11 既知
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七月六日昼
彦星チーム
GM:崎谷星那
PC:アカネ,クルミ
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「あの、先輩」
金子さんに続き、立花さんとのチームパート。
TRPG的には制約が多くてめんどくさいけどこうやって個別に話ができる点はありがたい。
分断シナリオを作ってくれた星那ちゃんに感謝だ。
「どうしたの?」
「月先輩と付き合っているんですよね?」
「そうだよ」
「その、何か変わりました?」
「私も知りたいです」
恋バナ好きの星那ちゃんが混ざることは想定済み。
というかGMが混ざってくれないとゲームを中断させづらいから無理矢理巻き込むまであった。
「やっぱり見たくない面が目につくようになったよ。でも、それは月が見せてくれるようになった面なんだ」
――茜、自分が歪んでいること気付いてる?
あの言葉は私の心に刺さったまま。
親友から恋人になって月との距離が縮まった。
それこそ、言葉の刃が抜けないくらい深く刺さるまで。
「嫉妬深いし、自分の理想を押し付けてくるし、今だって実は喧嘩中」
「「え!?」」
そんなに驚く事かな。
喧嘩していることがそんなに意外かな。
私達にとっては触れ合いながら喧嘩する事はもはや日常と言って良い。
「理不尽だろうと月が大事だし、すれ違っていても私の大切な娘なんだ」
月は私の恋人だと胸を張って言える。
それでもやっぱり、あともう一歩欲しい。
「順風満帆に見えた?」
「はい」
「世界一幸せなのは自分達だ、って誇ってるように見えます」
大袈裟、でもないかな。
幸不幸を相対評価する意味なんてないのだから、世界一幸福、世界一不幸、その他の三択。
恋人がいたら幸せに向かって当然。
少なくとも私の憧れた感情は、焦がれた情景はそれだ。
月が一番欲しいものと私が一番欲しいものは同じはずなのに、全然手に入らない。
「それ良いね。仲違いしてようが私が月を好きな事に変わりはないし、月も私を好きでいてくれる事は信じられる。私達は世界一幸せなカップルでも目指そうかな」
今の関係は私に都合が良過ぎる。
月から貰ってるものと月に渡せるものが釣り合ってない。
なら、遠からず破綻する事は目に見えてる。
最低でも高校卒業までは付き合って貰うけど、毎日言いたい事を言い合える関係がいつまでも続かないこと、ちゃんと分かってる。
輝かしい未来に向けて手を伸ばす事は辞めない。
欲張りな感情を全部満たして先に進みたい。
「あ、喧嘩ってひょっとしてあれですか。どっちの方が相手のことを好きかって言う付き合いたてのカップルみたいな?!」
「あ、近いかも」
問題は気持ちの大きさじゃなくて向きの話なこと。
向かい合うことができていないから噛み合わない。
愛情の反対は絶対に無関心なんかじゃない。
感情をコインの裏表みたいな二面性で語れるようなもので例えた人は誰なんだろう。
私の中の月は無関心から最も遠いところにいるのに、全然届かない。
「心配して損しました。そういうことならこころゆくまで喧嘩しててください」
「止めてくれないんだ」
「だって必要なことですよ。自分以外の人の心を知ることなんて不可能です。でも、お互いを知ろうとすることを大切にする人達なら心配いりません」
お互いを知ろうとすることを大切に。
問題は解決できていないけど少しだけ気が楽になった。
「そもそも喧嘩してても世界一幸せな人達に対して何かできることがあるとでも?」
世界一は虚勢を張っているだけなんだよ……。
「やっぱりか」
「彦星さん、懐中時計を売る気です」
恋バナを一旦忘れ、意識をサンドキャッスルに戻す。
七月五日の情報収集である程度の状況は把握できた。
織姫と彦星がお互いにプレゼントを計画している。
七夕を成功させたい私達としては織姫・彦星にじっとしててほしいところだけど二人の想いも重要。
織姫は彦星の懐中時計に合うプラチナの鎖を送る予定。
彦星は織姫の琴に使う鼈甲の琴柱を送る予定。
気づいたのは月だ。
夜の共有パートで可能性を語ってくれた。
「賢者の贈り物。著作物を使うの抵抗あったんじゃないの?」
