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琥珀紅の色  作者: ぺnon
11/17

     二人の刑事

その頃、波瑠が子猫を見つけた路地裏前の通りには、沢山の人だかりが出来ていた。

その近くには救急車とパトカーがそれぞれ一台ずつ止まっている。

人々の視線の先は真っ暗な闇しか広がっていていない路地裏の道。



しばらくすると、そこから担架に患者を乗せた隊員が数名姿を現した。



「すみません!道を空けて下さい!」



隊員の一人が声を張り上げ、野次馬を退かせる。

それでも興味が抑えられない輩は現場となった路地裏に足を踏み入れようとしたり、運ばれる患者の顔を覗きこもうとしたりした。

そこにすかさず待機していた警察が『KEEP OUT!』と書かれた黄色のテープを素早く貼る。

当然、救急隊の方にも警官が付き添い、その騒々しさを象徴する形となった。

人波を押しのけ患者をなんとか救急車に乗せると、けたたましいサイレンを轟かせて救急車は現場を後にした。



それと入れ違いに一台の(プリウス)が人だかりの近くに停まった。

車の屋根には赤い光を目障りなほどに回すランプ。 どうやら覆面パトカーのようだ。

観衆の目がそこに向けられると、助手席から三十路の男、運転席からはまだ二十代と思われる青年が降りてきた。

どちらも律儀にスーツを着ているが、三十路の方は髪がかなり暴れていて残念なところだ。


二人の男は野次馬を軽々とかき分けてテープの前に立っている警官に手帳を広げて見せた。

それを見た警官はハッと目を見開き、二人に向かって恭しく敬礼をした。

その真面目さが滑稽で、三十路の男は微笑みでなんとか抑え、「お疲れさん。」と一声掛けてからテープを潜った。



「神崎警部!こっちです。」



先に現場に入っていた若い鑑識に手招きされ、三十路の男は相棒を引き連れて足を踏み入れた。


被害者が発見されたらしい現場の路地裏は人が二人肩を並べて歩くのがやっとの幅しかない。

左右ともコンクリートの壁に挟まれ、夕焼けの光すらもろくに入って来ないような暗い所だった。



「ったく、神崎は旧姓だって何回言ったら分かるんだ。」



山崎さん(先輩)は婿養子っすから旧友の河原さんからしたら呼びづらいんじゃないっすか?」



山崎のブツブツ文句に警部補である皐月が呆れ混じりに反応する。

警部の山崎は家督という古めかしい掟を嫌がり、結婚する際に自ら婿養子となった。

しかしどういう訳だか、旧姓の神崎と同じく『崎』がついてしまったおかげで、昔から付き合いのある連中は未だに区別がつきかねるらしい。


鑑識の河原がその良い例である。おまけに後輩にも移っているときた。



「よっ、神崎。案外来るのが早かったな。」



本命の現場に到着すると、鑑識を仕切っていた河原が片手を挙げて呼び掛けた。

検証はもう終わったらしく、彼の部下はテキパキと器材の片付けに取り掛かっている。



「山崎、だ!案内を任せた部下にまで間違いを教えるな!」



「しょうがないだろう。お前の名字がややこしいのがいけないんだ。」



河原はそう言いながら事件の詳細を簡単に手書きした紙を手渡した。

自然な流れで山崎が受取ろうとすると、先に皐月の手が伸びた。



「おい、皐月。」



「良いじゃないっすか。どうせ先輩は文字に弱いんですし、俺が読み上げた方が理解するの早いっしょ。」



「否定はしないな。」



「はははっ。相変わらず堅苦しい文章は駄目なのか。

 そんな奴がよくもまあ、警部にまでなれたものだ。」



「うるせえ。その分、功績を上げてきたんだよ。」



「妹さんのおかげだろ?」



「っ・・・。」



途中から口げんかに発展しかけたが、河原の一言でそれまで怒りっぱなしだった山崎が急に口を噤んだ。

そこにすかさず皐月が現場報告の書類を読み上げる。



「ええっと。通報があったのは夕方五時半。巡回の警官が趣き、倒れている被害者を発見。

被害者は二十代の若い男性とみられるが、身元を証明する物を所持しておらず現在確認中。

現場には争った形跡はなく、また血痕も無し。

しかし、腹部には一か所の刺し傷があり、それが元で・・・っと。

ざっとこんなもんっすかねぇ。」



「今どき身元を証明できるものを持っていないアホがいるのか。」



「最近は運転免許も取らない人も多いっすよ。車より公共交通機関を使った方が便利なんで。」



「保険証ぐらいは持っているだろう。」



「そうっすよね~。」



「財布すら持っていなかったからな。余程の一文無しだぜ、被害者は。」



