43話 カキーン
「2機来ます!いや……4機とも!」
「こっちもロックされてます!」
第3ラウンド開始早々、敵の4機は私とダガーに狙いを定めた。
「過剰火力上等ってか。待ってろ、ECMを使う!」
「後ろ、取るよ~」
敵のミサイル射出に合わせてメイスがECMを発動。
回避には成功したものの違和感が残る。
「ECMを打ち返して来ない」
違和感の正体はメイスが指摘した。
ECMの効果時間をずらしているのか。
それとも別の狙いがあるのか。
先輩2機が私たちの後方を飛ぶ機体の背後を取り、1機ずつ引き付けている。
ECM担当のライトニング・アローが依然として私の6時方向に付いている。
機銃の射程ではない。離れている。ECM有効下なのでロックオンもされない。
つまり脅威ではない。
このまま振り切ればいい。
直後、青い光の筋が通り抜けるのが見えた。
画面が揺れた。HUDが赤く明滅する。甲高い音が鳴り響いた。
コントローラの振動が止まない。反応が遅れた。急旋回。距離を置く。
「パルスレーザー!撃たれました!」
レーザーの連続ヒットを許してしまった。一瞬だ。機体耐久値の50%を持っていかれた。
「うそ!ECMを捨てたの!?」
「正気じゃねえな」
先輩たちも驚きを隠せない。
私たちのECMは依然として敵のレーダーを封じている。
状況は圧倒的に優位。一方的に攻撃を仕掛けられる。
もはや敵チームは勝負を捨てたに等しい。
なのに、この不安はなんだ。
「余裕だと思うか?」
そんな心中を察してか、メイスが問いかける。
「いいえ!怖いです!」
直感が告げている。今日一番の脅威だと。
「そうだ、それでいい!兵装の差が勝敗の全てじゃねえ!」
「ど、どういうことですか?私たちが有利なんじゃ……」
ダガーの当然の疑問には、そのままメイスが答える。
「ECMはトータルで試合時間の1/4を支配できる。
だが残る3/4はECMの効果時間外だ。あいつらの攻撃の方が重たい!」
普段なら、それを差し引いてでもECMの恩恵が大きい。
だからこそ「1ラウンド中にECMポッドを持ち込めるのはチームで1機だけ」というルールが存在する。
その優位を、あえて投げ捨てた。
敵が捨てたのは勝負じゃない。捨てたのは逃げ道。安穏に安全に勝つという甘さ。
怖いのは兵装じゃない。そこまでして攻撃の意志を、勝利への執念を示す、彼女たちの覚悟だ。
「ファントム・ホークもレーザーだよ!掠っちゃった!」
「電子妨害を見越した兵装だ!お上品なお嬢様集団にしては、いい根性してるじゃねえか!」
ECMの有効下なのに、青い光の筋に追い立てられ防戦一方だ。
「どうすれば!」
「ステルスどもの射線に入るな!ミストナイトを狙え!」
レーダーに目をやる。状況を確認。
後ろにはライトニング・アローが1機。ダガーの後ろにミストナイト1機。
先輩たちが敵の2機を引き付けている。
後ろの敵を振り切り、ダガーの救援に向かう。腹は決まった。
ロックオンアラートが鳴った。
最初のECMの効果が切れたことを意味する。
アラートが甲高いビープ音に変わった。ミサイルアラート。後方にミサイルの航跡を確認。ヴァイパーが迫っているはずなのに、アラートの間隔は間延びして聞こえる。落ち着いてスティックを押し込み、フレアを射出。
左スティックを傾け機体を回転させ、旋回を開始。ミサイルに背を向ける。
目線を動かす。ダガー機を目視。
敵機を振り返る。追ってきてる。旋回半径のさらに内側にいる。このままだと向こうが有利だ。
咄嗟に機体を180度回転させる。機首を上げる。アフターバーナーを全開。
旋回ルートを変えるフェイント。この隙にダガー機に接近する。
これで振り切れる相手とは思えないけど。距離は稼いだ。
呼吸を整える。息を大きく吸い、肺をリフレッシュさせる。
ダガーの方はデコイを飛ばしてミサイルを回避したところだった。
合流して、ダガー後方の大きな三角翼の機体、ミストナイトを叩きたい。
でも。
デルタ翼の敵機が機銃を掃射した。何もない中空に向けて。
空の青の中に銃弾が吸い込まれる。甲高い音が鳴り響く。
やがて黒煙が吹き上がった。オレンジ色の爆炎が広がり、主翼が散った。
露わになったダガー機がバラバラに砕けながら、重力に引かれ力なく落ちていく。
「なんで!見えないはずなのに!」
光学迷彩で周囲に溶け込んだダガーを撃ち落とした。闇雲に撃ちまくったわけじゃない。明らかに狙っていた。
「光学迷彩も絶対じゃない。ジェットの炎やヴェイパーは誤魔化せない」
メイスの指摘は尤もだけど。
亜音速で飛行する見えない標的を、こうもあっさりと。
「ごめんなさい!急ぎます!」
「どんまいだよ~。落ち着いて戻ってきて!」
「3機で凌ぐぞ!離れるなよ!」
