11. 新しい生き方
「エリザ。実際に生活してみて、どうだったかい?」
マーサがこちらを窺うように聞いた。
エリザは食い気味に答える。
「大変だったわ……!」
思い返すだけでも疲れてくる。
水を汲んで。
火を起こして。
料理をして。
洗濯をして。
「今まで、どれだけ自分が恵まれていたのか分かったわ」
エリザは少し考えた。
「でも……達成感はあったわ」
「ほぅ……」
マーサが目を細めた。
「そうかい、そうかい……」
何やら一人で納得している。
「それで、これからどうやって暮らしていくつもりだい?」
「どうやって?」
エリザが首を傾げた。
マーサはしばらく黙ってエリザを見た。
「……お前さんは、本当に何も知らないんだね」
「?」
「いいかい? 生きていくには金がいる」
「ええ」
それは、この数日でよく分かった。
「金は、働かないと手に入らないんだよ」
「…………」
エリザには衝撃だった。
今まで、お金はあるものだと思っていた。
必要になれば使う。
なくなれば、また用意される。
どこからやってくるのかなど、考えたこともなかった。
「なんてアホヅラしてるんだい」
「だって……」
「貴族なら、勉強や楽器なんかの教育を受けてきただろう? 何か得意なことはないのかい?」
「得意なこと……」
エリザは困った。
もともと勉強も楽器も苦手だった。
それに、ダミアンに夢中になってからは、ますます真面目に勉強しなくなっていた。
「マーサ、困ったわ……」
「何がだい」
「私、勉強も楽器も全部苦手よ」
「胸を張って言うんじゃないよ」
「だって、本当なんだもの……」
マーサは呆れたように息を吐いた。
「なら、刺繍は?」
「刺繍?」
「貴族の娘なら習ってきただろう?」
「ああ、それなら得意よ」
エリザの表情が明るくなる。
「先生にも、大変上手だって褒めていただいたわ」
「ほぅ……」
「あっ、そうそう。この間、服飾店で見たの」
エリザは思い出した。
レジの横に並んでいた、刺繍入りのレースのハンカチ。
「失礼だけど……あまり上手ではない刺繍のハンカチが売られていて、びっくりしたわ」
マーサの片眉が上がった。
「ほぅ……」
「私の方が、ずっと上手だったもの」
マーサはしばらくエリザを見つめた。
「なかなかの腕みたいだね」
「ええ。刺繍なら自信があるわ」
「お前さん、それを仕事にする気はあるかい?」
「仕事?」
エリザは瞬きをした。
「刺繍を?」
「ああ」
「私の刺繍を……売るってこと?」
「そういうことさ」
エリザは自分の両手を見つめた。
刺繍は、ずっと習ってきた。
けれど、それは貴族令嬢の嗜みだった。
自分の刺繍がお金になるなんて、考えたこともない。
「そんなこと……できるの?」
「やってみなきゃ分からないだろ?」
「…………」
エリザはもう一度、自分の指先を見る。
水を汲むことも。
料理をすることも。
洗濯をすることも。
少し前までは、自分にできるなんて思っていなかった。
「……そうね」
顔を上げる。
「分かったわ。私、やってみる」
マーサは何も言わず、小さく頷いた。




