41話 ちょっといいかしら
セイバーの撹乱、ダガーのサポート、メイスのアタックが噛み合った、私たち全員でもぎ取った1キル。
沈みきった部室の雰囲気が、重苦しい空気が、一気に書き換わった。
VR空間越しでも、それは充分伝わった。
1ラウンド目は数的優位を得たままに、メイスがもう1機の撃墜に成功。
2ラウンド目もエコーチーム2番機の回避の癖に付け入り、撃墜。
この1戦を通して、メイスこと蘭花が3機を撃墜した。
文句なしの、本日初勝利。
VRヘッドセットを机に置く音が4つ重なったところで、
みんなが今まで堪えていた喜びの声が一気に噴出した。
中でも、雄叫びにも似た歓喜の声を上げたのは、もちろん蘭花だ。
「うんうん、頑張った!頑張ったよ蘭花!」
「か、かっこよかったです!」
拳を握りしめ勝利を噛みしめる蘭花に月子、ひばりが声を掛ける。
私も続く。
「さすがです!えっと……ハットトリックですね!」
もうちょっと気の利いたことが言いたかったけど、戦いで頭を使ったあとは言葉がなかなか出てこない。
観戦していた他の1年生たちも蘭花の周囲に集まり、労いの言葉が飛び交う。
先生は腕を組んだまま、うんうんと頷いていた。
蘭花は、不意に私たちに視線を向けた。
「礼なら全部終わってから言ってやる」
「はい!待ってます!」
「午後も勝つぞ!」
* * *
撃墜することができる。相手は無敵の存在じゃない。
その事実が、私たちを潜在的に鼓舞した。
続く2戦、
私やダガーが落とされビハインドを負ったものの、先輩たちの連携が取り返した。
2つのドロー。
ここまでの戦いを通して、相手の出方に慣れてきたのもある。
私たちが敵2機を押さえ、その隙に先輩たちが敵を落とす流れの精度が上がってきた。
その後の2戦で、どちらも勝利を収めることができた。
『1軍を引きずり出す』という約束の勝ち越しまで、あと1勝。
続くエコーチームとの2戦目に勝てば条件はクリア。目標は随分とシンプルになった。
時刻は既に15時に差し掛かろうとしていた。
部室の空気は、いい感じにヒリヒリしている。
誰もが緊張を保ち気が休まらない。
交代しながら戦っていた私も同様。
ひばりも同じだろう。元気がないように見える。隣で座って休むひばりにうちわで風を送ると、彼女は目を細めた。
さすがの蘭花にも疲れの色が見える。汗を拭く回数が明らかに増えた。口数も減ったように思う。
月子だけは、むしろ活き活きとしているように見える。
戦いの最中もゲーム外でのやり取りも、声のトーンがずっと落ちない。
直前の戦いでコントローラを握っていた成田たちと交代し、席についてVRヘッドセットを装着したところで。
「エコーチーム、ちょっといいかしら」
ずっと淡々と進行していた桐崎さんが、出撃前の選手たちを呼び止めた。
珍しい。激励の言葉でも掛けるのだろうか。
「勝つ気はあるのかしら」
思わず背筋が伸び、息を呑む。
寒気が走った。背中に氷でも詰め込まれたんじゃないかと思うほど。
「2回負ければ、そのチームは解散。練習試合といえどルールは同じよ」
相変わらず感情を感じさせない淡々としたトーン。他の選手の声は聞こえない。
私に向けた言葉じゃないのに、嫌な汗が出てくる。
「コントローラ磨きからやり直したくなければ、せいぜい頑張りなさい」
凛とした声でえげつないことを言うものだ。
同時に、どこか納得した。王者の王者たる所以を垣間見た。
「なんだか怖いところだね……」
隣に座るひばりが小声で耳打ちしてきた。
「うちにも怖い人いるでしょ」
「そうだけど……」
相手は優勝校だし、しかも私立。
試合出場の権利を得るための倍率は、私たちと比べ物にならないくらい高い。
他のライバルに勝ち続けてきたからこそ、今日の対戦相手は画面の向こうで操縦桿を握っている。
でも、その座は危うい。蹴落とした相手に、いつ蹴り飛ばされるか分からない。
勝負の世界って、そういうものだから。
だから私もみんなに厳しくあたり、強くあろうとした。
全ては勝つため。例え部員が半数まで減ろうとも、だ。
昔の話。それが正解だったのかはさておき……少しだけ胸がキュッと詰まる。
「ちょっと可哀想になるね」
でも。
「同情しちゃダメだよ。勝負なんだから」
「分かったよ……」
というか同情してる余裕なんてない。
「死に物狂いで来るよ」
ただでさえ強い相手が、もっと本気になるんだから。
* * *
ラウンド立ち上がりから程なく、レーダー圏内に相手を捉えた。
向こうも見えているはずだ。でも中距離ミサイルを撃ってこない。
「戦い方を変えてきやがったな」
本来は先に見つけ先に撃つべきもの。教科書的にはそうあるべき。
先んじてミサイルを撃てば強制的に相手を動かせる。試合を動かせる。
その一手は限りなく有利。
でもここまでの9戦を踏まえて、今は必ずしも有効な戦術でないと判断したのだろう。
「クロスレンジに勝負をかけるつもりですね」
私も応じた。さらにセイバーが注意を呼びかける。
「各機、離れないで!カバーできる距離を!」
「了解です!」
相手の機体編成は1戦目と変わらない。
