7. 羞恥とはなにか(2)
お腹を満たし、食堂を後にした。
マーサに連れられるまま、平民街の店が立ち並ぶ場所へ向かう。
初めて訪れる場所だった。
人通りが多く、あちこちから声が聞こえる。
なんだか活気がある。
エリザがキョロキョロと辺りを見回していると、突然マーサが立ち止まった。
「きゃっ」
危うくぶつかりそうになる。
マーサがくるりと振り返り、一枚のメモを差し出した。
「さて。まずは今着ているドレスを売るんだ。目立つからね」
「これを……?」
エリザは自分のドレスを見下ろした。
「その金で、新しい服と布団、それから日用品を買うんだよ。買う店と必要な物は全部そこに書いてある」
エリザはメモを受け取った。
「どこも私の顔が利く店だから安全だ。店に着いたら、そのメモを見せな」
「はい」
「布団は、運賃を払えば家まで運んでくれる。それから金は肌身離さず、胸元にでもしまっておくんだよ」
一気に説明を終えると、マーサは踵を返した。
「待って」
エリザは慌てて呼び止める。
「ついてきていただけるんじゃないの?」
「何言ってるんだい。私は忙しいんだよ。自分の買い物くらい、自分でおやり」
「でも……」
「まったく……。一人で買い物もしたことないのかい……。ったく、なんで私がついていってやらなきゃいけないんだい……」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、マーサは歩いていく。
「マーサ……?」
結局、そのまま行ってしまった。
エリザは一人、取り残された。
仕方なくメモを頼りに歩き始める。
最初に着いたのは、服飾店だった。
店の前で立ち止まる。
ゴクリ。
唾を飲み込んだ。
そっと中を覗く。
店内には、優しそうな女性が一人。
(マーサに言われたから……)
自分にそう言い訳しながら、ゆっくりとドアを開けた。
「ごめんください……」
小さな声をかける。
「あら、いらっしゃい。どんなご用ですか?」
店員は優しそうに笑った。
「実は……私……」
エリザはもじもじと俯いた。
恥ずかしい。
自分が今着ている物を、人様に売るなんて。
お金がありませんと言っているようなものではないか。
(どうしよう……。やっぱり、また今度にしようかしら)
エリザは後ろを振り返った。
その時、昨夜のことを思い出す。
板が剥き出しになった、硬いベッド。
(……嫌だわ)
このまま帰ったら、今夜もあの板の上で寝ることになる。
エリザはもう一度、店員を見た。
恥ずかしさを押し込み、声を出す。
「すみません!」
思ったより大きな声が出た。
店員が驚く。
「マーサの紹介で来ました。このドレスを買っていただけませんか?」
言った。
言ってしまった。
エリザは顔が熱くなるのを感じた。
しかし、返ってきたのは笑い声でも、馬鹿にする言葉でもなかった。
「まあ! ありがとうございます」
「……え?」
店員は嬉しそうにエリザのドレスを見る。
「お嬢さんが着ているそのドレス、今最先端の流行のデザインでしょう? 人気があって、なかなか手に入らないんです」
「これが?」
「ええ。さっきから素敵だなと思って、つい見とれてしまって」
エリザは自分のドレスを見下ろした。
馬鹿にされると思っていた。
それどころか、喜ばれてしまった。
それから店員と話をして、ドレスを買い取ってもらうことになった。
差し出されたのは――。
金貨一枚。
「……これだけ?」
思わず口から出た。
店員が少し困った顔をする。
「中古のお品ですので……。ですが、かなり良いお値段ですよ」
「そうなの……?」
エリザには、よく分からなかった。
金貨一枚。
たったこれだけで、他の物まで買えるのかしら?
不思議で仕方がない。
その金で、自分に合う洋服を数着と下着を数枚買った。
それでも、まだお金は残っている。
エリザには、それも不思議だった。
店員が買った物を包んでくれている間、何気なく店内を見回す。
ふと、レジの横で目が止まった。
ハンカチが何枚か並んでいる。
どれにも刺繍が施されていた。
エリザはじっと見つめた。
(……私の方がずっと上手だわ)
値札を見る。
売り物だった。
こんな物が売れることを、初めて知った。