「ああそうだ。」と河原は鞄から透明の袋を取り出した。



「血痕がない事も不可解だが、その代りにこんな物が落ちていた。」



河原から半ば奪うようにして袋を受け取った山崎は、中に入れられた(ぶつ)を見て不思議そうに目を細めた。



「なんだこりゃ。枯れた植物じゃねえか。」



長く伸びた蔓は縄のようにカラカラに枯れ果て、先の根っこは押収する時に崩れたのだろう、その殆どが粉になっていた。



「種類は詳しく調べないと分からないが、最低でも町に生息している植物ではないな。

 犯人か被害者の身体に付着していたにしても大きすぎる。」



河原はそう言いながら袋を摘み取ろうとしたが、山崎が背を向けたので惜しくも取り損ねた。



「ちょっとこれ、借りるぞ。」



「は?おい、待て!神崎!」



そのまま踵を返す山崎の肩を河原が慌てて掴む。



「山崎だ!」



「物を持ち出すのは勘弁してくれよ。後で端末に画像を送ってやるから、返せ。」



山崎のツッコミを無視するほど必死に懇願する河原に、山崎は渋々物が入った袋を返した。



「妹さんの所に行くのか。」



「お前には関係ない。」



知った顔で笑う河原に睨みをきかせて現場を後にした山崎は、散らばり始めた人混みの間を縫って車に乗り込んだ。



「皐月、ちょっとルカの所まで頼むわ。」



「了解。」



遅れて運転席に着いた皐月は、人混みに注意を払いながらゆっくりと車を発進させた。



「そういえば、あそこの通りでも事故があったらしいっすよ。」



「ああ、そうだな。」



「なんだ、知ってんすか。」



「いや。」



「え、でもさっきはそうだなって・・・。」



「適当だ、適当。考え事の邪魔をするな。」



「釣れないっすねー。」



それからずっと二人は無言だった。

若い皐月からしたら空気が重すぎて息が詰まる。かなり居た堪れない。

山崎はつまんなそうな男の割にちゃんと妻子がいる。スーツだけきっちりしているのはその為だ。

よくこんな適当男が結婚できたものだと常々不思議に思う。

もし、デートでもこの状況なら男である皐月でも絶対に嫌だ。


件の通りに差し掛かると、案の定通行止めだった。

仕方がないので迂回すると、丁度帰宅ラッシュの時間と重なってしまい、結果、辿り着くのに15分プラスして20分もかかってしまった。


通りに似合わない鳥居を潜り、一軒家の前で車を停めた。

車から降りると家の中からキャッキャと子供の声がする。

ルカは独身の筈だが、彼女の事情を粗方把握しているつもりの二人は特に驚かない。

が、何処からともなく家庭的な匂いが鼻をくすぐった。



「あれ?あの人って料理する奴だったかな・・・。」



「皐月、お前は帰っていいぞ。」



「いえ、俺も行きます。」



眉を寄せる山崎に皐月は笑顔で彼の後に続いた。


ピーンポーン


山崎がインターホンを押すと、それまで騒いでいた子供の声がピタリと止まった。

それから約10秒程間が空き、ガチャっと鍵を回す音が聞こえた。

ルカは見るからに不機嫌そうな顔を覗かせ、二人を出迎えた。



「久しぶりだな。半年ぶりか。」



「うぃーす。」



「なによ。(しょう)まで連れて来て。」



ルカは皐月(下の名前は勝丸という)を睨み付けながらも二人を中に招き入れた。

薄暗い廊下を通って、唯一明かりが点いたリビングに入ろうとすると、突然、山崎の視界が黒で覆い隠された。

それはモソモソと動き、山崎が右手で鷲掴みすると「ニャッ!?」と可愛らしい悲鳴を上げた。



「・・・猫。」



飛びついて来たのは黒い子猫だった。

山崎は一瞬だけ子猫の円らな瞳と見つめ合う。



「健ー!」



すると、リビングのソファーの方から波瑠が無邪気に手を振ってきた。



「・・・。」



瞬間、山崎は手加減なしで子猫を波瑠目掛けて投げつけた。

因みに健とは山崎の名前だ。



「ミャー!」



子猫は剛速球の如くリビングを横断し、波瑠がその小さな身体を難なくキャッチした。



「今のは114㎞ってとこですかね。」



「何で猫なんかいるんだよ!俺が猫嫌いって知っていて投げただろ。」



「投げてなんかないですよ。貴方じゃあるまいし。

 ねー、コロ♪」



波瑠がそう言いながら、子猫を自分と同じ目線の高さまで持ち上げた。

すると子猫は高い高いをされたと思ったのか、楽しそうに一声鳴いた。



「へえ~、コロっていうんっすね。でも、どちらかというと犬の名前じゃないっすか?」



山崎と違って動物好きの皐月は子猫の所まで自分から寄って行くと、子猫の喉を優しく触った。

グルル~♪



