9. 色々できていきます。
「さあ、野菜を切るんだよ」
エリザは目の前に並べられた物を見る。
これがまな板。
そして、これが包丁。
その上に野菜を置く。
「マーサ……これで合っているかしら?」
「あっているかしら、じゃないよ。さっさと切っていかないと日が暮れちまうよ」
マーサがまたブツブツと言い始めた。
(待って。これで野菜を切るのよね。……どうやって?)
包丁を持ったまま、エリザはまごまごする。
「まったく。貴族様は包丁も握ったことがないのかい」
マーサに横へ追いやられた。
「見ときな。こうやるんだよ」
マーサは包丁を握ると、手際よくにんじんを切り始めた。
一本だったにんじんが、あっという間に小さくなっていく。
エリザは食い入るようにその手元を見つめた。
「お前さんは、玉ねぎの皮でも剥いておきな。茶色い皮だけ取るんだよ。先に半分に切っておくと剥きやすいからね。剥きすぎるんじゃないよ」
「はい」
エリザは玉ねぎを手に取った。
(これを、ぺりっと剥くのね)
一枚。
また一枚。
(なんだか、ちょっと涙が出てくるわね……)
それでも、エリザは意外に手先が器用だった。
一つ、また一つと剥いていく。
「マーサ、できたわよ」
少しだけ達成感があった。
「できるじゃないかい。なら、このまま切ってみな。手まで切るんじゃないよ」
「はい」
エリザは包丁を握った。
(マーサは、さっきこうやって持っていたわね)
見たものを思い出しながら、ゆっくりと包丁を下ろす。
ザク。
「……できた」
もう一度。
ザク。
その時だった。
(……何か飛んできたわ)
目が痛い。
「うぅ……」
涙が出てきた。
それでもエリザは、涙を流しながら最後まで玉ねぎを切った。
「よし。よくやった。次は炒めるよ」
鍋に鶏肉、にんじん、玉ねぎ、じゃが芋、きのこを入れて炒めていく。
やがて、いい匂いがしてきた。
「火が通ってきたら、小麦粉を入れるんだ。焦がすんじゃないよ」
白い粉が具材に絡んでいく。
「そこに少しずつ水を入れる。それから牛乳だ」
牛乳が注がれると、鍋の中がみるみる白くなっていった。
エリザは食い入るように鍋を覗き込む。
「最後に塩で味を整える」
マーサが味を確かめる。
「よし。これで完成さ。皿を持ってきな」
「はい!」
マーサはシチューを皿に注ぎ分けた。
白い湯気が立ち上る。
いい匂いがした。
「さて、食べようじゃないか」
エリザは目を丸くした。
出てきたのは、昼に食べた白いシチューだった。
「これ……家でも作れるのね」
お腹はもうペコペコだった。
エリザはさっと椅子に座り、食事の祈りを捧げる。
マーサが食べ始めたのを確認して、自分もスプーンを手に取った。
一口。
(美味しい)
昼に食べた食堂のシチューとは少し違う。
それでも、これも美味しかった。
しかも今日は、自分で玉ねぎを剥いた。
自分で切った。
エリザは夢中になって食べた。
✥✥✥✥
食事を終えると、残り火で沸かしたお湯で紅茶を淹れた。
マーサは紅茶を飲み終えると、大きく背伸びをして席を立つ。
「さて。私は帰るよ」
「もう帰るの?」
思わず聞いてしまった。
少しだけ、心細い。
「当たり前だろう。私にだって家があるんだよ」
「……そうね」
「私が帰ったら、すぐにそのお湯で身体を拭くんだよ。タオルをお湯で濡らして、しっかり絞るんだ。湯はすぐにぬるくなるからね」
「分かりました、マーサ。本日はありがとうございました」
エリザは丁寧に頭を下げた。
しかし、頭の中はもう別のことでいっぱいだった。
(身体を綺麗にしなくちゃ)
マーサが帰ると、すぐに取りかかった。
桶にお湯を入れる。
そこへタオルを浸した。
(マーサが、タオルを絞るって言っていたわね)
タオルを持ち上げる。
ボタボタと水が落ちた。
(こうかしら?)
ギュッ。
エリザは両手でタオルを握った。
「…………」
まだ、ボタボタと水が落ちている。
熱が出た時、頭に置いてもらったタオルとは、なんだか感じが違う。
(随分濡れているわね。どうしてかしら?)
首を傾げる。
考えても分からない。
(まあ、いいわ)
そのまま身体を拭き始めた。
ボタ。
ボタボタ。
水滴が床へ落ちていく。
それでもエリザは、一生懸命身体を拭いた。
ようやく全身を拭き終えた頃。
「ふぅ……できたわ」
少しだけ満足して、辺りを見回す。
床は、びしょびしょになっていた。




