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蒼空トレイル-Aozora Trail-  作者: ふらっとん
6章 練習試合

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39話 聞かせろ

結局のところ。1ラウンド目の被弾からスコアが動かずドロー、続く2ラウンド、3ラウンドは双方スコア0のまま、ブラボーチームとの戦いは引き分けに終わった。

1ラウンド目終盤で感じた集中力切れの兆候がずっと残ったまま。3ラウンドが終わった頃には顔も手も汗だらけだった。

思わずヘッドセットを外した。水を飲もうと水筒に手を伸ばし、掴み損ねて落下。金属音が響いた。


「すみません……」

思わず出た声は思った以上にか細く、自分で驚いた。


「大丈夫?次始まるみたいだよ」

ひばりもVRヘッドセットを外し、声を潜めて話しかけた。


「チャーリーチーム、出なさい」


デスクに置いたヘッドセットのスピーカーから桐崎さんの声が小さく聞こえた。


「待ってくれ!」


蘭花は短く告げると、ヘッドセットを外して私を真っ直ぐ見た。

私が何かを言う間もなく。


「風咲を休ませる。成田、市原、代われ!」

「待って下さい!私はまだ……」


戦わなきゃ。勝って1軍を引きずり出さなきゃ。大事な友達が待ってるかもしれないのに。

でも私の抗議は、あえなく山本先生に遮られた。


「パイロットは待機も仕事のうちだ。体調を整えるのも三条くんの大事な役目だよ」


渋々立ち上がろうとする私の方に、誰かが手を添えた。

成田だ。


「そういうことだ。お前は休め」

「私たちの戦いを見ながら、勝ち筋を探してよ」

市原が、ひばりと入れ替わり椅子に座った。フレームの細い眼鏡のさらに奥、目が細まった。


「どこまでやれるか、わからねえけどな」


* * *


ひばりが手渡してくれたスポーツドリンクを少しずつ口に含みながら、試合の様子を観戦する。

成田も市原も、私たちを苦しめた連携は健在。それでも相手の方が上手だし、先輩たちと4機で飛ぶ際の練度の差が否めない。


連携は少しずつ綻びを見せ、スコアは徐々に離されていく。


さっき引き分けで終わったのが奇跡とすら思えてくる。

いや……1ラウンド目のラスト、なんで私は「このまま逃げ切れば」なんて思考をしていたんだ。

あそこで油断しなければ。最後まで勝ち気で攻めれば。貴重な1勝をもぎ取れたんじゃないのか。


沸いてくるのは後悔の念ばかり。こんな思想がぐるぐるしている。


「大丈夫?深呼吸して、落ち着こ?」


ひばりは相変わらず寄り添ってくれて、うちわで扇いでくれて。ありがたく、かつ、申し訳ない気持ちになってくる。


「ひばりダメだよ!ちゃんと休んで!」

そのうちわは、佐倉の手にひったくられた。私たち2人の前に立ち、小さな体躯で大きく腕を動かしながら、風を送ってくれる。

「ありがとう」と声に出すが、その声はやはり自分のものと思えないほど弱々しかった。


私はいつからこんなに弱くなったんだろう。

コートの中を誰よりも走り回りながら、同時に思考を巡らせていた。

あの頃は、少し疲れたくらいで弱気になることなんてなかった。

声が枯れることはあっても、弱々しくなることなんてなかった。


……明白だ。あの日からだ。


「あの頃は、こんなことなかったのに」


口に出していた。

その小さな声は、しっかりと山本先生に拾われていた。


「これは僕の仮説だけどね」


先生は椅子に座ったまま身体を私に向けて、続けた。


「中学時代の君はきっと、身体と頭を同時に動かしていた。今は、身体を動かすリソースを全て頭の回転に詰め込んでいる。その分、負担がかかりすぎてるんじゃあないかな、と思うんだ」

