4. 金の切れ目が縁の切れ目(2)
ふらふらとしながら、重い足を上げた。
まだ現実を受け止められずにいた。
仕方なく、徒歩で婚約者であるダミアンの元へ向かう。
半時ほど足を引きずり、ようやくベルクール伯爵邸へ辿り着いた。
先触れもなく突然現れたら、きっと心配するだろう。
すぐに門を開け、温かいお茶と言葉で迎えてくれる。
エリザはそう思っていた。
「ベルクール家のダミアン様にお会いしたいの。エリザ・ロズウェルが来たと伝えて」
門番は一瞬、困ったような顔をした。
「……少々お待ちください」
しばらくして、門の向こうに見慣れた姿が現れた。
「ダミアン!」
エリザの顔が明るくなる。
よかった。
やっぱり来てくれた。
「ダミアン、ここを開けて」
しかし、門は開かなかった。
「平民風情が、我がベルクール伯爵邸に入れるわけがないだろう」
「……何を言っているの?」
「ふざけるな。お前はもう、ロズウェル伯爵令嬢ではないだろう」
エリザは言葉を失った。
「先日、ロズウェル伯爵が突然ここへ来た。僕が年端もいかない娘を唆し、金を貢がせていたとな」
「そんな……。私が好きで買ったのよ」
「そうだ! お前が勝手に僕へプレゼントしたんだろう!」
ダミアンは苛立ったように声を荒らげた。
「それなのに、お前は母親から遺された金を使い果たした挙げ句、形見にまで手を出そうとしたそうじゃないか」
「それは……」
「おかげで僕まで父上に叱責されたんだ」
ダミアンは忌々しそうに顔を歪めた。
「『エリザ嬢がそれほど好きなら、一緒になって平民へ落ちろ』とまで言われた」
エリザは息を呑んだ。
「それで……ダミアンは?」
「決まっているだろう」
ダミアンは吐き捨てるように言った。
「必死に謝ったさ。この家を継ぎたい。エリザとは別れる、と」
「……え?」
「僕は今、謹慎中なんだ。全部お前のせいだ」
「ダミアン……」
「お前の父親からも、『今まで渡したものは全てくれてやる。二度と娘に近づくな』と散々言われたよ」
エリザは門へ一歩近づいた。
「でも……私たち、三年間ずっと一緒に……」
「今まで貰ったものは、慰謝料代わりにもらってやる」
「ダミアン……?」
「二度とベルクール伯爵邸へ来るな」
ダミアンは踵を返した。
「待って、ダミアン!」
振り返ることはなかった。
門は、最後まで開かなかった。
エリザはその場から逃げるように立ち去った。
✥✥✥✥
仕方なく、ベロニカの邸宅へ戻った。
玄関までは通された。
だが、そこにはまた見たような光景があった。
仁王立ちしたベロニカが待っていた。
「エリザ。あなた、私を騙したわね」
「ベロニカ……?」
「少しの間、家を追い出されただけじゃなかった。本当は勘当されて、平民になったんじゃない!」
「でも、私たち幼なじみでしょう?」
「平民をこの家に置いておけるわけないでしょう。早く出ていって」
侍女から着替えの入った鞄を持たされる。
「ベロニカ……」
扉は閉じられた。
エリザは、恥を忍んで何軒か友人の家を訪ねた。
しかし、どこへ行っても門前払いされた。
本人たちにさえ、会うことはできなかった。
最後に訪れた家でも、門は開かなかった。
もう、行くところがない。
エリザが俯いていると、屋敷から一人の執事が出てきた。
わざわざ門のところまでやって来る。
「エリザ様」
顔を上げる。
「日が沈む前に、こちらの家主をお訪ねください。このメモが紹介状になります」
一枚の紙を差し出された。
「当座は、お持ちのドレスを売ればしのげるでしょう」
「ドレスを……売る?」
「はい。その格好で日が沈んでから歩くのは危険です。今すぐ向かってください」
そして、もう一つ。
エリザの手のひらに、僅かなお金が握らされた。
「私にできるのは、ここまでです」
「……ありがとう」
「どうか、幸あらんことを」
執事は深く頭を下げた。
手のひらに残されたのは、一枚の紙と僅かなお金。
ダミアンとデートをしていた頃なら、一食分にも満たない金額だった。




