36話 どうでしょう
「今日はありがとうございました!ほらほら、みんなも挨拶して〜!」
画面の向こうの対戦相手に月子が頭を下げながら、私たちにも挨拶を促す。
私たちはカメラがなくて音声通話だから、お辞儀をしても相手に見えないけれど。
通話終了を示す短い電子音が鳴ったところで、月子が短く息を吐いた。
「いい部長っぷりだったぞ」
「からかわないでよ〜」
6月。
ゲーム機やモニタやPCの排熱が、部室の気温をしっかり上げている。
扇風機の出力全開にしても、汗が滲み出る。
冷感シートで額を拭き、除菌シートでコントローラを拭く。いつもより丁寧に。
夏の大会に向けてチームとして再始動した私たちは、他校との練習試合を行うことになった。
といっても、相手の高校に赴くわけではない。
試合がオンラインで完結するのもゲームの強みである。
eスポーツの場合は学校に十分な設備がないことも多く、双方の学校にわざわざ赴くメリットがない、と言った方が正しい。
他校のアウェイ感、普段の環境と違った緊張感も嫌いじゃなかったけど。
残念なことに、いつもの狭い部室から移動することはなかった。
練習試合のセッティングは先生がしてくれたものと思っていたが、月子の交渉によるものらしい。
中学時代のバスケの練習試合は、顧問の先生が決めていた。
高校生ともなると、こんなところも自分たち主導で進めるんだ、と素直に感心した。
「しかし、こう言っちゃ何だが……」
「なんだか申し訳なかったですね」
「圧勝でしたものね」
蘭花が言い渋ったところに、ひばりと私が順に続いた。
去年の全国大会3位のチーム。
ギャラリーやメディアを沸かせた撃墜女王率いるチーム。
そこから練習試合の誘いが来たら、相手はどう反応するだろうか。
手の内を明かしたくない、自信を砕かれたくない、と強烈な拒絶を示す。
あるいは「あの強豪に挑める」「せっかくだから全国レベルを体感したい」と、
半ば記念受験のように快諾する。
反応は2極化した。
「ランク制は偉大ですね」
「野良だとフィードバックがなあ」
固定の相手と密に感想戦ができるのが練習試合の強みだった。
よりレベルの近い相手がいれば、双方もっと有意義に時間が使えただろう。
野良試合はほとんど同じレベルの相手と戦う仕組みだけど、一期一会だ。
近いレベルといえば、
春大会で苦戦したクロウラー、私たちを破ったセレスティアルが頭に浮かぶ。
でも2校とも、オファーを出したあと10分も経たず断りの連絡が届いた。
夏の大会で再戦する相手に手の内を明かしたくない。当然の判断だ。
「県内じゃなくて、他県の学校にも当たってみるよ〜」
「そうだな。頼む」
「みんなは、どこが強いか知ってる?」
香取と野田からは、全国大会に複数回出場した高校の名前が挙がる。
5年前の第1回大会から去年の大会まで、すごい情報量。頼りになる。
成田や市原からは「最近調子がいい」と言われている学校の名前が挙がる。
鴨川と佐倉は、尖った戦略が注目を集めて「ネットで話題になった」学校を挙げている。
必ずしも強いとは限らないと、蘭花に一蹴されているけど。
彼女たちらしい着眼点。
私もひばりも他校の情報には疎い。
でも、この流れなら言える。
「えっと、じゃあ……」
個人的な目的で申し訳ない気持ちはあるけど。
あの記事には『地方の大会で優勝した』と書かれていた。
実力は申し分ないはずだ。筋は通るはずだ。
「セント・ローズなんてどうでしょう」
和気あいあいとした話し合いがピタリと止まった。
みんなの表情がそのまま固まった。
視線だけが私に向けられる。
急激な場の変化に戸惑っていると、不意に蘭花の眉間にシワが寄った。
「お前……それがどこか分かって言ってるのか?」
「どこ……?」
しまった。チーム名しか見ていなくて、高校名を見ていなかった。
蘭花の声は低く落ち着いているが、目線は真っ直ぐ私を捕捉している。
いつでも狩猟できるという圧力を感じる。
思わず唾を飲み込む。
そんな私のジャージの端をひばりが掴んで、軽く引っ張った。そっと耳打ちをする。
「聖フィオーレだよ。去年の優勝校。先輩たちの因縁の……」
「も、もちろん知ってますよ!聖フィオーレです!去年の優勝校!先輩たちの因縁の……」
「理由を説明しろ」
間髪入れず次の追求が入った。
その細く鋭い目は、変わらず私を捉えている。
逃げたい。
「や、やっぱり!全国1位の実力を知りたいじゃないですか!」
何とか言い繕った。
蘭花は黙ったまま。私は身動きが取れないまま。私の表情はきっと、引き攣った愛想笑いで固まっているだろう。
「まあまあ、いいじゃない。聞いてみようよ」
その沈黙は月子が破った。この人はいつも緊張を壊してくれる。
