37話 嘘でしょ
VRヘッドセットを装着して、ゲーム機の席で待機中。
月子も蘭花もひばりも、スタンバイ中である。
目の前に広がるVR空間は、ハンガーの様子を映し出している。
手を伸ばせばアイアンタロンに触れられそうな錯覚を起こすが、
実際には空気にふれるだけで感触はない。
他の1年生たちと山本先生は、ゲームの様子を映し出すモニタの前で試合開始を待っている。
扇風機が温い風を押し出している音だけが響く。
通話開始時刻の09:00まで、あと3分。
ポロンと効果音が鳴った。
対戦相手が通話に参加したことを意味している。
「都希乃、今日はありがとう!」
まずは部長の月子から、相手に挨拶。
「馴れ馴れしくしないで、女王」
それが私たちが聞いた相手の第一声。
マイク越しでも通る声に、思わず背筋が伸びる。
凛とした、という表現が相応しい。
桐崎都希乃。
去年の王者。当時、2年生ながらにチームを率いて優勝に導いた絶対的エース。
月子のことを女王と呼びつつも、
自信に満ち溢れた声は、むしろ己が女王として君臨していることを感じさせる。
月子の弾むような声と桐崎さんの淡々とした声が交互に飛び交い、今日の流れの確認作業が進んでいく。
相手の他のメンバーはミュート中か。
この通話の向こう……電気信号の向こうには那由多がいるかもしれない。
いないかもしれない。
……いやいや、集中しなければ。
部長同士の簡素なやり取りが終わって、さあ試合開始というところで。
「去年のあたしらと同じと思うなよ。去年の雪辱を晴らしてやる」
蘭花が会話に割り込んだ。
「威勢がいいわね。結構だけど、勘違いしないで」
その蘭花に対して、桐崎さんが突き放すように告げた。
「今日の相手は私たちじゃないわ」
「なに?」
「控えの部員たちよ」
ヘッドセットを外し机に置く音が聞こえた。
そして、密やかな話し声。
「おい、どういうことだ。話が違う」
「え~、2軍とならOKって言ってくれてたし」
小声でのやり取りだけど、狭い部室内だから十分聞き取れる。
「不満かしら」
その声は相手にも聞こえたらしい。
「退屈はさせないわ。その辺の地方大会なら優勝を狙える力はあるもの」
「す、すごい自信だね……」
隣に座るひばりが小さく呟いた。
ここまで自信満々に言い切られると、「そんな馬鹿な」と思う余地すらなくなる。
でも。
「うちの部員たちはお上品すぎるのよ。
たまには弱小校のハングリー精神を体感させないと。実戦で足元を掬われるわ」
今、「弱小」と言ったか?私たちのことを?
私たちはいざ知らず。去年の全国大会3位を勝ち得た先輩たちのことを?
「舐めやがって」
私の目の前には相変わらずハンガーが映っている。だから蘭花の様子は見えない。でも表情は容易に想像がつく。
「うちの控えは5チーム。それぞれ2戦してもらうけど」
ヘッドセットから聞こえる相手の声は、相変わらずの調子だ。
蘭花の反応など意に介さないまま。
「万が一あなた達が勝ち越すようなことがあれば。1ラウンドくらいなら相手してあげてもいいわ」
そう付け加えた。
「時間が勿体ないわ。アルファチーム、出なさい」
通話はいったん終了。
機体編成や特殊兵装のセットアップに入る中で、やっと喋れるのと、先輩たちを小馬鹿にされて収まりが付かず、思わず口が開いた。
「引きずり出しましょう!1軍を!」
「当たり前だ!ぶちのめすぞ!」
「まあまあ、勝ち負けは関係ないよ。胸を借りようよ」
「うるせえ!負けていい勝負なんかねえんだよ!」
月子には悪いけど、ここは蘭花に賛成だ。
私にも明確に、勝たなければいけない理由ができた。
この前読んだwebニュース記事によれば、『地方大会で優勝したメンバー』の機体に無限のマークが描かれていた。
『セント・ローズ』というチーム名が彼女たちの1軍メンバーを示すなら、これから戦う2軍チームたちに勝たなければ、那由多との再会は叶わない。
さっきの桐崎さんと月子との打ち合わせで聞こえたけど、今日は大会ルールに準じたレギュレーション。
つまり1ラウンド8分の2ラウンド先取。ただし3ラウンドで決着しなければ引き分け扱い。サドンデスの4ラウンド目は発生しない。
単純化すれば、3チームに勝てばいい。決して悪い話ではないはずだ。
……いや、そんな弱気な計算に何の意味がある。全チームに勝つんだ。
でも。
『2軍であっても優勝を狙える』と豪語した、傲慢とも呼べるその自信。
試合が始まった途端に、それが誇張でも何でもないことを思い知らされた。
* * *
「ごめんなさい!やられました!」
「大丈夫!落ち着いて~」
「くそ、ECMが潰された!敵を見失うな!」
試合開始早々の遠距離戦。
続けざまに飛来するアーバレストの1つがダガーに刺さり、爆ぜた。
それはつまり、ダガー機から発していたECMポッドの妨害電波が機能しなくなったことを意味する。
敵のECMだけが有効に。レーダーが白く塗りつぶされる。
「ジャベリン、離れるな!狙われるぞ!」
「分かってます!10時方向、来ます!」
孤立しないよう、近づきすぎないよう、セイバーとメイスから少し離れて後方に付く。
その横腹から食いついてきた。
「カバーするよ~、任せて!」
ロックされたと思ったけど。
相手はセイバーに狙われると察するや否や、即座に方向転換。
「あ、逃げた~!」
ロックオンのアラートはあっという間に鳴り止んだ。
「判断が速いな。追うか?」
「深追いは危険ですよ!」
「じゃあ、メイスに代わって暴れてくるよ~」
敵は、そんなセイバー機からは逃げの一手。
蜘蛛の子を散らすように。敵の各機が散開する。
「バラけた!チャンスです、行きます!」
その散った1機を狙いに進路を取る。
加速。アフターバーナー点火。
でもすぐに、再びロックオンアラートが鳴る。
いや、即座にミサイルアラートに代わった。
コントローラのスティックを強く押し込む。
フレアの射出。同時に急旋回。後方から迫るミサイルに背を向けるよう弧を描く。
『何が何でも僚機を守る』、相手からそういう意図をひしひしと感じる。
敵ヴァイパーはフレアに吸い込まれたものの、まんまと引き剥がされた。
レーダーを確認。
まずい。ただ引き剥がさたんじゃない。
攻撃に転じられている。
2機が私の後方に付こうとしている。
早速、次のミサイルアラートが鳴った。
僚機を失った私に、追い打ちの波状攻撃が仕掛けられている。
「う~ん、当たらないよ~」
「すまねえ!こっちも張り付かれてる!」
「持ちこたえます!」
「ご、ごめんなさい!もう少しで戻ります!」
ダガーが復帰するまでの間にフレア残数が0に。
やっと合流できる……と思った矢先に、とうとう私の機体に敵のヴァイパーが突き刺さった。
悔しさが胸いっぱいに広がりながらも、ヴァイパーもヒュドラも相手に届くことはなく。
互いが役割を発揮できないまま、アルファチームとの戦いはあっさりと2ラウンド先取されてしまった。
「嘘でしょ……」
呆気に取られたまま呟いた香取の声が、ヘッドセットの外から聞こえた。




