38話 お願いします!
VRヘッドセット越しにも分かる、部室内の沈んだ空気。
でも相手は待ってくれない。
反省の時間も、立ち直る時間も、作戦を立てる時間も与えてはくれない。
相変わらずよく通る声が、スピーカの向こうから淡々と告げた。
「次。ブラボーチーム、出なさい」
勝利を収めたアルファチームに労いの言葉をかけることもなく。
「待て!感想戦がまだだ!」
「こちらで勝手にやるわ。次よ。始めましょう」
蘭花の意見も聞くことなく、
感想戦を行うこともなく、
流れ作業のように進行していく。
試合開始前の機体や兵装選択画面が、目の前に展開されている。
このあとはすぐ、第2陣、ブラボーチームとの対戦が始まる。
相手の連携をどう切り崩すか、落ち着いて話し合う暇が取れない。
今この瞬間を。機体と兵装選択に許された僅かな時間を有効活用するしかない。
「ごめんなさい、私……」
「大丈夫だよ。まず生き残ることを考えよう」
さっきの戦いで2ラウンドとも真っ先に落とされたひばりと、続いて狙われ撃墜された私。
だからあまり偉そうなことは言えない。でも、何か言わないと。切り替えないと。
室温は高いはずなのに、手足が冷えるような感覚。身体の奥が震えるようだ。
自分の呼吸が浅いことに気づいた。意図的に、大きく息を吸って、長く吐く。
「風咲の言う通りだ。あたしがECMを持つ。ひばりはデコイを使え。自分と風咲を守れ」
「は、はい!」
防御寄りの兵装選択。
ホログラフィック・デコイなら、数秒の間目眩ましが可能だ。
本体の位置を機銃で狙われなければ、という前提はあるものの。
問題は攻撃面。
「あれだけすぐに逃げ回られると、なかなか当たらないよ~。どうしよっかな~」
「ワスプを持ちます。1機だけでも確実に……」
「うん、今回はそれで行ってみようか」
「月子さんは?」
月子の乗るAF-22ファントム・ホークは特殊兵装として、中遠距離ミサイルのアーバレストの他に、高性能誘導ミサイルのワスプ、そして無誘導兵器のパルスレーザーの3種類を装備可能。この3種類から1つを選択するわけだが。
「あんまり得意じゃないけど。たまにはレーザー使おうかな~」
彼女が選択したのはパルスレーザー。高速どころか光速の兵器。
ゲーム内では速度が設定されているため、亜光速とでも言うべきか。
射程が短く威力は低いものの、射線さえ合えばヒットする。
「当てに行く」こと、それが次のラウンドのテーマとなる。
* * *
ブラボーチームの編成はアルファチームと少しだけ違うが、意図は同様で、明白だ。
EF-3k『ミストナイト』が2機、遠距離戦でアーバレストを担当。
AX-35『ライトニングアロー』がECM担当。
近距離戦になだれ込んだとき、RF-29『ブラックマンバ』が火力を担当する。
「まずは遠距離戦を凌ぐよ!」
「10時と2時、2手に分かれてます!」
「撃ってきたぞ!狙われてる!」
「わ、私もです!」
まずは遠距離ミサイル・アーバレストにどう対処するか。
今の私たちは撃ち返すことができない。全ての兵装の射程外だから。
「落ち着いて、無理な旋回はしないでね」
最初は耐え凌ぎながらエネルギーを温存する。
「距離がある。ダガー、高度を下げて回避だ、あたしを真似しろ!」
「はい!」
「あたしらは回避に専念する。ジャベリン、動きを読んで伝えろ」
HUDに映るレーダーから、敵機を示す三角形を見る。
左右からの十字砲火。射出した2機は少し角度を変えて進行。
距離を保ったまま。
敵の三角は、回避行動中のメイスとダガーに向きを合わせつつある。
「第二波来ます!気をつけて!」
「第二波を待つ必要はないよ。ジャベリン、付いてきて〜」
おもむろに、セイバーが加速。進路は9時方向を飛ぶ敵エレメント。
「妨害しちゃうよ~!」
敵もすぐに察知した。ミサイル第二波を撃たず、方向転換。
ここでレーダーにノイズが走る。
敵のECMが作動した。
「こっちも使うぞ、ECM」
「メイス、もうちょい待って~!タイミングをずらすから!」
今は敵をロックできない。でも、目視している。
セイバーの持つ無誘導兵器なら、視界に入れてさえいれば問題ない。