懐中時計だけだと連想は無理だったけど、プラチナの鎖が出てきたら私でも分かる。
原作では琴柱じゃなくて櫛だったけど、この辺は織姫に合わせたものだろう。
ちなみに懐中時計には彦星に合わせて鷲の装飾が描写されていた。
彦星は懐中時計を売って琴柱の資金とするつもりだ。
織姫の方は知らないけどおそらく向こうも同じ状態にあるはず。
つまり私達が何もしなかったら、中身のない宝箱が二つ残ってバッドエンドだ。
懐中時計がないのにそれのための鎖があっても虚しさを助長するだけ。そんな未来を回避しないといけない。
「時効でした。百年以上前の作品でも現代で愛されてるってすごいですよね」
調子いいなぁ。
とはいえタネが割れた手品に付き合う義理はない。
犯人は七夕中止を目論んでいる。
それは織姫と彦星との間にわずかばかりの不和を生じさせるだけで目的を達成できる可能性だってある。
もともと年に一回しか会えないのに遠距離恋愛を成立させているのが異常と言って良い。
「アルビレオちゃんに感謝ですね。織姫の琴が壊れていることに気付けたのはアルビレオちゃんのおかげです」
「さて、そのアルビレオの悲鳴が懐中時計を売る店の外から聞こえてくるよ」
「彦星や織姫より狙われてない? 武器を構えて外に出るよ」
「私も剣と盾を構えてアカネさんに続きます」
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天の川の中洲に建つ店がある。
雑貨屋サジタリウス
その店先でちょっとした騒動があった。
一人の少女が野生生物に襲われ、そばにいた冒険者が撃退したのだ。
アルビレオ
「ありがとうございます。お二人ともすごいです。今倒したミルキィバードは高く売れますよ」
クルミ
「そうなんですか?」
アルビレオ
「はい。ただ、こちらのミルキィリザードは売らずに直接彦星さんのところに持って行った方が喜ばれるかもしれません」
クルミ
「こっちは売れないんですか?」
アルビレオ
「逆です。使い道多いので市場に出た瞬間売り切れちゃうんですよ。使い道は普通にお肉としても美味しいですが、やっぱり牙と爪ですね。手芸素材として優秀ですし楽器とかにも使えるんですよ。そのわりにミルキィリザードはこの辺でなかなか見かけない種なので供給が全然ないんですよね」
クルミ
「珍しい種類だったんですね。アルビレオちゃん、そんな種に追いかけられるなんてなかなか不運です」
アルビレオ
「普段はサドル達に護衛させているんで油断しちゃいました。そういえばお二人はどうしてこちらに?」
クルミ
「彦星さんの懐中時計を売りに来たんですよ」
アルビレオ
「あれ? それは彦星さんの大切なものなんじゃ? どうしてクルミさん達が持っているんですか?」
クルミ
「ちょっと自分で売るには思い入れが強過ぎるから代わりに売ってきてほしいと言われたんです」
アルビレオ
「そんな大切なものをどうして売っちゃうんでしょう」
クルミ
「壊れて動かなくなったんです」
アルビレオ
「良かったら見せてくれませんか? これでも機械には強いんです」
アカネ
「……」
クルミ
「これです」
アルビレオ
「うーん。すみませんがちょっと手に負えないです。魔力機構が完全にイカれてますね。織姫様に見て貰った方が良いかもしれません」
クルミ
「織姫さんなら直せるんですか?」
アルビレオ
「むしろ織姫様の得意分野ですよ。魔力を布に織り込むのがとてもお上手なんです。少し分野は違いますけどこの程度なら一晩あれば直せると思います」
クルミ
「本当ですか!」
アルビレオ
「もちろん織姫様本人じゃないと詳細は分かりませんが、明日織姫様に見て貰うのが一番だと思います」
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「アルビレオちゃん、とっても良い娘ですね」
「……そうだね」
「カササギちゃんが昨年の七夕で倒れちゃったの自分のサポートが足りなかったって責任感じてるみたいですし」
立花さんは陸上部の――というか金子さんの――マネージャーをしているからか裏方としての矜持が刺激されたらしい。