安堵から長い息が漏れる。
「向こうも対戦相手に困ってるんじゃない?」
「あいつがあたしらに構うとは思えねえ。向こうにメリットはあるのか?」
「分からないけど〜。聞くだけならタダだから」
「……失礼のないようにな」
蘭花の視線がまた、私に突き刺さった。
「みっともねえ戦いしやがったら、承知しねえぞ」
* * *
1年生が集まって、試合のハイライト動画を視聴している。
流れているのは去年の全国大会のアーカイブ。
そのうち聖フィオーレ学院の試合の様子だ。
「出たよクルビット!」
「おお、かっけー!」
当然、対戦した月子たちの様子も映っている。
この戦いで『クルビット対策は確立された』と蘭花は以前語っていた。
月子のクルビットに合わせて、的確にミサイルが撃ち込まれていた。
「今の……ロックオン間に合ってなくない?」
「手動で合わせたってこと?すご……」
月子をして為す術なく撃墜されている様子が、その映像にはしっかり記録されている。
「これが『撃墜女王を撃墜した女』かー」
「何それ」
「相手のエース、桐崎さんのこと。この試合のあと、そう呼ばれるようになったのよ」
「でも、ほんとうにすごいのは組織力。高校Aces' Trail界の教科書とも言われてるねー」
月子1人を狙い続けたという試合。
いとも容易く撃墜を成し遂げているように見えて、よく見れば極めて組織的だ。
セント・ローズは、2機編成が入れ替わりながらミサイルで威嚇し、巧みに追い込む戦法が主流と見える。
追い込まれた先には、エース桐崎都希乃が操る1番機が待ち受けている。
「ほんとにこんなチームと試合するの?」
「なんだー?ビビってんのか?」
「お前は出ないんだから、イキるなよ」
思い思いに感想を述べつつも、別の事実も見えてくる。
「優勝校の割には動画再生数はそんなに多くないな」
「先輩たちとの試合と、決勝戦だけ、桁が違うね」
着目しているのは、再生数という別の数字。
強さとは必ずしも結びつかない別の要素。
「たぶん、こういうことだろ」
成田が聖フィオーレ学院の対戦動画の1つを開き、画面をスクロールさせて1つのコメントを映した。
『どうせセント・ローズが勝つんだろ』
みんなが「あー」と声を漏らした。
「教科書なんて、読んでてもつまらねーもんな」
鴨川は冗談のつもりで言ったのだろうけど、この場合は案外、的を射ている。
「『逆転劇もドラマ性もないからおもんない』かー」
「盛り上がらない……塩試合製造マシン……随分な言われようね」
どれも、優勝したチームに向けて言う言葉とは思えない。
「どう思いますか風咲選手!勝てますか?」
佐倉が軽く握った手を私に向けた。マイクを持ったインタビュアーのつもりだろう。
「分からないけど……基本に忠実で、ちゃんと強い。1番戦いたくない相手だよ」
下手な作戦は全て通用せず、実力差がそのまま試合展開に反映される。
試合がいつ公開処刑に変わるか、分かったものじゃない。
「あと、塩試合っていうのも分かるかも」
同格の相手なら、1点を大事にする堅実で地味な展開になるだろう。
格下の相手なら、ただ差が開くだけ。
大量の点差をひっくり返す、取って取り返しての戦術の応酬、そんな展開は起きようがない。
試合をショーとして見た場合は、面白いとは言い難い。
「月子先輩だけを狙ったり、月子先輩だけをスルーしたり。去年の先輩たちとの戦いはちょっと異質だったね」
「決勝戦は2ラウンド目を相手に取られてる。たぶんここだけだよ、セント・ローズが負けたの」
「だから伸びたのかも」
せっかく優勝したのに、視聴者からは否定的な意見が目立ってしまう。
異質な部分にだけ注目が集まる。当事者にとっては不名誉なことだろう。
たぶん聖フィオーレ学院の悲劇はただ1つ。
同レベル以上の相手がいなかったことだ。
* * *
「都希乃から返事あったよ」
月曜日。日課のトレーニングを終えて、皆が部室の扇風機の前を占拠し合っているとき。
月子がそんなことを言い出した。
「おっけー、だって!」
「マジかよ。あの堅物がよくOKしたな」
「次の土曜日だよ〜」
扇風機で涼むのも忘れて、立ち尽くした。
この瞬間、私にとって試合云々は関係なくなっていた。
あの子に……那由多にまた会える期待。
でも全然違う人だったらどうしよう。
ドキドキと、ソワソワと、緊張と、不安と。
そんな感情が入り交じってフリーズしそうだった。
* * *
この週はいろんなことが上の空。
凡ミスが多くて皆に心配されたけど。
過ぎてしまえば、あっという間。
金曜日もなかなか寝付くことができずに、
眠い目を擦りながら、土曜日の朝を迎えた。