「わー可愛い♡

 ・・・そういえば神崎さんも動物嫌いっすよね?この子はどうしたんっすか。」



「私じゃないわよ。波瑠ちゃんが拾ってきたの。」



「路地裏の前で見つけたんですよ。」



「「路地裏!?」」



山崎と皐月はお互いの声がシンクロした事など気付かずに目を見開いた。

ルカはそんな二人に剣呑な表情を浮かべる。

ギクッ、と山崎は誤魔化すように咳払い。



「実はな、今日の夕方にちょっとした傷害事件があって、その現場が大通りの路地裏だったんだ。」



「コロが居たのも、多分そこですよ。」



「「何!?」」



二回目のシンクロは流石に気付き、山崎は皐月にきつく睨みをきかせた。



「先輩。眉間に皺が寄ってるっすよー。」



「元々だ!・・・とにかく俺達が来たのはそのことについての意見を聞きたいと思ったからなんだが。」



山崎はそう言って勝手にソファーに腰掛けた。

勿論、コロを抱えている波瑠から一番遠い所に、だ。



「意見って言われても・・・。私は警察じゃないわよ。

 それとも何?人の理論じゃ解決できない摩訶不思議な事でも起こった?」



冗談めかして言ったルカに、山崎はいたって真面目な表情だった。

それを瞬時に認識したルカはサッと顔を曇らせる。

やはり兄妹の意思疎通は早い。



「そ。なら、一応話だけ拝聴しておこうかしら。」



「感謝する。」



突然一変した場の雰囲気に、コロとじゃれていた皐月は、慌てて山崎の隣の席に着いた。



「ミャー?」



さっきまでゴロゴロと上機嫌だったコロは、視線を上げて小首を傾げた。

視線を向けられた波瑠はつまらなそうに溜息を吐くと、コロを床に放し、自分はソファーに横になって目を閉じた。

内心では紅の波瑠がブツブツと小言を並べ始めた。



(人間の戯言など興味はない。)



人間は面倒な生き物だと毎度思う。

一人で抱え込むのは重いからと直に責任転嫁をしたがる。

今の山崎はちっとはましになったが、警官になりたての頃は何かと勘の鋭いルカに連日頼りっ放しだったものだ。

少しは自分で考えろ、バカ。



「波瑠ちゃーん。ちょっと起きてー。」



寝たふりを決め込んでいた波瑠は、ルカの呼び掛けに無視を決め込んだ。

が、それも長くは続かず、急にコロが腹にダイブして来たため起きざるを得なくなった。



「何ですか。」



多少の不機嫌さを混ぜ、波瑠は渋々起き上がった。

甘えるコロを抱えて三人に近づくと、ルカと山崎は僅かだが身を引いた。

代わりに皐月が机の上にあったタブレットを操作して波瑠に手渡す。

画面には細い紐のような蔓がカラカラの状態で写っている。



「それが現場に落ちていたんっすよ。種類はまだ不明。」



「でしょうね。人界のモノではありませんから。」



自然に飛び出した波瑠の発言に、皐月だけでなく山崎も驚いたような顔をした。

問いたげな二人の視線を素通りした波瑠は、次々と画像をスライドさせる。



「・・・血痕がありませんね。この人は完全に刺されているのに。」



「ああ、そこは俺達も不思議に思っている。

 刺した物が抜かれているんだ。返り血ぐらい飛び散っていないとおかしいだろう?」



波瑠の肩に移動したコロの動きを気にしながら山崎は自分の端末を操作する。



「それよりもだ。さっき人界のモノじゃないとか言っていただろ。それはどういう事だ。」



「そのままの意味ですよ。神崎の人間ならその先はわかるでしょう?」



端末を操作する指を止め、山崎は十分間を取ってから思いっきり息を吐き出した。



「犯人は鬼だと言いたいのか。」



「はい。」



波瑠は迷いなく断言する。



「何故そう思う。」



「まずこの蔓・・・以前知り合いの鬼が狩りをするのに使っていたモノと似ている事、です。

 でも、(これ)が吸収する生気はほんの少量。相手をあそこまで追い込む事は余程の欲張りをしない限りありません。

 そこで血痕のない刺し傷ですが、俺にはこの手の鬼に心当たりがあるんです。」



「・・・そうか。」



山崎はそう言うなり、よっこらしょと徐に立ち上がった。



「じゃあ、そっからは任せるわ。表に出ない程度に好きにやってくれ。

 皐月、行くぞ。」



「うぃーす。」



玄関に向かう山崎に続こうとした皐月は、通りがかりにルカにそっと耳打ちをした。



「隠すんだったら、靴も気を付けておくべきっすよ。」



「!!」



唖然とするルカに、皐月は得意げにウインクをきめた。



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