↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『貢いで貢いで貢いだ先に何がありますか? ~エリザが再起を遂げるまで~』  作者: 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/44

10. 色々できていきます。(2)

翌朝。


マーサは家に入るなり、床を見た。

「……お前さんは身体を拭くだけで、どうして家まで洗うんだい」

「え?」

エリザも床を見る。

「身体を拭いたら、こうなったのよ」

「そうじゃないよ。タオルはこうやって絞るんだ」

マーサはタオルを水で濡らすと、両手で持ってねじった。

水がぽたぽたと落ちる。

エリザは目を丸くした。

「……それが、絞る?」

「昨日、絞れって言っただろう!」

「だって、知らなかったんだもの……」

マーサは大きなため息をついた。


「朝ご飯は食べたかい?」

「いえ……まだ」

「昨日買ったパンが残ってるだろ。それをお食べ」


エリザは、昨日買ったパンを見る。

(あの、硬いパン……)

昨日はシチューに浸して食べた。

(あれをそのまま食べるの? 毎朝? 顎が疲れるじゃない……)


「昨日のシチューは夕飯に食べるんだよ」

「えっ?」

エリザはマーサを見た。

(夕飯も、昨日と同じものを食べるの? 二日続けて?)


父に勘当されてから、数日。

連日の疲れも重なり、ますますこの生活が嫌になってきた。

目から涙が出そうになる。


「ほら。食べ終わったら洗濯だよ」

「……洗濯?」

「近くの洗濯場に行っておいで。ちょうど隣の家の奥さんが洗濯してるから、やり方を習ってくるんだ」

(私が……するの?)

エリザは固まった。


(洗濯を……。下女の仕事を……。どうして私が?)

「お前さんがしないで、誰がするんだよ」

マーサがギロリと睨んだ。

エリザは目を見開く。

(私の心が読めたの!?)

こうなったら、マーサに従うしかない。


エリザは洗濯籠と石鹸を持ち、共同井戸へ向かった。

足取りが重い。

(恥ずかしい……)

知り合いの誰かに見られたら、きっと笑われる。

(行きたくないな……)


エリザは家へ引き返そうと、そっと振り返った。

マーサが見ていた。

「…………」

引き返せない。


エリザは諦めて洗濯場へ向かった。

「あら、お隣の。エリザさんだったかね?」

声をかけてきたのは、昨日挨拶をした女性だった。


「はい。カノ様。よろしくお願いします」

「ワハハハ! カノ様かい!」

女性が大きな声で笑った。

「そんなふうに呼ばれたのは初めてだよ。カノネェさんでいいよ。みんなそう呼んでるから」

「カノ……ネェさん?」

「そうそう。それでいい」


カノネェさんは、エリザの持っている洗濯籠を覗いた。

「洗濯場の使い方は分かるかい?」

「ごめんなさい。分からないの。教えてもらえますか?」

「もちろんだよ」


カノネェさんは服を一枚取り出した。

「まずは襟や袖だね。石鹸をつけて、こうやって手で優しく洗うんだ」

ゴシゴシと手を動かす。


「うちの旦那なんて、すぐ真っ黒にしてくるし、加齢臭もあるから洗うのが大変でさ」

「へぇ……加齢臭。香水のことかしら」

思わず言葉が漏れた。

カノネェさんの手が止まる。

「あははは! 香水かい! 旦那の体臭だよ」

「体臭……」

「エリザ、あんた面白いねぇ」

「……ありがとうございます」

褒められた。

エリザは少しだけ頬を赤くした。


「ほら。次は足で踏むんだよ」

「足で?」

「そうそう」


エリザは恐る恐るスカートをまくり上げた。

(足を……こんな人前で……)

今まで他人に足を見せたことなどない。

恥ずかしくてたまらなかった。

秋口に入り、少し肌寒くなってきた季節。

カノネェさんが桶で水をかける。

「ひゃっ!」

水が冷たい。

「ほらほら。踏むんだよ」

「はい……!」

エリザは羞恥心に耐えながら、一生懸命洗濯物を踏んだ。


「そうそう。上手じゃないか」

しばらくすると、カノネェさんが洗濯物を持ち上げた。

「あとは絞れば終わりさ」


(絞る!)

それなら知っている。

今朝、マーサに教えてもらったばかりだ。

エリザは洗濯物を両手で持った。

ぎゅっ。

思いきりねじる。

水が流れ落ちた。

(できた!)

「家に戻ったら、物干しにロープを張って干すんだよ」

「分かりました。ありがとうございます」


その時、別の女性が洗濯場へやってきた。

「ちょっと聞いてよ、カノネェさん。またうちの旦那が酒場でさ……」

「あら、またかい?」

二人は楽しそうに話し始めた。

エリザはしばらく立っていたが、会話に入れそうにない。


「では、失礼します」

小さく頭を下げ、洗濯場を後にした。


家へ戻ると、マーサが椅子に座って本を読んでいた。


「おや。帰ったかい」

「はい」

マーサは本を閉じた。


「さて。物干しにロープを張ろうかね」

エリザは目を見開いた。

(マーサ、すごい……)

カノネェさんから何も聞いていないのに、次にやることが分かっている。

(どうして分かったのかしら?)

エリザの中で、マーサへの尊敬が勝手にうなぎ昇りになっていく。


「何ぼさっとしてるんだい。ロープを持っておいで」

「はい!」

ロープを張り、洗濯物を掛けていく。

「ちゃんとシワを伸ばすんだよ。干す前にこうやって、パンパンとはたくんだ」


パンパン。

エリザも真似をする。

(洗濯物を干すだけなのに、やり方があるのね)

平民の生活って、本当に大変。


最後の一枚を干し終える。

風が吹いた。

洗ったばかりの布が、ふわりと揺れる。

石鹸の匂いが鼻をくすぐった。

エリザは空を見上げる。

青い。

「……できた」

なぜだか、少しだけ達成感があった。


(ふぅ……疲れたわね)

家へ戻る。

(紅茶でも飲もうかしら)

「紅茶は一日一回だよ」

「えっ!?」

エリザは勢いよく振り返った。


マーサは何でもない顔をしている。

「薪代がもったいないだろ。それに昨日使った茶葉も乾かしておきな。色が出なくなるまで使うんだよ」

「昨日の茶葉を……また使うの?」

「そんな贅沢な暮らしをしてたら、あっという間に金が底をついちまうよ」


エリザは絶句した。

(じゃあ……何を飲めばいいのよ……)

「井戸の水を飲めばいい。この辺は山が近いから、水が綺麗なんだ」

「…………」


エリザはマーサを見つめた。

聞いてもいないのに、また答えた。

(すごい……!)

エリザの目が輝く。


(マーサって……占い師?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。