私も(実質)生徒会という裏方組織に所属していた訳だしその気持ちも分からなくはない。
「うーん。どうしようかな」
懐中時計は売らずに、ミルキィリザードの牙で琴の部品を作るのが正規ルートだとは思う。
でもそうすると一年間時計と琴は持ち主の手を離れたままだ。
一年は長い。
もちろん売り飛ばして手が届かなくなるよりはずっと良いけど、それでもこれは空の宝箱が残る結果と何が違うというのだろう。
宝物と宝箱、両方を手に入れる方法はある。
だけどそれは私だけの力では無理だ。
さらに言えば私が動くことで最悪の未来を誘発してしまう可能性だってある。
「月に会いたい」
「情報共有ですか? あった方が良いか最後まで悩んだんですよね」
「いや、それもあるけど単純に背中押してほしい」
「恋人欠乏症ですね。さっき抱き合ってたのにもうきれたんですか?」
その通りみたい。
たった数分で音を上げる私には織姫と彦星がひどく遠い存在に思える。
今頃あっちはどんな感じなのかな。
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「見事に茜の苦手分野ついてきたなぁ」
「? 何がですか?」
「昨日、琴と時計は売らないようにしようって皆で決めたじゃない」
「月先輩博識ですよね。海外文学にも詳しいなんて」
「まぁここまでヒント出されたら原作知らなくてもできそうだからそれは良いんだよ。むしろ昨日の時点で賢者の贈り物を特定しちゃった事で別の問題が発生したの。茜にとっては賢者の贈り物って分かってなかった方がまだマシだったかも」
「?」
「冬華。ミルキィバードと織姫の琴、楽器店で売るよ」
「え!?」
「どうせだから、宝物と宝箱、両方とも欲しいじゃん」
「ど、どういうことですか? だってさっき……」
「そうだね。皆で決めたことを個人の判断で覆さないといけない。今から説明するよ。茜とならできる。信じてる」
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なんて会話をしてそう。
とはいえやっぱり怖い。
ミスディレクションに引っかかっていないか。そもそもアルビレオに嘘をつかれている可能性いや真実を知らないだけで良いのかでもでもでもカササギの方はどうだったっけ推論間違ってるかもしれなこれ本当にできるのもしかしたら別の方法があるのではいや待って待って待って彦星はどんな情報持ってた織姫そういえば私会えてないじゃあひょっとしてまだ私の知り得ない情報が存在するいやもう明日が七夕なんだから足りてなかったとしてもあと一つか二つそのくらいなら推測するしかない。
「星那ちゃん、幾つか確認したいことがあるんだけど良い?」
「GMとして答えられることならなんでも良いですよ」
「このあたり、琴を売る事ができるようなお店って幾つ?」
「カシオペヤのみです」
「サジタリウスとカシオペヤ、対岸から入った人と鉢合わせとかある?」
「ありません」
「なら、対岸の人が売ったものを買うことはできる?」
「可能です」
「魔法銃、サジタリウスで売ることは可能?」
「そうきましたか。即金は無理です。許可できません」
「アルビレオにお金貸して貰えたりとかは?」
「このシナリオでお金を手に入れる手段は倒したモンスターの売却のみです。これは向こう側チームも同じです。ヒントはここまで」
「じゃあ、懐中時計を売ったらその日のうちに店頭に並ぶ?」
「そこはサジタリウスの店主次第です。ただ、売り主の意見は最大限聞いてくれると評判の人物です」
「つまり、そういうことなんだね」
「何を言ってるか分かりません。ただ、一つ言わせてもらえれば月先輩がそう動くとは限りませんよ」
「え? 月が? なんで?」
「あーはいはい。ご馳走様です。信頼よりももっと重たい何かですね」
星那ちゃんが何を言おうが月は向こうで琴を売った。
これは確定事項だ。
そして、その月が売った織姫の琴は私達が買いなおす。
この方法は月が向こうにいないと使えないな。
「最後にクルミちゃん。一つ聞いて良い?」
「え、はい。えっと。いまいちよく分かってないんですけど」
「アルビレオ、好き?」
「はいっ」
じゃあ、幼馴染想いの少し特別な眼を持つ白鳥の少女を信じてみよう。