「どうすれば……」

「実際君は、その集中力で何度も窮地を打破している。これは君の性質だ。変えようとするんじゃなく、対策をするんだ。糖分と、休息を取りなさい。心身を休めるんだ」


先生の仮説は、一理あるように感じる。

あの日から今日にかけて、色んなことが目まぐるしく変化した。

私の心も身体も、まだ変化に適応できていない。

休息を取らないと身体が持たないのも、既に経験として理解している。


でも心は別だ。

休まなきゃ。

座ってる場合じゃない。

しっかり画面を見て、勝ち筋を探さなきゃ。

私が出て、チームを勝たせなければ。

いろんな思いが次々溢れ出て、胸が詰まるようだった。


「風咲、これあげる」


いつの間にか野田が私の前に立っていた。

見上げると、緩いパーマのかかった髪が揺れていた。

シャンプーのような柔軟剤のような、ふわっとした香りが一瞬漂った。


手に何か青いものを持って、それを細かに揺らしている。

お菓子のパッケージであることはすぐに分かった。


「ラムネだよ。ブドウ糖の塊だから脳にいいんだって!すぐ元気になるよ!」

「それ本当ー?のんちゃんが言うとなんか胡散臭いのよ。小腸から吸収されて脳に行き着くまでに何分かかるわけ?」


香取はPCの前に座りつつ、目線だけをこちらに向けている。少しだけ眉が眉間に寄っているようだ。


「かっちゃんはなんでも否定するんだから。良くないよー。信じる者は救われるんだよ」

「はいはい、プラシーボね。それよりスポーツドリンクで糖分補給しなさい。20~30分で吸収されるから、3、4ラウンド後に効いてくるわ」


「そんな理屈はどうでもいいんだよ!風咲、一緒に食おうぜ!うまいぜ、これ!」


鴨川も近づいてきて野田からラムネ菓子をひったくり、私の横に座った。バリバリを音を立てながら噛み砕いている。

「それカモのじゃないよ」

うちわを動かす手は止めず、声だけで佐倉が抗議している。

眼前に差し出された青い袋から白い粒を2つ指でつまみ、口に含んだ。

糖の甘味が舌の上に広がった。


「ごめんね。本当は私たちが『敵の弱点はこれだ!』って教えてあげたいんだけど……」

野田の声が普段のトーンより低く、さらに言葉を濁した。顔はニコニコしているが、どこか弱々しく感じる。眉が下がっているからだろうか。


「大丈夫だよ、ありがとう」


弱点……そんなものがあればいいんだけど。

ラムネ菓子を続けざまにありがたく頬張りながら、画面を見据える。

当たり前だけど、勝ち筋なんてそう簡単には見つからない。


* * *


「なんだよこいつら、化け物かよ……」

「ランク戦に紛れ込んだプロと戦ってる気分よ……」


チャーリーチーム、続くデルタチームとの戦いを終えて、

成田と市原は目に見えて肩を落としている。

スコアは……見たいとも思わない。


「どうやって勝てばいいの……?」

2人と交代し席に着いたところで、野田からの不安そうな声が漏れた。


「月子先輩を自由に暴れさせれば」

「ダメだ!」


香取が言いかけた言葉を、即座に蘭花が遮った。

「でも!」

香取は引かない。


「まともに戦えてるの、月子先輩だけじゃないですか!」

「黙れ!」


皆が息を呑む音が聞こえるようだった。

突然の大声に驚き慄いた……それだけじゃない。

普段の蘭花は怖そうに見えて、感情を顕に怒鳴るような人じゃない。


それだけ追い詰められている。

痛いほど分かって、でも、誰もが何も出来ない。

歯がゆい。


「……すまない」

「いえ、あの……ごめんなさい、私……」


誰もが何も言えず、秒針の音と扇風機の音がとても大きく聞こえる。


「次、エコーチーム。出なさい」

スピーカーの向こうからは、相変わらず淡々と進める声が聞こえる。


月子が蘭花に身を寄せ、そっと囁く。


「蘭花……勝ちたいんでしょ?私、頑張るから」

「ダメだ。それだけはダメなんだ」


その月子の提案すらも、蘭花は跳ね除けた。


「その勝ちに意味はない」

「でも……」

「分かってんだよ、そんなこと……」

ヘッドセットを付けたまま、蘭花は俯き、頭を抱えている。

「どうすりゃいいんだよ……」


蘭花のこんな姿を見るのは初めてだ。

ここまで3敗1分。雪辱を晴らすどころか……前座にさえ手も足も出ない。

蘭花の心中を想像するだけでも、胸が苦しくなる。


「どうしたの女王(クイーン)。早くしなさい」

「ごめん都希乃、待って!5分!」

「時間が押してるのよ……3分」

「うん、ありがとう!」


月子が時間を稼いでくれたのはいいが、蘭花にかける言葉なんて思いつかなかった。

みんなが俯いて黙っているのは、怒鳴られて萎縮したからじゃない。

こんなに追い詰められている先輩の力になれない、無力さを嘆いているから。


「蘭花さん」

その沈黙を破ったのは、ひばりだった。


「あの……まだ6戦、残ってるじゃないですか」


ひばりはヘッドセットを外して立ち上がり、蘭花の傍まで歩み寄った。身をかがめ、座っている蘭花と目線の高さを揃える。一連の所作には、姉として培ったであろう彼女の能力を、ひしひしと感じる。


「私、頑張りますから!どんなミッションでもチャレンジしますから!だから……」


ヘッドセット越しだから、蘭花にはひばりの様子は見えない。

でも悲痛な声は届くはずだ。


「いつもみたいに、指示して下さい!何でもします!力になりたいんです!」

「お前……」

ヘッドセット上の蘭花の手に、ひばりはそっと手を重ねた。


私はどうだ。


ひばりの姿を見て、そんな疑問が降って湧いた。


蘭花のために何かできるか?

……違う。できるかどうかは問題じゃない。

もっと根本の、心の問題だ。


蘭花のために何かしたいか?

みんなのために何かしたいか?

誰かの力になりたいか?


私の勝ちは私のため。ずっとそうだった。

勝てば那由多に会えるかもしれない。

半年待ち望んだ。その瞬間のためだけに戦ってきた。

それが全てだったから。

だからセント・ローズとの戦いを提案した。

全ては私自身のため。


でも。


今、目の前に項垂れているメンバーがいて。

支えようと奮闘する他のメンバーがいて。

そのみんなを捨て置き、自分のためだけに戦えるのか。

本当にそれでいいのか。


去年の夏の日々。

体育館のプレーイングコートを汗だくで駆け回っていたあの頃の私が今の私を見たら、

一体どう思うだろうか。


「あの!」


気付けば、叫んでいた。


「あの……えっと……うまくいく保証はない、んですけど」


誰かの力になりたいかどうか。

そんなこと考えるまでもない。


一呼吸置く。


「付け入る隙を見つけました」


皆の視線が集まった。蘭花も顔を上げ、VRヘッドセットを外して私を真っ直ぐ見ている。

次の言葉を待っている。


みんなには悪いけど半分は……いや、7割は嘘だ。

ただの思いつきだ。

でも時間がない。

今から思いつきで作戦を立案する。

思いつきの案を現実にしていくしかない。


「作戦があります。聞きますか?」

「風咲……」


「3分。時間よ、入りなさい」

桐崎さんの声に急かされ、ひばりをジェスチャで呼びながら、私もVRヘッドセットを装着。


「お前の観察眼を信じる」


蘭花は、確かにそう言った。


「聞かせろ」

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