2機のEF-3k『ミストナイト』に、AX-35『ライトニング・アロー』、そしてAF-22『ファントム・ホーク』。
その編成が中距離ミサイル『アーバレスト』を使わないのなら、装備する特殊兵装は恐らく。
「ワスプが来るぞ!後ろを取らせるな!正面も論外だ!」
メイスの声を合図に、急速接近する敵から角度を取る。
機体を45度ロール、機首のピッチアップ。
ダガーも私に続く。
そこに敵機が張り付いた。
「ジャベリン、エンゲージ!剥がします!」
ダガー機の後ろに白い大三角形、ミストナイト。
その少し後方には、ややずんぐりした曲線を描く機影、ライトニング・アローが控えている。
進路反転。ミストナイトに狙いを定め加速。
敵機ロックオン。退避行動を促す。
これで相手はすぐ逃げるはずだ。すぐ剥がせるはずだ。
……違う。退避しない。
さっきまでと明らかに違う。やる気だ。
「ダガー!ブレイク!」
ミストナイトからミサイルの射出。多分、高性能誘導ミサイルのワスプ。
ダガーからフレアの射出を確認。
こちらからもワスプの射出。白い煙を噴き上げ、ミサイルが白い大三角に吸い寄せられる。
そこに、白煙を伴いながらオレンジ色の光の粒子がバラ撒かれる。
最初のアタックは双方の回避成功に終わる。
「ダガー無事?」
「うん、大丈夫!でもまだ狙われてる!」
三角翼の機体は悠々と旋回している。
私たちに背面を向け、次のアタックに備えている。
今時点、あの位置からダガーは狙えない。
ダガーに迫るのはライトニング・アロー。
位置が近い。急旋回し、機首を向ける。横向きの敵機、その進路上に機銃掃射。
相手は避けない。弾が金属を削る甲高い音がいくつか鳴った。
多少のダメージなど気にしない、ということか。
機体を上方向に向ける。ループを描き、反転。
ライトニング・アローを狙い直す。
曲線美の機体に向け、加速。
警告音。横っ腹をミストナイトにロックされた。
戦い方が変わっても『僚機を守る』という意図は健在か。
一瞬、レーダーに目をやる。状況を確認。
各機がそれぞれを狙っている。
ダガーが私の後方にいる敵機を狙えれば、狙い狙われのループになる。
でもダガーは回避に必死だ。
つまり白い三角形は今、フリー。誰からも狙われてない。攻撃は阻害されない。
先輩たちは少し離れた範囲で交戦中で、すぐには助けは期待できない。
「ECM!使って!」
叫ぶ。ダガー機のECM発動。敵2機がミサイル射出。私は急旋回を開始。
ほぼ同時に起きた。
ECMの効果で敵ミサイルは標的を見失い、青い空の彼方に消えていく。
ここで敵からのECCMが展開。
ダガーへの追撃が続く。
状況が変わらない。
いや、非常にまずい。
ミサイルの数よりフレアの弾数は少ない。単純な算数だ。
2機からのミサイルを受け続ければ、必然的に撃墜される。
相手はさっきまで、私たちのロックオンに反応して回避行動に入っていた。
でも今は違う。殺意が違う。リスクを負ってでも刺しに来る。
執念。その言葉がふさわしい。
『お高く止まるのは終わりだ。2機で1機を落とす』
そう言いたいのだろう。よく伝わった。
向こうは生存が懸かっている。必死だ。
ミサイルの曳光とフレアによる光の粒子が度々交錯し合い、とうとうミサイルの1つがダガー機に突き刺さった。
ECMの恩恵と僚機と回避兵装を失ったことで、私のアイアン・タロンもあえなく撃墜される。
そして。
「くそ、やられた!」
少し離れた空域から、メイスの悔しがる声が聞こえた。
生き残ったセイバーが辛うじて避け切り、復帰した私たちが大した活躍もできないところで、1ラウンドが終了。
* * *
「2番機から回避のクセがなくなった。向こうも覚悟が決まってやがる」
2ラウンド目に向けたセットアップ。
1ラウンドを取られはしたものの。
「面白くなってきやがったぜ」
「うんうん、楽しくなってきたよ!」
私たちの闘志は衰えていない。
「4機でカバーし合おうよ!」
勝つための話し合いが、インターバルで自然と湧き上がる。
「私はアーバレストに変えるよ。離れてても助けられるから!」
セイバーはやっぱり活き活きしてる。声の様子が明らかに楽しそう。
「みんなを守っちゃうよ〜!」
「分かった。ダガーはデコイを使え。あたしがECMを持つ」
「了解です!」
4機での連携を強める。次のテーマはそれだ。それなら。
「じゃあ私はヒュドラでいきます。射程もあるし、まとめて狙えるし、カバーに有利です」
「待て。それじゃあ決め手に欠ける」
「それは……そうですけど」
じゃあどうするのか、と言おうとしたところで。
「このままワスプを持って」
セイバーに先に言われた。
「頼んだよ、ジャベリン!」
あと1勝。勝利条件は、残り2ラウンドを取ること。
敗北も引き分けも許されない。
その状況で、敵を落とすのに最も有効な兵装を私が装備する。
決戦の一打が私に託されたことになる。
心臓の鼓動が速まる。喉の渇きを感じ、唾を飲み込む。
悪い気はしない。何だか口元が自然と緩む。
身体の奥が熱くなるよう。でも、頭の中はクリアだ。
「了解。撃墜します!」




