすがに疲れの色が見える。
いつものように目線は鋭いけど、決して怒りの表情はしていない。
「まだまだ届かなかった。それが結果だ。
あたしらの完敗だ。ここまで圧倒的だと、いっそ清々しいぜ」
「私も落とされちゃったし。すごい子だったね」
月子も乗っかり。
「わ、私も……何もできなくて……」
ひばりも続いた。
「慰めで言ってるんじゃあない。今日の負けはチーム全体の課題だ」
「蘭花さん。チーム全体ってのは、私たちも入っていいんだよな」
そこに成田も割って入った。
「私たちも、背負っていいんだよな!」
蘭花を睨むほどの目線で、力強く。叫ぶように。
「私が強くなれば、もっと強い仮想敵になれる。だから……」
成田だけじゃない。
「あそこで無理にでも交代してあげられれば……」と市原が。
「私たちの気合が足りなかったな!」「そうだね、気合だね!」と鴨川と佐倉が。
「1人で背負い込まないでよ。ね?」
「今日の動画から、あいつらを倒すヒントを掴んでやるわ。任せてよ」
野田と香取も続いた。
「当然だ」
蘭花はそんな1年生たちを振り返りながら。
「アーモリーは、お前らがいなきゃ飛べねえんだ」
そう笑いかけた。
「悔しいさ。だがここで腐っても何にもならねえ。
リベンジは8月の全国大会だ!
全員で強くなる!それしかねえだろ!」
私が提案した、私個人のための戦い。
途中、チームのために「何かしたい」と思い直した。
それでも最後は私情に流され、チームの和を乱した。
どう考えても私個人の問題。
どう考えても全部私のせい。
「なあ、風咲!」
「まず県大会だよ~。さくっと優勝しちゃおう!」
「私も、もっと頑張るから!」
まだ受け入れてくれるというのか。
『お前のせいで負けた』って、あの日心に刻まれた。
『それは違う』って、真っ向から否定してくれた。
そんなの。
全力で応えるしかないじゃないか。
* * *
次の月曜の放課後。
私とひばりが、みんなより先に日課のトレーニングを始めていた。
私は相変わらずの特別メニュー。
なんだか心が軽くなって、ランニングができるんじゃないかと少し期待した。
でもまだダメだったから、部室の横の階段でいつもの昇降運動。
いつかみんなと一緒にランニングができたらいいな。
そんなことを考えていたら、
グラウンド10周を終えたひばりが戻ってきて、私に並んだ。
等間隔に鳴る電子音のリズムに合わせて、何故かひばりも階段の昇降を始める。
「足りないのは、私が一番よく分かってるから」
そう言うひばりは気づいているだろうか。
彼女が誰かを助けるとき、そこには命令も指示もない。
いつも自分で状況を見て、自分の意志で動いていることに。
「絶対に仲間を助ける」という意志の表れ。
それが明確に彼女の強さだということに。
聖フィオーレ学院との練習試合のときも。春の大会のときも。
その強さに、私は何度も救われた。
変に意識させるのも悪いので、声には出さず胸の内に留める。
代わりに1つ言えることがある。
「グラウンド10周。終わるの早くなったよね」
昇降運動は時間が指定されている一方、
みんなのグラウンド10周は、終わった人から次のトレーニングに移行する。
速い人は早く終わる。
以前は私のトレーニングが終わる頃に、
ひばりがグラウンドで膝をつき肩で息をしていた。
「お、風咲ー。まだやってんのか?」
「あれ、なんでひばりもやってんの?」
ランニングを終えたばかりの鴨川と佐倉が通りがかった。
そして2人も当然のように階段の昇降運動を始める。
「いつも1人で寂しいっしょ」
「感謝しろよー」
「うん……あの、狭いんだけど」
さらに成田、市原がランニングから戻ってきた。
「おう、お前ら元気だな。混ぜろよ」
「私も」
階段を上下する人数が増えた。もっと狭くなった。
「お前らデカいんだよ!狭いだろ!」
「そうだそうだー!」
「私はともかく……なっちゃんは横幅取りすぎなのよ」
「お前、それはライン超えたぞ!」
「ちょ、喧嘩しないでー!」
しかも勝手に口論を始めて、ひばりにたしなめられている。
「みんな仲良しだね~」
野田が加わった。さらに階段が狭くなった。
「まったく、体力馬鹿どもめ……」
香取は「非合理的なことはしない」と言いつつ、
部室に移動するでもなく、廊下に座り込んで私たちが終わるのを待っている。
「急に賑やかになったね」
思わず苦笑い。
『仲良し』か。
私たちは、休みの日にお茶しに行くこともない。
学校の帰りにカラオケに行ったり、ハンバーガーを食べに行くこともない。
好きな機体は知ってるのに、
好きなアーティストも好きな映画も知らない。
戦い方のことで言い争うこともあれば、妙に団結することもある。
虎視眈々とレギュラーの座を狙いながらも、私が弱っているときには全力で支えてくれる。
少し歪な感じ。
でも。
同じ目標に向かって一緒に歩んでいる。
前よりも少しだけ、仲間になった気がしている。
「全国、連れてくね」
階段を昇り降りしながらも、自然と声に出た。
「うん!頑張る!」
「頼んだぞ」
「私たちの分まで」
「勝てよー!」
「連れてってね、キャプテン!」
「サポートは任せてよ~」
「県大会。絶対、優勝しなさいよ!」
みんなが呼応した。
全国大会に出場すること。
那由多との誓いであると同時に、みんなとの誓いになった。
私のため。チームのため。
同じ私だから、やっぱりどっちも切り離せない。捨てられない。
だからどっちも背負って飛ぶんだ。
背負うだけじゃない。
私の手はまだ、みんなで壁を超えたときの重みを覚えている。
この重みは私が背負う想いであり、同時に、私を支えてくれる土台だ。
私は支えられている。
実感を伴って、前より少しだけ理解できたと思う。
もうすぐ。
期末テストを乗り越えれば、すぐそこに。
私たちの熱い夏が、間近に迫っていた。




