5. 新しい住処(?)
わけが分からないまま、エリザはメモに書かれた場所へ向かった。
貴族街の端の端にある、小さな家。
家は小さいが、庭はきちんと手入れされていた。
コンコン。
エリザはノッカーを鳴らす。
ギィ……。
しばらくして、ドアが開いた。
「なんか用かい?」
出てきたのは老女だった。
「私は、エリザ・ロズ……」
言いかけて、口を閉じる。
「いえ、エリザです。こちらのメモを渡すように言われてきました」
老女はメモを受け取り、目を通した。
「へぇ~。お前さんが、あの……」
エリザを見る。
「まあいい。分かったから、ついておいで」
そう言うと、さっさと歩き出した。
エリザは慌ててその後を追う。
初めて入る平民街だった。
エリザはキョロキョロと辺りを見回しながら歩いた。
しばらくすると、老女が足を止める。
「この辺は比較的安全だけど、夜、お前さん一人で出歩くのはおすすめしないね」
そして、一軒の小屋を指差した。
「ほら。ここがお前さんの新しい家さ」
「……ここ?」
エリザは小屋を見上げた。
我が家にあった管理小屋くらいの大きさしかない。
エリザがまごまごと戸惑っているのを無視して、老女は話を続ける。
「家賃は毎月銀貨十枚だ。銅貨一枚だってまけないよ。月末までに持ってこなきゃ追い出すからね」
「銀貨十枚……」
「それから、その鞄の中はどうせドレスだろ」
「ええ……」
「明日、色々教えてやるから、朝になったらまた私の家へ来るんだよ。忘れるんじゃないよ」
それだけ言うと、老女はさっさと帰っていった。
嵐のようだった。
エリザはしばらくその背中を見送った。
「……なんだったのかしら」
仕方なく、言われた小屋の中へ入る。
居間にあった小さな机の上へ、鞄を置いた。
そして辺りを見回す。
狭い。
板が剥き出しになったベッドが置かれた寝室。
トイレ。
それに、居間兼台所。
それだけだった。
「えっ……」
もう一度、辺りを見回す。
「バスタブは?」
「みんなどこでお風呂に入るの?」
「クローゼットは?」
「シャンデリアは……?」
あるわけがなかった。
「本当にここで生活できるの?」
わけが分からなかった。
しかし、外はすでに暗くなり始めている。
この家から出ていくという選択肢もなかった。
やがて、完全に日が沈んだ。
部屋の中も真っ暗になった。
「えっ……」
エリザは驚いた。
家の中でも、暗くなるのだ。
今までは日が沈む前になると、いつの間にか部屋の灯りがついていた。
誰かがつけていたなど、考えたこともなかった。
今は、燭台に小さくなったろうそくが一本刺さっているだけだ。
「これ……どうやって灯りをつけるのかしら?」
何度か使用人が火をつけるところを見たことはある。
けれど、あれが何だったのか分からない。
「どうしましょう。全然見えない……」
少し離れた隣の小屋から、小さな灯りが漏れていた。
それと一緒に、夕食のいい匂いが漂ってくる。
(お腹空いたな……)
そういえば、朝から何も食べていない。
けれど、食べ物がどこにあるのかも分からない。
(こんなに歩いたの、生まれて初めて……)
ふぁ……。
大きなあくびが出た。
(明日になれば、きっと全部夢だったって分かるわ。もう寝ましょう)
エリザは、まだ現実を受け止められていなかった。
一日中歩き続けた身体には、もう限界がきていた。
真っ暗な部屋を手探りで進む。
ようやくベッドへ辿り着くと、そのまま横になった。
硬い。
けれど、もう起き上がる気力もない。
布団すらない、板が剥き出しになったベッドの上で。