「了解!取り返します!」
ダガーを撃ち落としたミストナイトは、今度は私に迫っている。
後方はライトニング・アロー。挟まれている。
息を長く吐き、強く吸う。止める。
レーダーに目を落とし位置を再確認。
機首を上げる。上昇。機首を上げ続けループを描く。
「いっけ~!アーバレスト!」
変わらず追ってくる2機に、セイバーからのミサイル射出。
敵は2機とも一時反転。フレアの射出。また私に機首を合わせてきた。
あくまで狙いは私か。振り返り、キャノピー越しに見る。
白い大三角形が先行。その後方の滑らかな機体の下部、ウェポンベイが開きミサイルが並んでいる。仕掛けてくる。
「もう1回!いっけ~!」
私を狙う敵機の妨害に、アーバレストの第二波。
敵が再度、回避行動に入った。距離が少し開いた。
そこへ。
「ジャベリン、チャンスだ!ビースト野郎をやるぞ!」
自身も後ろに2機を連れながらも、メイスは進路をこちらに取った。
あくまでも攻撃の意志を崩さない。
「了解です!」
ライトニング・アローに狙いを定める。
機体を背面状態まで回転させ、機首を上げる。急降下開始。
「じゃあ、こっちの2機は相手しといてあげるよ!」
メイス機を追う2機の正面から、セイバーが突っ込んだ。
しばらく抑えてもらう。
「FOX2!行ったぞ!回避の先にワスプを叩き込め!」
メイス機の射出したヴァイパーを、ライトニング・アローがフレアを撒き退避。
その進行方向に合わせる。大丈夫、動きは見えてる。このまま正面。捉えた。ロック可能に。
ならない。敵のウェポンベイが引っ込んでいる。
レーダーから消えた。敵がステルス状態に入った。
戸惑っているうちに。青い光が一瞬、眼前を覆った。
ガンッという衝撃とともに、画面が揺れた。次いでミサイルアラートが激しく鳴り響く。
反射的にフレアを撒き、急速旋回。
正面からのパルスレーザーだ。さらに削られた。
視界の右下、機体損傷率は65%を示している。
「アタック失敗です!」
「そう簡単にはいかねえか。回避に専念しろ!」
レーダーを確認。ライトニング・アローと共にミストナイト、また私の後ろを取ろうと方向転換中。
「1機押さえる!」
後方を確認。メイス機がライトニング・アローを牽制。ミストナイトが追ってきている。
またミサイルアラートが鳴り響いた。振り切れない。
「お待たせ!」
アラートが立ち消えた。
突っ込んできたダガー機が、ミサイルを吸い寄せた。
鮮やかな爆炎が広がる。
直撃したはずのダガー機は悠々と飛んでいる。
デコイか。助かった。
ダガーが飛んできた方向を見ると、確かにデコイから離れた位置に飛行機雲が伸びている。
「気をつけて!本体の位置はバレてる!」
「了解だよ!」
「仕切り直すぞ!ECM発動!」
大きく息を吐く。肺の中の空気を交換し、リフレッシュさせる。
レーダーで状況を確認。
敵が進路を変えた。離れていく。
ECM効果中に、安全な位置に退避するつもりか。
いや。今の彼女たちがそんな消極的行動を取るとは思えない。
2ラウンド目後半のような、波状攻撃のセットアップと見て良い。
させない。阻止する。ダガー行くよ!
叫んだつもりが、声になっていないことに気づいた。
カキーン……と。金属音が聞こえた。
今の音、なんだ。
「風咲危ない!」
「避けて!」
スピーカー越しじゃない生の声。
一瞬気持ちが逸れたのを、その声でゲームに戻された。
敵機が、ミサイルが、迫っていた。
「ジャベリン、お前だ!ブレイク!」
今の音、なんだ。
グラウンド。ボールを金属バットで打ち返す音。
気づいた。身体の内側から、焦りが湧き出る。
「今、ソフト部のバットの音が」
「こんなときに何言って……なんだと?」
扇風機の音、セミの声、グラウンドからの遠い喧騒、
目の前に集中したいのに。全部入ってくる。
喉の渇きがはっきりと分かる。部室の生暖かい空気がまとわりついてくる。
汗が吹き出る。手元が滑るほど。
落ち着こうとすればするほど、呼吸が荒くなっていくのが分かる。
「ジャベリンを援護しろ!」
「ダメ!間に合わない!」
どこからか飛んできたミサイルが突き刺さりHUDの表示が激しく揺れるのを。
翼をもがれたアイアン・タロンが為す術なく墜落していくのを。
どこか遠くから見ているようだった。
「まだだ!まだ3分ある!」
「おっけ〜!戻っておいで〜!」
「ドンマイだよ!取り返そう!」
味方の声も外の喧騒に押され、どこか遠くから聞こえるようだった。
この感覚。セレスティアル戦の終盤と同じだ。
『それだけの集中状態があって初めて、敵のエースと対等に戦える』
思い出したのは先生の言葉。
ゾーンが。集中が。途切れた。
それはつまり、エースパイロットでいられる魔法が解けたことを意味している。