「レーザー射程内!いっけ~!」
眼前の2機はすぐに散開を開始。それでも、削った。
貴重な先制ポイントだ。
散った2機のうち1機、遠距離攻撃要員のEF-3kに進路を合わせる。
「逃げられちゃった。そっちは平気?」
「平気じゃねえよ、ECM使うぞ」
「またミサイル来ました!デコイ出します!」
平気じゃないと言いつつ、被弾は最小限に抑えているようだ。
白く塗りつぶされたレーダーが回復した。
すぐさま敵機を狙いに行く。2時方向。でもロックオン圏内に入ったと思ったら、すぐ外されてしまう。
同時に、もう1機のRF-29がすぐさま圧力をかけてくる。
そこにセイバーが攻撃を仕掛けようとして、敵はまた回避行動に入る。
その回避の先を私が狙い……この繰り返し。
最初の先制点を除いては、互いにスコアが取れない。
「なかなか反撃ができねえ。だがこっちはしばらく引き付ける」
状況はメイスたちも一緒だ。
いや、むしろ防戦一方な分、旗色が悪い。
「目が回りそうだけど。まだ持ちそうです!」
「そっちの2機を頼む!」
当人たちの闘志は衰えていない。
だからダガーとメイスの言う通りに、目の前の敵に専念する。
兵装をワスプに切り替える。
でも高性能誘導ミサイルといえど、ロックオンできなければ意味がない。
ロック圏内に捉えるんだ。読んで。先回りして。
一度息を短く吸う。短く吐く。
レーダー上と目視で、状況を観察する。
敵の意図は至ってシンプル。徹底した危機の排除だ。
私を狙いに来るが、何かあれば即座に退避。
僚機がカバーに入り、また私が狙われる。
敵をロックして攻撃を仕掛けようとしても、ロックオン状態を必殺の距離・角度まで維持することが困難。
ここまで、まともにミサイル射出ができていない。
でも相手にとってのイレギュラーは、セイバーが装備する光速の兵装。
『射線を合わせれば被弾する』性質を、相手はあからさまに嫌がっている。
それなら、更に嫌がらせをするまで。
セイバーの射線上に追い込むんだ。
「敵のECM切れまで、あと5秒ってとこだ」
「了解だよ~!行くよジャベリン!」
「チャンス到来、ですね!」
1機に狙いを付ける。3時方向を旋回中のRF-29。
急旋回し、加速。横っ腹を抉るつもりで。
高負荷なGの演出でコントローラが震え、視界の四隅が暗くなる。
すかさず、相手も方向を変える。上昇。
レーダーが機能を停止していても、さすが強豪だ。
たぶん目で見られている。
一瞬にしてロックオンを断ち切られたが、辛うじてワスプは射出した。
同時に相手のフレアも確認。速い。
ミサイルはあえなくフレアに吸い込まれ、何も無いところで爆散。
ターゲットはS字を描くように進路を転換。
後を追う私の8時方向から敵機EF-3kが接近。
カバーも速い。
でも相手のレーダーは妨害されている。ロックオンはできない。
できることは接近しての機銃。斜線に注意すれば大きな脅威ではない。
前方の敵を追いながら、後方の敵を引きつける。
いい状況だ。これなら!
「お願いします!」
「おっけ〜!」
後方の機体の背後は、セイバーが狙っている。
相手にとってレーダーが使えない状況下。そこにアラートすら鳴らない無誘導兵器。
後方から、甲高い音が鳴り響いた。敵機は急旋回で退避するものの、削った。僅かな追加点。
「ナイスです!」
「落とせればよかったんだけどね。避けるの速いよ〜」
レーダーに視線を向ける。
1機、私に向かっている。その後方に敵の僚機が続く。
もう一度同じような展開になるだろう。
でも再度組み合って分かった。レーザーを警戒して余計に退避が速くなった。
削りすらさせない。そんな意図を感じる。
一方で。相手の動きを観察し起動を読む。しかも普段よりも速い相手。その繰り返しだ。自分でも分かった。呼吸が浅くなっている。
スコアは僅か優位。このまま逃げ切った方がいいのでは。
そんな考えが頭を過ぎる。
「ジャベリン!ブレイク!」
後方から来ていた。目に入ってなかった。
咄嗟にフレアの射出とハイGターン。
直撃は避けた。でも爆風は機体を掠めた。
セイバーが稼いだ削り点は、これでチャラになってしまった。




